第20話 ……そっか
放課後。将棋部の部室。
「弟子ちゃーん。何か面白い話してよー」
「急にそんなこと言われましても」
椅子の背もたれに体重を預けながら、僕は部長からの無茶ぶりを受け流します。二度の対局を終えて疲れきった頭。そんな状態で、面白い話なんて思いつくわけないじゃないですか。
僕が軽くため息をついた時。背後からガチャリと扉の開く音がしました。
「遅くなりました」
姿を現したのは、補習で遅れていた師匠。
「ありゃ。師匠ちゃん、結構早かったんだね。もう少しかかるかと思ってたよ」
「今日は先生の方も用事があったみたいで。補習前に『できるだけ早く終わらせたいから頑張って付いて来い』って」
「お、おおう。学校の先生っていうのもなかなか大変な職業だね」
苦笑いを浮かべる部長。同じく師匠も苦笑い。
そういえば、二人がこうして雑談しているのを見るのは久々な気がします。そもそも、部長は週に一、二回くらいしか部室に来ません。しかも、部長が来る日に限って、師匠の方は対局があったり補習があったり。偶然というのは恐ろしいですね。
「さーて。そろそろ私は帰らないといけないなー」
「「え?」」
僕と師匠の声が重なりました。まさか突然部長がそんなことを言いだすなんて思ってもみなかったのです。
「部長。さっき将棋してる時、今日は特に大きな用事はないって言ってませんでしたっけ?」
「んー。その予定だったんだけどね。親からラインで連絡入っちゃってさ。『急いで買い物行ってきてくれ』って。いやー。実家が自営業してると大変だよ」
いそいそと荷物をまとめながら、部長は僕たちに笑いかけます。
あれ? 部長がスマホをいじっている場面なんてありましたっけ? 僕が見逃しただけ?
僕が首をひねっている間に、荷物をまとめ終えた部長が椅子から立ち上がりました。
「さて、私はもう帰るけど、カギ閉めよろしくね」
「部長」
「ん? 師匠ちゃん、どうしたの?」
「……いや。なんでも」
「……そっか」
師匠は何か言いたげで。もう喉元までそれが出かかっているように見えました。
どこか寂し気に互いを見つめ合う二人。彼女たちの間でどんな無言の会話が交わされたのか。二人と出会って数か月しか経っていない僕では想像すらできません。
「ところでさ、弟子君」
師匠の視線から逃れるように、部長は僕の方へと顔を向けました。
「は、はい」
「今からは師匠ちゃんと二人っきりだから。頑張ってイチャイチャしてね」
「ちょ!?」
急にとんでもないこと言われたんですけど!?
思わず椅子から立ち上がってしまった僕を見て、ニッシッシといたずらっ子のように笑う部長。そのまま、彼女は早足で部室から出ていきました。
「…………」
「…………」
後に残された僕と師匠。もう気まずくて気まずくて。頭の中で師匠にかけるべき言葉を必死に模索しますが、どれもこれもしっくりきません。
「―――ちゃん」
不意に師匠が何かを呟いた気がしますが、考え事をしているせいでよく聞き取れませんでした。
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