第54話 双極か四極か

次の日、いつもどおり“四極”のメンバーが酒場に集まる前に、全員の家を回って、大事な話があるので、村長の家に集まってほしい旨を伝えた。

村長の家は最近完成した比較的大きめな家で、村長の家らしからぬ質素な家だ。それでも俺達全員が集まることが出来るだけの広さはある。

俺は先に村長の家で待っていた。

“四極”の面々が次々と村長の家に挨拶をしながら入ってくる。


「げっ」


家に入るなり嫌そうな声を上げたのはエフテルだった。


「なんだガキ。俺様がいるのが不満か」

「いえ、別にー」


露骨に態度に出したのはエフテルだけだったが、アルカもコウチもレイを見て少し緊張したようだった。

ちなみに、ルミスも、当然ながら村長もいる。

つまりここには俺の関係者といえる人間が全員集まっているというわけだ。


「皆、集まってくれてありがとう」

「いいえー」


口々に応えてくれる。どれも快い返事で、本当に良い弟子たちだ。


「今日集まってもらったのは、俺の話を聞いてもらうためだ。そして、“四極”の今後にも関わってくるだろう」


全員が頷いたのを確認して、話し始めることにした。


「まず、この俺の腕について。皆にはどこまで詳しく話していたっけな」

「狩りの最中に負傷して、現役を引退したってことくらい?」


エフテルがそう言うと、アルカとコウチが頷いた。


「俺からもそれくらいしか話していないよ」


ウエカ村長からの補足が入る。


「この腕を見せたことはあるよな」


俺は右腕に巻いていた包帯を解く。相変わらず真っ黒な右腕が姿を現した。

炎愛猿討伐のときの円陣の際に敢えて右腕を見せた。そのときに全員見ている。


「そうだった、緊急依頼のときにそうなったって師匠言ってたね」

「そう、アルカの言う通りだ」


誰も口を開かない。一度俺の説明が終わるのを待っているようだ。


「俺はメッツ村というところで専属狩人をやっていた。そこのレイと一緒に、2人で“双極”というチームを組んで」


レイが鼻を鳴らす。


「そしてあるとき、危険度6の獣が4匹、メッツ村に向かっていることが分かった。その4匹の獣の討伐が、緊急依頼だった」

「ちょっと待って、危険度6が4匹!?危険度6って、1匹で街を滅ぼせるような化け物でしょ!?」


エフテルが突っ込む。俺が答えようとしたところで、レイが口を開いたので、俺は黙った。


「そんくらいやれちまう規格外の戦闘力を持つのが特級狩人。俺たちだ。危険度6だろうが、数匹程度なら同時に討伐できちまう、最早俺らが化け物なんだよ」


俺らが化け物って…。まあ、そこまでいくと否定はできないな。


「じゃあ、師匠はどうして負傷したの?余裕なはずだったんでしょ?」


当然そこが疑問になるよな。


「当日、その獣たちを討伐しようと狩場に向かった俺たちだったが、そこには何もいなかった。恐ろしいほど静かで、セルすらも、騒慌虫の声すらもなかった」


そう、イレギュラー。

あのとき、メッツ村を見捨てて引き返していればこうはならなかった。違和感を感じた時点で、村人たちと一緒に避難すれば良かったんだ。今でもたまにそう思う。


「おい、続き」

「ああ、そうだな」


レイに促され、俺は思考を中断して話を続ける。


「そんな静かな世界の中に姿を現したのが、見たこともない獣だった。鋭い爪や牙を持ちつつ、背中から魔物のような不定形の触手を伸ばす。恐ろしい獣だった」

「相棒は俺様を庇って、そいつの触手に右腕を包まれた。防具越しだったにも関わらず、その結果がソレだ」


改めて全員の視線が俺の右腕に注がれる。焦げた木のような真っ黒な腕。


「焼けた…の?」


アルカが恐る恐る訊ねる。


「いや、良く分からない。触手に包まれた瞬間、気がついたら感覚がなくなっていて、時間が経ったらこの見た目になっていた」


まるで呪いのように。それとも、マーキングだろうか。


「そんで、こいつはリタイア。俺様は相棒のために、この腕を治す方法を探してるってわけだな」


レイのスタンスは一貫して変わらない。俺と“双極”としてまた狩りをする。そのために全力を尽くしている。


「ただ、俺は復帰なんて考えられないほど絶望したよ。これまでずっと狩りだけに人生を捧げてきた。それが急になくなったんだ、もう何のために生きればいいか分からなくなった」


