第24話 咲ちゃん

 昼休み。私は人を探して学校の廊下を歩いていた。


 明日はいよいよ一学期の終業式。それもあってか、皆がいつもより浮かれているように見える。きっと、彼ら彼女らの心の中には、明るくて楽しい夏休みの光景が映し出されているのだろう。灰色の靄で覆われた私の心とは対称的に。


 一階の廊下を通り抜け、階段を上って二階へ。教室にはいなかった。となると、図書室だろうか。それともまた別の場所に?


 頭に浮かぶその人を、探して探して歩き続ける。幼いころからの付き合いなのに、今いる場所すら分からない。そんなおこがましいことを考えてしまうのは、私の心が変に弱っているからだろうか。


「いや、助かったよ。あれだけ資料があると準備室まで運ぶのも一苦労でね」


「いえいえー。また何かあったら言ってください」


 社会科準備室の横を通ったその時。聞こえた声に、心臓が跳ね上がった。


「じゃあ私、戻りますね」


「ああ。ありがとう」


 ガラガラと部屋の扉を開けて現れたのは、私の探し人。


 くせ毛の目立つショートヘアー。優しい印象の垂れ目に健康的な桃色の唇。胸のあたりで揺れる紫色のリボン。


「……咲ちゃん」


「わお!? 師匠ちゃん!?」


 将棋部部長。私の、幼馴染。


「咲ちゃん。今大丈夫?」


「もちろん大丈夫だよー。というか、師匠ちゃんに『咲ちゃん』って呼ばれたの久々だなー。まあ、個人的には『部長』って呼ばれ方の方が嬉しいんだけど。かっこいいし」


 ニシシといたずらっ子のように笑う彼女。その笑顔の裏に何があるのか、今の私には分からない。だからこうして向かい合っている。それを知るために。


 だけど。


「咲ちゃ……部長」


「ん?」


「えっと。最近、どうですか? 勉強とか、家の手伝いとか」


 違う。私は『部長』じゃなくて『咲ちゃん』に話があったはずなのに。


「あー。やっぱり大変だねー」


「明日から夏休みですけど。部活、参加できます?」


 違う。こんなことが聞きたいわけじゃない。


「うーん。時間があれば行きたいけどどうだろう。あ。弟子ちゃんには夏休みの予定伝えておくから。例年通り、活動は週一回ね」


「そう、ですか」


「7月末にある大会には参加する予定だよ。3年最後の大会だし、さすがにそれくらいは出ないと。1年生の弟子ちゃんを一人で参加させるわけにもいかないし」


 目の前で笑う彼女は、果たして気づいているのだろうか。私が本当に聞きたいこと。それが別にあるのだと。


「…………」


「おっと。私、そろそろ行かないと。じゃあね、師匠ちゃん」


「……はい」


 踵を返し、小走りで遠ざかっていく部長。彼女の背中を見つめながら、私は自分の胸に手を当てる。内から湧き上がる灰色の感情を吐き出さないように。


 聞けなかった。もし聞いてしまったら、最悪の答えが返ってくるかもしれない。そんな恐怖が、私の決意を押し殺した。


「咲ちゃん」


 ねえ。


 教えて。


 どうして私を避けてるの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る