STORY2 私の心は知らぬ間に③

 プロ棋士になりたい。私の言葉に、おじいちゃんは私を力強く抱きしめた。感極まるというのはきっとああいう状態のことを言うのだろう。まさか嬉し泣きまでされるとは思っていなかったけど。


 両親は最初こそ不安そうな顔をしていたが、すぐに応援すると言ってくれた。続いて「本当によかった」とも。もともと私は消極的な性格。「こうしたい」とか「ああしたい」とかアピールをするような子供ではなかった。だから、そんな私が夢を見つけたことに安心してくれていたのかもしれない。


 おじいちゃんの紹介で師匠となってくれる人を見つけ、弟子入り。毎日のように将棋を指し、小学五年生で奨励会しょうれいかいに入会した。


「咲ちゃん。私、奨励会に入れたよ」


「やったー! おめでとう! プロ棋士への道第一歩だね!」


 そう言って笑う咲ちゃんの目は、あの頃と全く変わらずキラキラと輝いていた。


 奨励会では6級からスタート。そこから一定の勝ち星を上げれば昇級し、四段になれば晴れてプロ棋士の仲間入り。辛い道のりになる。おじいちゃんも先生も師匠も、皆が私にそう言い聞かせた。


「負けました」


 負けることはもちろんあった。


「……ありません」


「ありがとうございました」


 けれど、勝つことの方が多かった。


 昔から教わってきたおじいちゃんの将棋。派手さはないけれど、確実に勝利を掴み取ろうとする将棋。たとえ無名でも諦めずにあがき続ける将棋。どうやら私は、おじいちゃんが教えてくれたものをちゃんと身につけることができていたらしい。


「ねえ、見て見て! あなた雑誌に載ってるよ!」


「え? ……あ。そういえば、二段昇段の時に取材されたっけ」


「ほえー。『天才女性棋士現る』かー。かっこいい」


「さ、咲ちゃんやめてよ。恥ずかしいって。それに私、天才じゃないし」


「いやいや何を仰いますかー。よ! 天才!」


「だからやめてって」


 時折訪れるコミュニティーセンターの和室。狭い室内が、私と咲ちゃんの会話声で彩られる。


 学校。対局。研究。対局の記録係。忙しくないと言えば嘘になる。ここ最近は、朝起きると体が鉛のように感じることも増えてきた。それでも咲ちゃんが、唯一無二の友達が、私の活躍を喜んでくれる。そのことがどうしようもなく嬉しかった。


「このままいけばもうすぐ三段リーグかー。鬼門だねー」


「うん」


 三段リーグ。そこは鬼の住処。四段を目指し、多くの棋士が血眼になって対局を繰り返す。四段になれるのは年間四人。そこに私が滑り込めるのかどうか。


「私、ずっと応援してるから。なんなら、対局がある日はおにぎりでも差し入れしようかな。具材、何が好き?」


「……生ハムとおかかチーズ」


「マニアック!?」

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