そして商隊に同行し、こんな自分でも役に立てることがあると知り、現役のバックアップをするのも悪くないんじゃないかと思えるようになった。


「そこでウエカ村長にスカウトされて、お前らの指導役をすることになったんだ。ウエカ村長には本当に感謝してる」


ウエカ村長は照れくさそうに鼻の頭をかいている。


「俺は、自分が狩りができなくとも、人の役に立つことができると気づいた。今までの経験を活かして、お前らを導けることに気づくことができた」


そして…。


「そして、お前らの指導役は、現役のときのような充実感と、楽しさを与えてくれた。たった危険度3の獣を討伐しただけで、俺も嬉しい。お前らと無事に帰ってくることがこんなにも嬉しい。気が付けば、お前らが俺の人生の拠り所となっていたんだ」

「師匠…」

「お師匠様…」


嬉しそうな弟子たちに反して、レイは不機嫌になっていく。隣でルミスは、レイがいつ暴れだすか冷や冷やしているところだろう。


「ここまでが、今の俺の話。噓偽りない、今の俺の全部の気持ちだ。そして、これからの話をしようと思う」

「これから?」

「そう。俺の選択肢は2つ。現役に復帰することを目指すか、お前らの指導役として現役復帰を諦めるかだ」


ドンドンとレイの額に青筋が走っていく。レイとしては後者はありえないということだろう。


「でも、腕、治らないんでしょ?じゃあ、ずっとあたしらといればいいじゃん!」


エフテルがレイに怯えつつもそう主張する。俺も、少し前まではそう思っていた。

その状況を変えたのは…そう、カーリの家での出来事だ。


「実は治るかもしれない。とある液体を右腕にかけたことで、一瞬動かすことが出来た」

「はァ!?俺様知らねえぞそれ!」

「実はカーリの実家で色々と手を尽くしてもらってな。そこでなんか神の血とかいう液体をかけたら動いた」

「なんだよ、だったら話は早えじゃねえか」


さっきまでの不機嫌はどこへやら。レイは嬉しそうに俺と肩を組む。だが、俺はそう単純に喜ぶ気にはなれなかった。


「だけど俺は、たとえ腕が治ったとしても指導役を続けたい。俺が立ち直れたのは、さっきも言った通りお前らのおかげなんだ」


それに、エフテルとの約束もあるしな。

そんな小さな呟きはエフテルには届いたようで、見とれるような笑みをエフテルは見せてくれた。

一方で、肩を組んでいるレイの力がどんどんと強くなり、半ば首絞めのようになってゆく。


「とまあ、こいつは腑抜けちまった。お前らのせいでな」

「れ、レイ、ギブ、ギブ」


必死にアピールして、やっと解放された俺は咽ながらレイに非難の眼差しを送った。スルーされた。


「そもそも、神の血とかいうその液体も一体何か分からない代物だし、あくまで一瞬動いただけだ。今、カーリの実家で調べてもらってはいるが、どうなるかは分からない」

「だが、治す方法にグッと近づいた、そういうわけだな」


レイは嬉しそうにニヤニヤしている。


「いやまあ、そうなんだが…」

「つまり、こういうことか。お師匠さんは、“双極”と“四極”の間で揺れている、と」


コウチがまとめてくれた。その通りだ。しかし、心情的には“四極”側に大きく寄っている。

レイは1人でもやっていけるが、こいつらはまだ俺が必要だ。どうせ治るかも分からないことに現を抜かすのもどうかと思う。


「…俺は、お師匠さんは腕を治す方法に全力を傾けたほうがいいと思う」

「はあ!?」


コウチの言葉に、エフテルが全力で嚙みついた。


「コウチ君、何言ってんの!?」

「いや、考えてもみてくれ。狩りを生きがいにしていた狩人、しかも特級狩人が復帰できる可能性があるんだ。であれば、復帰すべきだろ」

「いやそれはそうかもだけど…、でも、そしたらあたしらの指導役はどうすんのさ!」

「指導役なんて、上級狩人ならだれでもできる。それに、そもそもエフテルさんは、いつまでお師匠さんに頼るつもりだ?」

「いつまでって、そりゃずっと…」

「少なくとも俺は一人前になればここを離れて故郷の専属狩人になる。お嬢だって、いつまでも狩人はしてないだろう。いずれ家を継ぐことになる。2人はずっとこの村にいられるかもしれないが、いずれにせよ“四極”は永遠のチームじゃない」


