第23話 なんだか暇そうですね
放課後。将棋部の部室。
「君。何か面白い話してくれないかな」
「ぶふう!」
突然告げられた師匠の言葉に、僕は飲んでいたお茶を勢いよく吹き出してしまいました。
「えっと。大丈夫?」
「ゴホッ。ゴホッ。だ、大丈夫です」
テーブルの上にこぼれたお茶をハンカチで拭きながら謝る僕。将棋盤と駒が濡れなかっただけよしとしましょう。
「私、そんなに驚くような質問した?」
「まさか、部長に時々言われることを師匠から言われるなんて思ってませんでしたから」
「そうなんだ。いつも君はなんて返してるの?」
「『思いつきません』ってはぐらかしてます。実際、面白い話なんてすぐに思いつくわけありませんし」
「そっか」
軽く頷きながら、駒を弄ぶ師匠。盤上にパチリと打ち下ろしてみたり、クルクル回してみたり。彼女が暇を持て余しているような姿は初めて見るかもしれません。
窓の外からは、吹奏楽部の練習音が聞こえてきます。いつもなら楽器の音がバラバラに鳴り響いているのですが、今日聞こえるのはまとまった演奏。クラスメイトの話では、近々演奏会があるとのこと。気合の入った音の連なりが、部室内の静けさを強調しているような気がします。
「師匠。なんだか暇そうですね」
どことなく感じる居心地の悪さを誤魔化すために、僕は師匠にそう尋ねました。
「暇ってわけじゃないよ。最近いろいろと考え事しててね。どうにもスッキリしないというか」
「あー。なるほど」
ちょうど数日前、僕も同じ経験をしていました。授業で出た現代文の課題を解いていたのですが、答え合わせをしてもどうにも納得ができない部分があったのです。あれやこれや考えても全く解決せず。結局、モヤモヤした気持ちを抱えたまま課題を提出したのでした。
師匠はどんな考え事をしているのでしょう。やはり将棋に関すること? なにせ師匠はプロ棋士。答えが何通りもある問題を常に前にしているようなものですから。僕にとって当たり前の一手が、師匠にとっては当たり前ではない。二人の考える指し手が同じでも、師匠は何十通りもの可能性を取捨選択してその手に行きついている。師匠と対局する中で、あるいは師匠の対局を観戦する中で、それを何度味わってきたことか。
「やっぱり師匠はすごいです」
「……なんか勘違いされてるような気がするけど。まあいっか。本人と直接話してみることにするよ」
その後、僕と師匠はいつものように将棋を指し、いつものようにたわいもない会話を繰り返しました。
キーンコーンカーンコーン。
「じゃあ、今日はここまでにしようか」
「はい。ありがとうございました」
それにしても、師匠の言っていた『本人』とはいったい誰のことなのでしょうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます