第34話 君の直感で

 放課後。将棋部の部室。


 夏休みが終わっていつも通りの日常が戻ってきた今日。僕と師匠もまた、いつも通り将棋を指しています。


「うーん。どうしたらいいかな」


 将棋盤の前で腕組みをする僕。このままでは攻めが続かないことは明らか。どこかで駒を補充して攻めに使いたいところですが、局面的に難しそう。自分から攻めておいて結局無理でしたなんて、悔しいにもほどがあります。


 盤の向こう側にいる師匠は、とても涼しい顔で本を読んでいました。相変わらずの器用さ。僕には絶対にまねできそうにありませんね。


 小さく首を振り、僕は盤上の駒を進ませます。師匠はチラリと盤の方に視線を向けると、特に時間を使うことなく駒に手をかけました。そうして指された一手に、僕は頭を抱えます。


 ああ。そっか。これで完璧に攻めがなくなっちゃうのか。


「これ、もうどうすることもできないですね。負けました」


「ありがとうございました。まあ、さすがに無理攻めだったからね」


「あはは……はあ」


 天を仰ぐ僕。天井のタイルに刻まれたシミを見つめながら、僕は先ほどの将棋を頭の中で反芻します。いくら考えても、思い返してしまうのは僕が攻め始めた局面。


「どうしてあの時攻めちゃったのかなあ」


 思わず口に出した疑問。それに、師匠が一つの答えを返してくれました。


「君が直観的な性格だからかな?」


「え?」


 直観的? どういうこと?


「君とこれまでたくさん将棋してきたけどさ。君は直感的に『いける!』って思ったら、迷わずそれに従っちゃうんだよ。で、結果失敗する」


「な、なるほど」


 言われてみればそうです。今回の将棋も、何となく攻めが成功しそうな気がして駒を動かしました。ですが、結果は知っての通り。僕の攻めは師匠にいなされ、見事に失敗してしまったのです。


「いろいろ先の展開を考えてることも知ってるけどね。ただ、長考してる割には直観の方を優先してる感じがする」


「むう」


 師匠にはいろいろ見透かされていたんですね。これじゃ、勝つどころか一矢報いるなんてこともできないわけです。ああ。悔しいなあ。


「けどさ、直観的なのが君のいいところでもあるんだけどね」


「いいところ……ですか?」


「うん」


 頷く師匠。直感的なのが僕のいいところ。果たしてそうなのでしょうか。よく分かりません。首をかしげる僕に向かって、師匠は微笑みます。


「君の直感で救われた人もいるからさ」


「そ、そんな人がいたんですか!? た、例えば?」


「さて、誰のことだろうね」


「ちょ!? そこで隠すのはずるいですって」


「ふふ」


 結局、どれだけ聞いても師匠はその答えを教えてはくれませんでした。


 ほ、本当に誰のことなんだろう。

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