第27話 頑張って

 高校将棋選手権当日。会場の某新聞社三階。


「負けました」


 対局相手から告げられたその言葉に、僕は心の中でガッツポーズをしました。ですが、喜びを表情に出したりはしません。それをしてしまっては相手に失礼だからです。


「この時にこうしてたら――」


「ああ、それは――」


「そっか。じゃあもうこの時点で悪いのか。うーん。ありがとうございました」


「ありがとうございました」


 お互いに対局を振り返ったのち、駒を片付け席を立ちます。急ぎ足で会場の外に出た僕は、手を強く握り「やった」と一言。


 とりあえず一回戦は突破。あと三回勝てば決勝進出。加えて県代表の権利を勝ち取ることができます。負けたら終わりのトーナメント方式。一つのミスも許されません。


「次も頑張らないと」


 肩にかけた鞄の中からペットボトルを取り出し、中に入ったお茶を一口。自分の喉が渇いていたのだと、この時初めて気がつきました。いやはや。対局中に出るアドレナリンというのは恐ろしいものです。


 その後数口お茶を飲み、僕は会場に戻りました。入り口近くでは女子の部が行われています。そちらに顔を向けると、真剣な表情で盤上を見つめる部長の姿が。


 今どんな感じなんだろ。


 部長の背後へ回り、対局が行われているテーブルを覗き込みます。そこに広がっていたのは、部長の駒たちが相手の王様を左右から追い込んでいる盤面。思わず「おお」と声が出そうになるのを必死で押しとどめました。


 さすが部長。これなら心配ない……って、何偉そうなこと考えてるんだろ。僕は自分の心配をしないと。


 テーブルから離れ、男子の部が行われている会場奥へ。椅子に座り、二回戦が始めるのを待ちます。一回戦も残すところあと一局のようで。数人の学生が対局中の二人を取り囲み、険しい顔で盤上を見つめていました。


 僕は鞄からスマホを取り出し、時間を確認。時刻は10時。今頃師匠も対局中です。


「……師匠」


 師匠の顔を思い浮かべる僕。もしここに師匠がいてくれたら、何かアドバイスをもらえたりしたのでしょうか? それとも、将棋に関係のない話で気を紛らわせてくれたりとか? なんにせよ、師匠がいないというのはどうにも。


「寂しいなあ……なんて」


 そう呟いて、僕は手で自分の顔を仰ぎます。ちょっぴり恥ずかしいことをしてしまいました。もし師匠に聞かれていたら、からかわれること間違いなしです。『私がいなくて寂しいんだ。なるほど、なるほど』みたいに。


「男子二回戦進出者は受付までお願いします!」


 不意に前方から聞こえた声。まだ最後の対局が終わっている様子はありませんが。もしかしたら、すでに対戦相手が決まっている者同士で先に二回戦を始めようとしているのかもですね。


 進行役も大変だなあなんて思いながら、体に力を入れて椅子から立ち上がります。体調は問題なし。疲れもそこまで。気力も十分。


 師匠、行ってきます。


『頑張って』


 どこからか、そんな声が聞こえた気がしました。

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