STORY3 どうかあなたがこの場所で①

 夜。自室。


「わあああああああああああああああああ! ひやああああああああああああああああ!」


 自室のベッドで転がり続ける私。口から飛び出すのは奇妙な叫び声。衣装ダンスの上に飾ってある小さなクマのぬいぐるみがじっとこちらを見つめている。今にも「なに叫んでるの?」という声が聞こえてきそう。


「ちょっと、咲。なに叫んでるのよ」


「お、お母さん!? な、何でもないから! あと、部屋に入る時はノックくらいしてよ!」


「はいはい。年頃の娘っていうのは怖いわねー。あ。洗濯物ここに置いておくわよ」


 呆れたように笑って部屋を出ていくお母さん。いつもの私ならブスッとむくれていたかもしれないが、今はそれどころではない。


 誘っちゃった。誘っちゃった。誘っちゃった。


 今週日曜日、弟子ちゃんと、デート。


「にやあああああああああああああああああ!」


 え? 大丈夫? 私、今まで男の子とデートなんてしたことないんだけど? 誘う時、声とか上ずってなかったかな? やばい。自信ない。


「のわあああああああああああああああああ! 痛!」


 不意に右手に走る衝撃。あまりに転がりすぎて、ベッドの横にある学習机に右手をぶつけてしまった。鈍い痛みが、私の上がった体温を急速に冷ましていく。


「あーあ。何やってんだろ」


 ベッドに横たわったまま天井を見上げる。蛍光灯の光が煩わしい。シミなんだか模様なんだか分からない黒い点が、天井のあちこちに見てとれる。


『部長、何か隠してませんか?』


 やっぱり駄目だった。ずっと隠し通すなんてことは。いや、そもそも隠し通すだけなら無理矢理にでもできたはずだ。手段は簡単。弟子ちゃんと師匠ちゃん、二人と完全に距離を置けばいい。部室に顔を出すことなく、連絡先だってブロックしてしまえばいい。けれど、それはできなかった。二人との繋がりを断ちたくはなかった。半端に距離を置いて、半端に繋がって、結果、隠し事を話さないといけない状況に追い込まれている。


「バカだなあ、私。『何も隠してないよ』って誤魔化せたはずなのに」


 分かっている。私はもう、この気持ちを隠そうとはしていない。いっそのこと全部吐き出して楽になりたい。そう思ってしまっている。本当に、何から何まで中途半端だ。


 弟子ちゃんはどう思うだろうか。私の気持ちを知って、軽蔑したりしないだろうか。少なくとも、これまでと同じ関係ではいられないはずだ。


 だからせめて。最後に楽しい思い出を残しておきたい。


「あ。どんな服着ていこうかな? というか、そもそもデートにふさわしい服なんて持ってたっけ?」


 弟子ちゃんと師匠ちゃんはお似合いだ。私なんかより、二人が仲良くやっている方が一番いい。まあ、二人とも奥手すぎるし自分の気持ちに鈍感なところがあるから、関係が進展するのはまだ先になるだろう。


 けど、いいよね? たぶん最初で最後のデート。その一回くらい、私が二人の間に割り込んでいっても。


「ううう。やっぱり良い服ないなあ。いっそのこと買いに行こうか。ついでに美容院とかも行っておいた方が」


 衣装ダンスをぐちゃぐちゃに漁りながら、私は頭を抱えるのだった。

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