STORY2 私の心は知らぬ間に④

 時がたち、私は三段リーグへ。ここで一定の成績をあげれば四段に昇段。晴れてプロ棋士の仲間入りとなる。女性初のプロ棋士なるか。多くの目が私に注がれていた。


 対局では、皆が噛り付くように将棋盤に向き合っている。これまでいた世界とはレベルが違う。それをありありと見せつけられた。


「最初っから二連敗……」


「心配ないって。まだまだいけるよ」


「…………」


「次の対局は二週間後だったよね。それまでに私にできることあるかな?」


「ありがとう。でも大丈夫。私、頑張るね」


 私は、これまで以上に研究にいそしんだ。それこそ寝る間も惜しんで。この頃になると、私への取材依頼も多く来ていた。


「今は中学三年生ですよね。勉学との両立も大変じゃないですか?」


「そう、ですね。大変です」


「……女性初のプロ棋士になれる自信はありますか?」


「あ、あんまり、です」


「…………」


 正直、取材なんて受けたくはなかった。注目してくれているのは嬉しいが、そもそもの私は人付き合いが苦手な性格なのだから。


『なーんか取材しにくいんだよなー。あいつ』


『まあまあ。まだ子供なんだし、緊張してるんだろ』


『せっかく話題性の塊みたいな奴なんだから、せめて笑顔で受け答えしてほしいわ。新聞に載せる写真のためにも』


 とある記者からの取材後。そんな陰口を耳にしたことがある。どうやら私は、将棋だけを頑張っていてはいけないらしい。今夜、鏡の前で笑顔の練習でもしてみよう。あと必要なのは、無難な言葉選びの力だろうか。


 とにかく必死だった。


 プロ棋士になるために。


 友達の期待に応えるために。


 対局者の悔しい顔を何度も見た。


 研究中に寝落ちして、気づけば朝なんてことが何度もあった。


 記者の質問に、何度も作り笑顔で受け答えした。


 頑張って。


 頑張って。


 頑張って。


 頑張って。


 頑張って。


 月日は流れ、高校一年生の夏。


「負けました」


「ありがとう、ございました」


 言葉を告げたとほぼ同時。多くの記者が対局室に入ってきた。うるさいくらいのシャッター音と煩わしいフラッシュ。押しつぶされそうなほどの人の圧。


「対局、お疲れさまでした。そしておめでとうございます。現役女子高生にして初の女性プロ棋士ですね。今のお気持ちは?」


「とにかく嬉しいの一言ですね。達成感でいっぱいです」


「勝利の報告をまずは誰に伝えたいですか?」


「そうですね。最初はやっぱり、私のことをずっと応援してくれた友人でしょうか。彼女のおかげでプロ棋士になれたといっても過言ではありませんから」


 作り笑いを浮かべながら答える私。次々と投げかけられる質問。向けられたカメラと、好奇の目。


 誰も、気づかなかった。


「おめでとう! 本当におめでとう!」


「咲ちゃん。ありがとう」


 誰も、気づかなかった。


「お前はわしの誇りじゃ」


「おじいちゃん。恥ずかしいよ」


 誰も、気づかなかった。


「私、プロ棋士になれたんだ。夢じゃないよね?」


 そして私も、気づかなかった。


 私の心が、今どういう状況にあるのか。

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