第17話 師匠だよね?
5時間目。数学の授業中。
「えー。じゃあ次の問題に移るぞ。ワークの48ページ」
眠い目をこすりながら、僕は目の前にあるワークのページを進ませました。周りを見渡すと、机に突っ伏して眠っている生徒が数人。僕ももうすぐああなってしまうのでしょうか。
今授業をしている数学教師は、授業中に寝る生徒を無視するタイプの先生。本人曰く、「高校生なんだから自己責任」とのこと。だから、眠ってしまったとしても怒られないことは分かっているのですが、少しでも真面目に授業を受けておきたいというのも事実。眠っている間に、次のテストで出題される部分を聞き逃してしまっては目も当てられませんからね。ただでさえ成績も芳しくないですし。
頑張れー、僕。この時間を乗り越えたらすぐ部活だ。
師匠との将棋を楽しみにしつつ、僕は再度目をこすります。ですが、それだけで眠気が覚めるものでもありません。さてどうしたものやら。
ピー!!
その時でした。窓の外から、笛の鳴る音が聞こえてきたのは。
音につられて、僕は外を眺めます。見えたのは、太陽の光を浴びながらグラウンドを走る多くの生徒たち。一年生の教室は校舎の二階。加えて、教室での僕の席は窓際。顔を横に向ければ、広いグラウンドがよく見えるのです。
あの先生がいるってことは、二年生の授業かな? この時間の数学も大変だけど、体育も別の意味で大変だよね。眠くならないのはいいけど。……ん?
走る距離が長くなるごとにばらけていく集団。その中に、他より一際遅れている一人の女子生徒が。彼女がとてもつらそうに走っていることは、遠くから見ていても丸分かり。グラウンドに引かれた白線に沿って、ゆっくりと校舎側に近づいてくる彼女。その姿や顔立ちには見覚えしかありませんでした。
あれ、師匠だよね?
前かがみになり、腕を弱々しく振りながら走る師匠。耳をすませば、はあはあという息遣いが聞こえてくるかのよう。
師匠って、走るの苦手だったんだ。いや、もしかして運動全般苦手とか?
思わず口角が上がってしまう僕。別に、師匠のことを馬鹿にしようとか、いつもの仕返しでからかってやろうとかそういうのではありません。
初の女性プロ棋士かつ現役女子高生。僕とは住む世界の違う超有名人。そんな師匠にも、苦手なものがある。その事実に、ほんの少し安心してしまったのです。師匠と僕との距離が少しだけ近づいたような気がして。
師匠、頑張って。
いつもなら、プロとして対局に臨む師匠に向けての想い。ですが今は、親しい一人の女子高生に向けての想い。
先ほどまでの眠気は、いつの間にかなくなっていました。
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