第9話 わ、私も
放課後。将棋部の部室。
今日の師匠は何かがおかしい。そう思ったのは、部室に入ってすぐのことでした。
言葉がちょっとどもりぎみ。対局中、チラチラと僕の方を落ち着きなく見てくる。加えて、僕と視線が重なるとすぐに顔をそらす。これで変だと思わない方がおかしいでしょう。
「あの。師匠」
「な、何かな?」
将棋盤の向こう。相変わらず挙動不審な師匠。
「今日はどうしたんですか?」
「ど、どうしたって?」
「いや、明らかに様子が変ですよ。気になることでもあります?」
「ま、まあ、その。あ、あるにはあるね」
盤上に顔を伏せながらそう告げる師匠。いつもは本を読んでいても次の一手を考えている彼女ですが、さすがに今は違うのでしょう。
「えっと。それ、聞かせてもらってもいいやつですか?」
「あ、いや……。う、うん」
「なんだか煮え切りませんね。別に無理しなくても大丈夫ですから」
「む、無理とかじゃないよ」
師匠がなぜ挙動不審なのか。その理由を僕が知ったのは、彼女が数回深呼吸を繰り返した後のことでした。
「き、君は、頭を撫でられるのが好きなのかな?」
「はい?」
頭を撫でられる? それって、昨日の?
脳裏に蘇る昨日の光景。僕の頭を撫でる先輩。温かな手の感触。そして、般若の表情を浮かべる師匠。
「い、いや、別にそういうわけじゃ。といいますか、説明しましたよね。昨日のやつは、将棋で負けた僕を先輩が励まそうとしてくれただけだって」
「そ、それは知ってる。け、けど、やっぱり気になるというか」
「ええ……」
正直、そこまで気にするようなことだとは全く思えないのですが。まあ、師匠として弟子の不甲斐ない姿を見たのが気に食わないだけなのかもしれませんけど。
「ね、ねえ」
「はい」
「わ、私も、君の頭撫でてみてもいいかな?」
「は!?」
どこからどうしてそうなったんですか!?
「だ、だめ?」
「ち、ちょっと待ってください。僕が頭撫でられるのが好きなのか気になるっていうのは百歩譲って分かるとして。どうして師匠が僕の頭を撫でるみたいな話になるんですか?」
「そ、それは……な、なんでだろうね。よ、よく分からないや」
誤魔化すように、師匠は髪先を手で弄び始めます。一体どうしたというのでしょう。もう何と言いますか、話の流れがめちゃくちゃすぎて。こっちは混乱させられっぱなしです。
「こほん。一応もう一回説明しますけど、昨日は別にやましいことがあったわけじゃないんですからね。あと、別に僕は頭を撫でられるのが好きってわけじゃないです」
「そ、そうなんだ……」
どういうわけか、ちょっぴり残念そうな表情を浮かべる師匠がそこにいました。
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