第28話 そんなわけないでしょ
大会終わり。部長との帰り道。
「はああ」
「また随分とおっきなため息だね」
「すいません……はああああ」
思い出すのは準決勝の一局面。
ですが、そこに襲い掛かったのは、持ち時間によるプレッシャー。もともとあったニ十分の持ち時間を早々に使い果たした僕は、後の一手一手を三十秒で考えて指さなければなりませんでした。そうして時間に追われて指した一つの悪手。それが、自身の優勢を崩してしまったのです。
「あそこで
「元気出しなよ」
僕の肩に手を置く部長。ほんのりとした温かさ。
大会結果は、僕が準決勝敗退。部長が準優勝で県代表の権利獲得。見る人からすれば上々の結果と言えなくもないでしょうが、県代表を目指していた僕にとって、自分の結果は到底納得できるものではありませんでした。
師匠になんて報告したら。ううううう。
分かっています。結果を聞いた師匠が、僕を責めることはないと。ですが、師匠の特訓を無駄にしてしまったというのも事実なわけで。
「はあああああああああ」
「もう! ため息ばっかりつかない! ほら! シャキッとする!」
先ほどとは打って変わって、部長は僕の背中を勢いよく叩きます。背中全体に広がる振動と痛み。自分が知らず知らずのうちに猫背になっていたことに初めて気がつきました。
「ぶ、部長。痛いですよ」
「文句言わない!」
再度背中を叩く部長。一度目より強い力に、僕は思わず飛び上がってしまいました。部長って、こんなに力強かったんですね。もしかして自営業の力?
「あのね。弟子ちゃんがそんなんじゃ、せっかく特訓に付き合ってくれた師匠ちゃんが悲しんじゃうでしょ。もっと堂々としなさい」
「う。で、でも」
「でもじゃない! 弟子ちゃんが県代表になりたかったのは知ってるけど、一年生で準決勝進出だって十分すごい結果なんだよ。私なんて、一年生の頃は一回戦敗退だったんだから」
「…………」
「そんなにくよくよしないで。師匠ちゃんに、胸張って報告しなさい。師匠ちゃんのためにも。君自身のためにも」
「…………」
「分かった?」
部長の目つきは鋭く、まるで餌を狙う鷹のよう。瞳の奥には、メラメラと燃える炎が見えます。これ以上ないほど真剣。いや、真剣すぎると思ってしまうのは僕だけでしょうか。
「……部長。ありがとうございます」
僕は、部長に向き直り軽く頭を下げます。心にあったモヤモヤは、いつの間にかなくなっていました。部長に背中を叩かれて、どこかに飛んで行ってしまったのかもしれません。
「別にいいよ。弟子ちゃんが師匠ちゃんを悲しませることになるのは嫌だったから。ま、部員を叱るのも部長の役目ってやつ?」
冗談っぽく笑いながら告げる部長。つい数秒前までの真剣さが嘘であったかのよう。
「部長って」
「ん?」
「誰かの背中を押すような仕事とか似合いそうですよね。コンサルタントみたいな。気遣いも上手ですし」
部長の笑顔に当てられたのか、僕も笑ってそう言いました。
その瞬間。
「…………」
彼女の笑顔が、消えたのです。
浮かんでいるのは、真顔。
怖いと思うくらいの、真顔。
「部長?」
「……はは。弟子ちゃんも冗談が過ぎるなー。そんなわけないでしょ」
再び笑顔を浮かべる部長。けれど、それは明らかにひきつっていました。
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