“四極”が永遠のチームじゃない…確かにそのとおりだが、考えたことはなかった。いや、考えないようにしていた。


「お嬢様も同じ意見なわけ?」


エフテルがカーリを見る。今日は真面目に話を聞いていたカーリだった。重く口を開く。


「認めたくは…ありませんけども。概ね同意ですわ。いつまでもお師匠様の指導を受けていたいことは事実。ですが、そうはいかないのも事実ですわ」

「それは…そうだけど…」


エフテルも納得はしている。だが、誰も認めたくないものだ。楽しい時間が終わることを。俺だってそうだ。

ここで、ルミスが控えめに手を挙げた。全員の視線がルミスに集まる中で、丸刈りの狩人は口を開いた。


「じゃあ、途中でラフトの腕が治るかどうかは関係なく、“四極”が一人前になり、指導役が不要になったら、“双極”に戻ればいいんじゃないか?」

「…」


誰もが黙る。折衷案だ。

“双極”でも“四極”でもない中立の立場だからこそ出てきた意見だと言える。


「正直言えば、待てねえ。だが、どうせ腕を治すのにどれだけの時間がかかるかわからねえ以上、一旦ラフトを貸しておいてやることは構わねえ。お前ら“四極”が解散するまでは待っててやるよ」

「い、意外に大人だな」


こんな寛大なやつだったか。驚いて思わず突っ込んでしまった。


「ふん、前も言ったろ。戦えねえやつが狩場に来るから死ぬことになる。今のお前を狩りに連れて行かない程度には、俺は相棒を大事に思ってる」


お前らとは違ってな。と、レイは弟子たちに言外に言い放った。


「じゃ、決まりだな」


丸刈りの狩人は穏便に結論が出たことを安心するようにそう呟いて、席から立ち上がった。

話は終わったといわんばかりに、コウチとカーリも立ち上がる。

エフテルは、納得しきってはいないようだが、アルカに促され、立ち上がった。


「じゃあ、そういうことで、決まりだな」


コウチが話を締めて、村長の家から出ていく。続いてカーリ、不機嫌そうにエフテル、それに付き添うアルカと退出していった。


「あのガキ、論理的だったな、見込みがある」

「あのガキって、コウチか。まあ、そうだな…」


コウチの発言があったからこそ、ルミスの折衷案が生まれたわけだからな。

ただ、正直ショックだったのもある。

俺は“四極”をかけがえのないものだと思っていたが、コウチはあくまで通過点のように言っていた。カーリだって、普段の興奮状態が噓のように落ち着いていたし。


「はぁ…」

「けけけ、弟子なんて師匠を踏み台にしか見てねえんだよ。な?相棒?」


この野郎、嬉しそうにしやがって。


「我らが狩人君、話が落ち着いなら、一旦家に帰って休めばいいんじゃないかな。少し疲れただろう」


ウエカ村長はいつも優しいな。傷ついた俺の心を癒してくれるムキムキだ。

傷ついた心と言えば、気になるのは、エフテルたち姉妹だ。あとでフォロー…というか、今後どうするか相談しないといけない。

さっきの話では、いずれ俺は“双極”に戻るということになる。果たしてそれは、エフテルとの約束は両立するのだろうか。


「はぁあ…」

「溜息ばっか吐きやがって。そんなに俺とコンビを組むのが嫌なのかよ」

「そうじゃねえけどさ。腕が治れば、“双極”に戻れればなあ、と思わないわけではないよ。でも、なんというか、腕が治らない以上は、あいつらといてやりたいというか…」

「女々しい野郎だな」


俺はレイに追い出されるように村長の家を後にした。

村長の言う通り、家に帰るか…。

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