STORY2 私の心は知らぬ間に②

 将棋教室に通うようになって数か月。私、咲ちゃん、咲ちゃんのおじいちゃん。三人で代わりばんこに将棋を指すのが恒例になった。時折思い出したように来るような人もいて、私はこれまで以上にいろいろな将棋に触れることができた。


 そんなある日。


「絶対プロになるべきだよ!」


 咲ちゃんは私に突然そう告げた。対局後でバラバラになった駒たちを並べ直していた私は、驚いて顔を上げる。咲ちゃんのキラキラした瞳が、まっすぐ私に向けられていた。


「ぷ、プロ?」


「そんなに強いんだから、プロにならないと! じっちゃんもそう思うでしょ!?」


「こら、咲。ここでは『先生』と呼びなさいといつも言ってるじゃないか」


「えー。だって、じっちゃんはじっちゃんだし」


「……ふふ。やっぱり咲は可愛いなあ」


 咲ちゃんのおじいちゃん、いや、先生はとてつもなく孫に甘い性格。それを見せつけられるのは果たして何回目だろうか。咲ちゃんも先生の反応には慣れているのか、「もー。そういうのいいから」と呆れ顔を浮かべている。


「こほん。まあ確かに、実力としては申し分ないね。ただ、難しい道だと思うよ。そもそも、これまで女性でプロ棋士になった人はいないし」


「え? あの、何だっけ? 女流棋士って人がいるじゃない。あの人たちもプロなんでしょ?」


「いや、プロ棋士と女流棋士はまた別物でね。プロ棋士の方がなるのは難しいんだ」


 おじいちゃんから聞いたことがある。プロ棋士は、奨励会しょうれいかいと呼ばれるところを突破しなければならないと。加えて突破できるのは毎年四人。その枠に滑り込めずプロ棋士になることを諦めた人を何人も見てきたと。


「うーん、よく分かんない。でも、私、あなたがプロになったところ見てみたい!」


 再び咲ちゃんに見つめられ、私の心臓が早鐘を打ち始める。


 人付き合いが苦手で学校でも一人で過ごしてばかり。将棋をすることしか取り柄のない。そんな私に初めてできた友達が、とてつもなく大きな期待を寄せてくれている。咲ちゃんの期待に応えたい。そう思わずにはいられなかった。


「えっと。咲ちゃんがそう言うなら。私、プロになってみたい、かも」


 正直言って自信はない。プロ棋士になった私なんて想像がつかない。私より数十倍、数百倍将棋が強いおじいちゃんでさえ苦しんだ世界。そこに私が、なんて。


 それでも……。


「やった! ねえ、じっちゃん。聞いたよね! この子、プロになりたいって!」


「ほう。これは名人にも報告しないといけないね。絶対喜ぶよ。確か、奨励会に入るには師匠になってくれる人を探さないといけなかったはずだけど。いや、名人ならツテがあるかもしれない。ちょっと聞いてみようか」


 笑顔で話す咲ちゃんと先生。二人を見ながら、私は自分の頬が自然と緩んでいくのを感じていた。

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