第29話 ……意外だね

 翌日夜八時。自室。


「よし」


 覚悟を決め、僕は電話のコールボタンを押しました。


 プルルルル。


 プルルルル。


 プルル。


「はい」


「も、もひゅもひゅ!」


 噛みました。


 …………


 …………


 死にたい。


「私、最近同じようなことを経験した覚えがあるんだけど気のせいかな?」


「き、気のせいじゃないですかねー。アハハ」


 口から出るのは乾いた笑い。どうして僕って人は、同じ過ちを繰り返してしまうのか。


「それで、今日電話してきたのは結果報告のため?」


「は、はい」


「どうだった?」


「……えっと」


 唾を飲み込む僕。襲い来る不安と緊張。褒めてほしいなんて贅沢は言いません。ただ認めてほしい。僕の願いはそれ一つ。


「師匠。僕、県代表にはなれませんでした」


「……そっか」


 師匠は今どんな表情を浮かべているのでしょうか。分からないことがもどかしくて、スマートフォンを握る手に力がこもります。


「けど、準決勝までは進めたんです。師匠が特訓してくれたおかげだと思います。師匠、本当にありがとうございました」


 そう言って、僕は頭を下げました。この行為が師匠に見えていないことなんて百も承知。ですが、体が自然と動いてしまったのです。師匠に感謝を伝えたい。その一心で。


「……意外だね」


「へ?」


 少しの間をおいて師匠から返ってきたのは、よく分からない言葉でした。


 意外って? もしかして、準決勝まで進めると思ってなかったとか? それとも、優勝すると思ってくれてたり? え? え?


「君なら謝ってくると思ってた。『せっかく特訓してくれたのに県代表になれなくてすいません』みたいに」


「あ、ああ。そういう」


「もしかして、部長に何か言われた?」


 ギクリ!


「ど、どうして分かるんですか!?」


「ただの勘だよ。その様子だと当たりみたいだね」


 まさかこうも容易く見透かされてしまうとは。プロ棋士の勘ってすごい。いや、師匠が単に鋭いだけ?


「ふふ。まあ、君が部長に何を言われたかは置いておいて。準決勝進出おめでとう。よく頑張ったね」


「あ、ありがとうございます」


 やった。師匠、褒めてくれた。


 思わずニヤケ顔を浮かべてしまう僕。師匠に褒められるのはやっぱり嬉しいです。いつの間にか、心の中の不安と緊張は消えていました。


「そうだ。私の対局結果も報告しないとだね。って、君なら知ってるか」


「はい。今日の朝にサイトで確認しました。師匠、おめでとうございます」


「ありがとう。君の応援のおかげだよ」


 前日の高校将棋選手権当日。師匠はプロ棋士として対局に臨んでいました。結果は師匠の勝利。いやはや、さすがです。


「次の対局は一週間後になるよ。また応援してくれる?」


「もちろんです! 言ったじゃないですか。ずっと応援してますって」


「ん。そうだったね」


 何となく。本当に何となく。電話越しの師匠が笑っているような気がしました。

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