第16話 …………ふえ?

 放課後。将棋部の部室。


「どーん!」


「部長! 扉を開けるときは優しくっていつも言ってるじゃないですか!」


「あはは。ごめんごめん」


 いたずらっ子のように笑いながら、部長は僕の向かい側にある椅子に腰を下ろしました。


 もう。この会話何回目だろ。絶対に悪いと思ってないよね……って、あれ?


 不意に感じる違和感。いつもとは何かが違うような。何かが変わっているような。ですが、その正体がはっきりしません。思わず、僕は小さく首をかしげていました。


「そういえば、師匠ちゃんは?」


「師匠なら、将棋イベントの打ち合わせがあるとかで休みですよ」


「そっかー。まあ知ってたけど」


「知ってるなら聞かないでください」


「ありゃ。また怒られちゃった」


 どことなく既視感のあるやり取り。部活を休む時や遅刻する時、師匠は必ず僕と部長の両方に連絡をします。だから、師匠がここにいないことの理由を、部長が知らないはずはないのですが。知っていることをわざわざ聞くというのは、部長のコミュニケーション術の一つなのかもしれませんね。


「にしても将棋イベントかー。行ってみたいなー」


「小学生とその保護者限定らしいですし、僕たちじゃちょっと」


「いや、弟子ちゃんが小学生のふりをすればワンチャンあるかも」


「それは無理難題すぎでは?」


 呆れながら部長の顔を見たその時でした。先ほど感じた違和感の正体に気がついたのは。


「あ」


「ん? 弟子ちゃん、どしたの?」


「部長。髪型変えました?」


 いつも目立っていた部長のくせ毛。それが、今はあまり目立っていません。全体的にストレートになっているのです。


 僕の質問に、部長はフニャリと頬を緩めました。


「気づいちゃったかー。実は、ストレートパーマかけてみたんだよね。どう? 似合ってる?」


 髪を軽く持ち上げながら尋ねる部長。今の彼女からは、幸せオーラが放出されているように感じます。ひょっとしたら、くせ毛であることをずっと気にしていたのかもしれません。


「そうですね。似合ってます」


「む。なーんか社交辞令っぽいなー。もっと『綺麗です!』とか付け加えてくれてもいいのに」


「いや、部長が綺麗なのは当り前じゃないですか。前の髪型の時からそう思ってたんですから」


「…………ふえ?」


 突然、部長の口から奇妙な声が漏れ出ました。続いて聞こえたのは、「あ……え……」という声、いや音。言葉が上手く出てこないという表現が、これほどまでに似合う場面というのもそうないでしょう。


「部長?」


「そ……き……」


 僕の問いかけに返ってくるのは、やはり声にならない音。大きく見開かれた彼女の目は、僕を避けるようにあちらこちらへ行ったり来たり。


 僕、別に変なことを言ったつもりないんですけど。


 どうすればいいかわからず、僕は黙って部長の言葉を待ちました。


 そうして……。


「あ、のさ。弟子ちゃん」


「はい」


「そう、いうのはさ。わ、たしじゃなくて、師匠ちゃんに、言って、あげなよ」


 部長の顔は、かつてないほど真っ赤になっていました。

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