第10話 誰にでもってわけじゃないよ

 放課後。将棋部の部室。


「負けました」


 駒台に手を置き、頭を下げる僕。今日も今日とて師匠に完敗。一矢報いることすらできない不甲斐なさが、僕の心を埋め尽くします。


「ありがとうございました。今日はなかなか良かったんじゃないかな?」


「良かったですか?」


「うん。例えばだけど……」


 そう言って師匠は、盤上の駒を素早く並べ直します。数秒後。出来上がったのは、先ほどの対局で見られた中盤の一局面。駒の配置をすぐに思い出せるなんて、さすがは師匠。


「ここで桂馬けいまの頭を攻めてきたね。攻めの速度的には遅そうに見えるけど、多分これが最善手だったと思う。他の手は考えなかったの? 王様を固めるとか」


「いや、一応考えましたよ。でも、なんだか桂馬を攻めた方がいい気がしまして」


「ふふ。そっか」


 嬉しそうに微笑む師匠。その瞳に見つめられるのが恥ずかしくて、僕は視線を盤上へと固定します。先ほどよりも速くなった心臓の鼓動を抑えようとするかのように、僕の手は自然と胸上に押し当てられていました。


「し、師匠。も、もう一局しませんか?」


「お。今日はいつにもましてやる気だね。もしかして君は、褒められるとやる気が出るタイプなのかな?」


「か、からかわないでください」


「その様子だと当たりみたいだね」


 弾む師匠の声。彼女は僕をからかう時、はっきりすぎるほどいきいきしています。今だってそう。チラリと視線を上げた先にあったのは、いたずらを成功させた子供のような表情。ちょっと複雑な気持ちです。


「そ、そういう師匠はどうなんですか?」


「ん?」


「ぼ、僕と同じで、褒められてやる気が出るタイプだったりするんじゃないですか? どうなんですか?」


 いつもからかわれているんです。このくらいの反撃、許されますよね。って、そもそも反撃と言っていいのかすら微妙なラインですけど。


「ふむ」


 顎に手を当てながら、師匠は考え始めます。反撃が効いている様子はありません。やっぱり、僕には師匠のようなからかいの才能はないみたいです。きっと、ただの質問としか思われていないんでしょうね。はあ……。


 師匠が僕に答えをくれたのは、数秒後のこと。


「確かに、私も褒められるとやる気が出るタイプだね」


「そ、そうなんですね」


「ただ、誰にでもってわけじゃないよ」


「え?」


「やる気が出るかどうか、褒めてくれる相手にもよるね」


 そう言って、師匠は僕を見つめます。まっすぐに。ただただまっすぐに。


「えっと。例えば、誰に?」


「さて、誰だろう」


 とぼけたように笑う師匠。なんとなく、答えは自分で考えろと言われているような気がします。


 うーん……。

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