第14話 バイバイ
放課後。将棋部の部室。
「ふわあああ」
僕の間抜けなあくび声が、室内に小さく響きました。幸いにして今部室にいるのは僕一人。変に気取ってあくびを我慢する必要なんてありません。
「師匠、遅いなあ」
時計を見上げる僕。時計の針が指し示す時間は17時15分。あと45分で完全下校です。
師匠は今、対局の関係で出席できなかった授業の補習中。プロ棋士の対局は、平日でもお構いなしに行われます。そのため、出席できなかった授業の補習や課題の提出が後からやってきてしまうのです。学校側も師匠に配慮していると聞いたことはありますが、大変な負担になっていることは想像に難くありません。
「早く会いたいな」
そんなことを呟きながら、僕は軽く目を閉じました。
♦♦♦
『ねえ、君』
『師匠、どうしました?』
『一つ、伝えなきゃいけないことがあってさ』
『何ですか?』
『実はね。私、この学校を退学しようと思って』
『…………は!?』
『やっぱり、プロとして対局に集中しないといけないからさ。今のままじゃそれが難しいんだ。だから、君とは今日でお別れ』
『ちょ!? 急すぎますよ!』
『ごめん。でも、仕方がないことだから』
『し、師匠! 行かないでください! お願い! お願いですから!』
『お願いされても無理なものは無理。じゃあね。バイバイ』
『待って! もっと僕、師匠と一緒にいたいです! それに、師匠に伝えてないことだって……』
♦♦♦
「師匠!」
「わ!?」
顔を上げた先にいたのは、向かい側の席から僕を見つめる師匠でした。
「あ、あれ? 僕、寝てました?」
「う、うん。私が来たのはさっきだけど、テーブルに突っ伏して寝ちゃってたよ。起こすのも悪いかなと思ってそのままにしてたけど」
「そ、そうでしたか。すいません」
「いや、こっちこそごめん。まさか補習の後に用事を頼まれるとは思わなくて。気づいたらこんな時間になって」
師匠につられて時計を見る僕。時刻は17時35分。どうやら、僕は20分ほど寝ていたようですね。
両手を上げながら、背筋を伸ばします。体の中にたまっていた疲労感が抜けていくような感覚。軽く息を吐いて姿勢を戻した時、ほんの少し口角の上がった師匠と目が合いました。
「ところでさ。君、どんな夢見てたの?」
「へ?」
師匠に尋ねられ、思わず変な声が出てしまいました。先ほど僕が見ていた夢。それは……。
「……あー。確かに夢を見てたような気がするんですけど、よく覚えてないんですよね。ほら。夢なんてそんなものじゃないですか」
言いながら、視線をそらします。まさか、師匠との別れが寂しくて縋り付こうとする夢なんて。恥ずかしくて言えるわけがないじゃないですか。
「そうなんだ。てっきり、私の夢でも見てたのかと思ったよ。『師匠』って言ってたし」
バレてる。
「き、聞き間違いじゃないですかねー。あはは」
「で、どんな夢見てたの? 夢の中で、君と私はどんなことしてたの?」
「か、からかわないでください。秘密です」
「秘密、か。そう言われるとますます気になるね」
僕を見つめる師匠の顔には、なぜか嬉しそうな表情が浮かんでいました。
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