第30話 ハーゲンダッツ?

 夏休み。将棋部の部室。


「今日も暑いですね」


「だね」


 持ってきた扇子で顔を仰ぐ僕と師匠。二人の横には、ぎこちない機械音とともに稼働する古い扇風機。こうも暑いと、いい加減クーラーが欲しくなってしまいます。扇子と扇風機だけじゃどうにも限界です。


「図書室にでも移動する? 将棋はできないけど、涼むくらいならできるよ」


「あ。それなら、学校横のスーパーとかどうですか? 冷たいもの買いたいです」


「いいね。賛成」


 頷き合い、僕たちは椅子から立ち上がりました。


 学校を出て目の前にある横断歩道を渡ると、そこにあるのは地元で有名なスーパー。少し離れたところにあるショッピングセンターと比べると見劣りはしますが、良い立地に建てられていることもあり、夜も多くのお客さんで賑わっています。僕もこのスーパーに何度お世話になったことか。


 自動扉を抜けて中に入ると同時。感じるエアコンの冷気。思わず「涼しい」と呟いてしまうほどの快適さ。


 僕、この後部室に戻れるのかな? 自信ない。


「さて、君は何買うの?」


 髪先をクルクルと弄びながら、師匠はそう尋ねました。


「えっと。とりあえずお茶ですかね。あとはアイスと」


「アイスいいね。私も買おうかな」


「へー。師匠もアイス食べたりするんですね。意外です」


「君は私をなんだと思ってるの? 私だってアイスくらい食べるよ」


「あ。すいません。別に変な意味じゃなくて。こう。イメージになかったですから」


 そんな会話をしながら、僕たちはアイス売り場へ。多種多様。いろんなアイスたちが僕たちを迎えます。


「師匠の好きなアイスって何ですか?」


「基本どれも好きだけど。しいて言うなら……ハーゲンダッツ?」


「ぶるじょわじいだ」


「何その反応」


 クスクスと楽しそうに笑う師匠。いつもは大人びた笑みを浮かべる彼女ですが、今日に関してはなんだか子供っぽい感じ。こんな師匠もいいなあ、なんて。


「おー。カップルがイチャコラしとるわい」


「こら、おじいさん。そんな大きな声出しちゃ聞こえちゃうでしょ」


「はっはっは。わしらにもあんな時代があったのう。高校生の頃、二人でそれはそれはイチャコライチャコラ」


「もう。こんな人前で思い出話はやめてください。ほら。行きますよ」


 背後から聞こえた会話声。振り返ると、そこには買い物中の老夫婦が。僕の視線がおじいさんの視線と交差します。おばあさんに背中を押されながら、おじいさんは僕へウインクを一つ。


 今、あの人『カップル』って言ったよね? それって……。


 言葉の意味を理解した時、顔の温度が急激に上昇を始めました。同時に、体の奥から訳の分からない何かが湧き上がってくる感覚。油断すると叫び出してしまいそう。


「えっと。あ、アイス、ど、どれにしましょうかね?」


 ぎこちない動きで顔を戻す僕。目の前にはたくさんのアイス。ですが、頭にあるのは別のこと。


 カップル……僕と師匠が……カップル……。


「ど、どれでもいいんじゃないかな? わ、私はこれにする」


 師匠が手に取ったもの。それは氷カップ。中に入っているのは、ただの氷。


「し、師匠。それ、氷ですよ」


「あ、あれ? おかしいな?」


 そう言ってカップを戻す師匠。彼女の顔は、かつてないほど真っ赤になっていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る