STORY2 私の心は知らぬ間に⑥

 少し前から、私の体に異常が現れ始めた。突然の吐き気、慢性的な体の重さ、そして目眩。次の日も。そのまた次の日も。苦しくて苦しくて仕方なかった。


 病院に行こうとは思わなかった。病院に行ってしまえば、周りの皆を心配させてしまうから。加えて、ただでさえ女子高生プロ棋士として注目されている身。そんな私が病院に行くところなんて見られたら、どんな噂が立つか分からない。


 市販の風邪薬と栄養ドリンクで体を誤魔化し学校へ向かう。気持ちの悪さを振り払いながら対局を行う。作り笑いを浮かべたままイベントをこなす。


「はあ……はあ……はあ……」


 息が荒くなる。頭がフラフラする。でも、頑張らないと。せっかくプロ棋士になれたんだから。せっかく咲ちゃんの期待に応えられたんだから。きっと明日にはよくなる。明日には体が軽くなっているはず。そう信じ続けた。


 でも、その期待は裏切られ続け。


 そうして、三月を迎えた。




 ♦♦♦




「それじゃあ、失礼しました」


「ましたー」


「はーい。入学したら気軽に声かけてきてねー」


 部室から出ていく二人の男子に向かって部長が手を振る。パタンと部室の扉が閉まるとほぼ同時。彼女が「はあ」と小さくため息を吐いた。


「せっかくの部活動見学だっていうのに、ちゃんと将棋指せる人来ないねー。駒の動かし方分かるって人は何人かいたけど」


「うん」


 三月一日。今日は、来年度の新入生に向けて入学説明会が行われていた。説明会後には、自由に部活動見学ができるようになっている。四月からの新入部員をゲットするチャンス……なんだけど。


「いやー。集客数だけは上々だよねー。集客集だけは」


 ここまで部室を訪れた人たち全員が私目当て。現役女子高生かつ女性初のプロ棋士。その話題性は私の想像以上だった。だけど、将棋を指したいから将棋部へという人はゼロ。これでは何のための部活動見学か分かったものじゃない。


 いつの間にか得意になっていた作り笑顔で応対し続けた私。お昼に飲んだ薬のおかげか、今の体の調子はそこまで悪くない。けれど、うんざり度はもう最高潮。これで薬の効果が切れたら果たしてどうなってしまうのだろう。


「もうこんな時間になっちゃったんだ。早いなー」


 時計を見上げる部長につられ、私も顔を上に向ける。針が指し示す時刻は十七時四十分。部活動ができるのは十八時まで。あと少しで……。


 コンコン。


「あ。また誰か来たみたい。はーい!」


「す、すいません。部活動見学したいんですけど、いいですか?」


「いいよー。開いてるから入ってー」


 部長の返事を聞いて部室の扉を開けたのは、緊張した面持ちの男の子だった。

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