第39話 森の親玉、炎愛猿を狩れ⑤
「あれ、ししょ…?」
「起きたか。身体に痛いところとかあるか?」
「右腕が死ぬほど痛い…」
「だろうな」
エフテルの右腕は炎愛猿に握られて振り回されていたせいでボロボロだ。確実に複数箇所骨が折れている。
「…炎愛猿は?」
「カーリが戦ってる」
カーリは、炎愛猿と1対1の戦いを繰り広げている。
カーリは疲労しているが、炎愛猿は片腕に大きな損傷を受けていて、動きが悪い。必死に回転刃に当たらないようにしているようだ。
大きな体を活かして、カーリを間合いに入れないようにしている。
しかしカーリはその牽制の腕振りに回転刃を合わせる。深手にはならないが、出血を伴う傷を与えることはできる。
少しずつ削っていくしかないのは、新武器である回転刃でも変わらない。むしろ炸裂機構がない分、こういうときはつらい状況になる。
カーリから攻めようとすると、あちらからも迎撃の拳が飛んでくる。横に避けて、炎愛猿の脇腹に回転刃が当たる。
「giea!」
「くっ」
振り払われた腕は咄嗟にガードしたものの、吹き飛ばされ、洞穴内の壁に背中をしたたかに打ち付けてしまう。
「避けろカーリ!!」
炎愛猿は追撃のため、岩壁に手を付いているカーリに飛びかかる。
なんとか地面を転がり、追撃はまのがれたが、完全にペースをあちらに持っていかれてしまった。
苦しい展開が続く。
「ししょう、おねがい…」
そんな中、俺に背中を預けて地面に座っているエフテルが口を開いた。
「なんだ?」
「私の射出機に針と、カートリッジをセットして…」
確かに射出機が付いている左腕は比較的無事だが、
「まさか撃つのか?」
「だって、お嬢様、苦戦してんじゃん…。助けてあげなきゃ…」
意識がしっかりしている分、右腕の痛みが酷いようで、呻きながらエフテルは言う。
「あたしを助けてくれたんでしょ…じゃあ次はあたしが助けないと…」
「…分かった」
俺はエフテルの射出機に針をセットし、彼女のポーチからカートリッジを取り出し、装填した。カシュっという小さな音が鳴る。
「狙えるのか?」
「あたしを誰だと思ってんの…」
ゆっくりと射出期機が付いている左手を炎愛猿に向ける。
しかし敵は細かく動く上に、カーリに当てないようにしないといけない。今のエフテルではいつものコントロールは発揮できない。
「ちくしょ…」
ぶらんと左手が落ちる。
やはり射撃は難しいか。
「…ねえ、師匠って、全部の武器使えるんだよね。じゃあ、針も撃てるよね?」
何を言うかと思えば…。
「撃てるにゃ撃てるが、俺が左腕を使ってお前の左腕を炎愛猿に向けるとしよう。どうやって撃つ?どうやってレバーを引くんだ?」
「そこは…まかせてよ」
痛みに顔をゆがめながらも、エフテルの目には覚悟が見て取れた。
「分かった、信じる」
どの道迷っている時間はない。そろそろカーリが持ちこたえられなくなっている。
俺はエフテルの左腕を持ち上げ、顔をエフテルの顔の横に寄せる。片目を閉じ、しっかりと狙う。
自慢じゃないが、針は俺も得意としていた武器だ。外すことはない。
撃つことができれば、だが。
「いけるぞ」
「ちょ、ちょっと、覚悟させてね」
エフテルが深呼吸をする。
炎愛猿はカーリに飛びかかる。カーリは回転刃を突き出し、のしかかりを防ぐが、爪が少し体をかすめた。
「はあ、はぁ…」
エフテルの呼吸は荒い。
いつ撃つのか。どうやって撃つのか。
「ふっ」
カーリがこちらを見て笑った気がした。
「あんのお嬢様…見とけよ…!」
エフテルが息を止めた。覚悟は決まったようだ。
「ああああああああああああああああ!!!!!」
エフテルはバキバキに折れた右腕を無理やり動かし、レバーを引いた。
炸裂機構の爆音、その反動を俺が受け止める。
カートリッジの爆発によって射出された針は真っ直ぐに炎愛猿に向かう。
「いけませんわ!」
エフテルが叫んだことで、炎愛猿がこちらに気づいた。
腕をクロスさせ、攻撃をガードする態勢になった。これでは致命傷にはならない!
カーリがこちらに全力で走る。
「guaaaaaaaaa!!!!」
針はちょうど、炎愛猿のクロスした腕の中心に深々と刺さった。元々カーリが傷つけていたのもあり、腕は使い物にならなくなっただろう。しかし、仕留められなかった。このまま突撃されれば終わりだ。
「エフテル!もう一度ですわ!」
俺たちの隣にスライディングで並んだカーリが叫んだ。
意図を理解した俺は、再び射出機に装填、エフテルの左腕で狙いをつける。
「撃って、カーリッ!!」
エフテルが叫び、カーリがレバーを引いた。
再び響く爆音。射出される針。
腕を十字に固定されている炎愛猿に、顔面に向かってくる針を防ぐ手段は、ない。
「…、…」
無言のまま、顔面に針が刺さった炎愛猿は、後ろに倒れた。
二度と立ち上がることはない。
「やりましたわぁあああああ!!!!」
カーリが回転刃を放り投げ、俺に抱き着いてきた。
「いだだだだだ!」
必然的に俺の下にいるエフテルをつぶすことになり、エフテルは 悲鳴を上げていた。
「あらごめんあそばせ」
「このお嬢様はッ!誰のおかげで勝てたと思ってんのさ!」
「あら?誰のおかげで助かったと?」
また喧嘩が始まってしまった。
だが、今回は止めるつもりはない。なぜなら、2人の関係は間違いなく変わったからだ。
初めて互いに名前を呼びあった2人は、きっと本当の仲間になったんだろう。
俺は知っている。カーリが頭上から炎愛猿に奇襲を仕掛けたときに、首を狙えばそこで勝負がついた可能性が高かったのに、エフテルの救出を優先したことを。
俺は知っている。エフテルが本来動くはずもない複雑に骨折した右腕を、激痛に耐えつつもカーリを救うために無理矢理動かしたことを。
「ちょっと師匠何笑ってんの!」
「お師匠様!この死にぞこない、ここに置いていきましょう!?」
俺は微笑ましく2人を見ながら、何かを忘れている気がしていた。
「お師匠様?どうかなさいました?」
「いや…なにか忘れているような…」
とりあえず、満身創痍のエフテルを担ぎ、洞穴の外に出る。
その瞬間だった。爆音が聞こえたのは。
「しまったッ!!2匹目の炎愛猿!!」
「なんですって!?」
この洞穴にはもう1匹炎愛猿がいて、それを街道側に誘導したんだった!
「急いでアルカとコウチの援護に行くぞ!カーリ、まだ戦えるか?」
「24時間戦えますわ!」
流石にエフテルをここに置いていくわけにはいかないが、連れていく余裕もない。
そもそも怪我人を戦場に連れていくわけにもいかない。
「やむを得ん、すまんエフテル」
「え、なに!?なにその顔!師匠?師匠!?」
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