第19話 ……聞こえた?
放課後。将棋部の部室。
キーンコーンカーンコーン。
鳴り響くチャイム。時計に目をやると、針は十八時を指し示しています。いつの間にやら完全下校の時間です。
「さて、今日はこのくらいにしておこうか」
「はい。ありがとうございました」
師匠にペコリと頭を下げ、盤上に散らばった駒たちを片付けます。今日も今日とて師匠に完敗続き。果たしていつになったら一矢報いることができるのでしょう。半年後? 一年後? ひょっとして一生無理だったり?
「あ。明日は補習だから遅れる予定。部長にも連絡しておくよ」
「了解です。にしても、今日はずっと雨でしたね。帰るころには止んでてほしかったんですけど」
窓の外では、雨がザアザアと降り続いています。どうやら朝よりもひどくなっている様子。これからあの中を歩かなきゃいけないと思うと憂鬱で仕方ありません。
「私は嫌いじゃないけどね、雨」
「そうなんですか?」
「雨の音を聞きながら指す将棋っていうのも乙なものだよ」
「はあ」
「ふふ。ピンと来てないって感じだね」
そんな会話をしているうちに、帰る準備も完了。通学カバンを肩にかけ、長机の端に置いてあった部室の鍵を手に取ります。
「昨日は師匠がカギ閉めしてくれましたし、今日は僕がやりますね」
「ん。ありがとう。じゃあ帰……」
ビシャーン!
「きゃ!」
一瞬の明るさ。鳴り響く巨大な音。雷が鳴ったのだと理解するのに、それほど時間は要しませんでした。
「あー。今のは大きかったですねー。まさか近くに落ちたとか?」
「…………」
「師匠?」
ふと、師匠のジト目がこちらに向けられていることに気がつきました。思わず首をかしげてしまう僕。
「……聞こえた?」
「へ? 『聞こえた』って何がでしょう?」
「いや。聞こえてないならいいんだけど」
顔をそらす師匠。その頬にはほんのり朱が差していました。
「ん、んん。さて、急いで帰らないとだね。君、電気を……」
ドシャーン!
「きゃ!」
再びの雷鳴。
「うわ。さっきより大きいですね。もしかして、傘さして帰るのは危ないかも」
「……聞こえたでしょ」
「だから何のことですか? 雷の音なら聞こえましたけど」
「ほんとに? それだけ?」
「それだけです」
ええ。僕の耳にはそれだけしか聞こえてないですよ。師匠の叫び声なんて、全く耳に入ってません。ええ。
といいますか、師匠ってあんな可愛い声出すんですね。初めて知りました。
…………
…………
もっと聞いてみたい、かも。
自分の中から何かよく分からない感情が溢れ出そうになるのを必死に抑えながら、僕はとぼけ顔を浮かべ続けるのでした。
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