第55話 四極の最終目標

俺はトボトボと狩人たちの家がある区画へ向かう。いつもどおり、カーリやコウチ、姉妹の家が見えて、俺の家がある。


「ん?」


コウチの家から、一瞬だけアルカの顔が覗いた気がした。

気のせいかと思った瞬間、今度は手だけが見えた。おいでおいでと手招きしている。

コウチの家か…。正直今は気乗りしないが、まあ弟子たちが読んでいる。師匠としてはいかないわけにはいかないだろう。


「うぉっ!」


急に手を引かれて、コウチの家に引き込まれた。

体勢を崩した俺の上にいるのは、カーリだ。辺りを見回すと、笑っている姉妹に、どこかばつの悪そうなコウチ。全員がいる。

って、なんだかどんどん俺の服が湿っていくんだが。カーリが泣いてる!?


「おじじょうざばぁ~!」

「おお!?どうしたどうした!?」

「じゅびばじぇんでじだぁ~!」


何々、なんて言ってるの!?


「ほらお嬢様、いつまで師匠に乗ってんの!」

「ああ~」


エフテルに強制的に剥がされたカーリは、少し息を整え、改めて謝罪してきた。


「先ほどは、お師匠様が、ひっく、あそこまでわたくしたちのことを大事に思ってくださっているとおっしゃっていただいたにもかかわらず、冷たい対応をしてしまい…申し訳ございませんでじだぁ!」


ああ、また泣き出してしまった。


「俺もすみませんでした。さっきは」


コウチもカーリに並んで頭を下げた。


「待て待て、さっきからどういうことだ、状況が掴めない!」


先ほどまで険悪だったエフテルとコウチの空気も悪くない。これは、この家に全員が集まっていることが関係しているのだろうか。


「さっきまでのやりとりは、お嬢と打ち合わせして、一芝居打ったんだ。ああすれば、レイさんがお師匠さんを解放してくれるかと思ってな」

「レイから?俺を?」

「あのまま落としどころが見つからなければ、お師匠さんは最悪ずっと粘着されていただろ?レイさんのお師匠さんへの執着は相当なものだったから」


まあ、確かにそれはそうだ。ただ、勘違いしてほしくないのは俺は別にレイが嫌いなわけではない。むしろ、もし俺たちの立場が逆だったら、レイに執着していたのは俺だったかもしれない。


「んで?芝居ってのはどういうことだ?」


どこからが芝居だったのか。


「まず、俺は“四極”を抜ける気はないっス。親父もまだまだ現役だし、少なくともあと数十年はアオマキ村の専属狩人をやるつもりだ」

「コウチ!お前ってやつは!」


俺は思わずコウチを抱きしめた。良かった、コウチは俺たちのことを軽んじたりしていなかった!


「わたくしだって、お師匠様がいる限り、ずっとこの村にいますわよ。実家の跡継ぎはお兄様がいますもの」


そうなのか!兄弟がいたのか!


「カーリ!」

「お師匠様!」


っと、カーリが両手を広げて待ち構えているが、抱き着くのはハードルが高い。頭を撫でるくらいで勘弁してくれ。

代わりにアルカがトテトテと近づいてきて、俺に抱き着いた。


「まったくさ、2人ったら急にあんなこというから。やっぱあたしら姉妹しか信じられないと思っちゃったよ」


あの話し合いで最もショックを受けていたであろうエフテルには笑顔が浮かんでいる。良かった、俺たちの“四極”は踏み台なんかじゃなかったんだ。

詳しく話を聞くと、どうもこれは村長の計らいらしい。

村長から話し合いが行われることを聞いたカーリは、事前に俺の境遇をコウチに説明し、なんとかレイの気持ちを治める方法を考えたそうだ。

それが、先ほどの「“四極”は近いうちに解散するからそれまで待っててね作戦」。

レイは、“四極”が解散するまでは待つといった。だが、実際には“四極”はこれからも解散しないというわけだ。


「なるほどな、俺も完全に騙されたよ」

「敵を騙すにはまず味方からってな」


敵ではないんだけどな。

まあ、正直レイのことを裏切った自覚はあるんだ。

俺のために奔走してくれている相棒を差し置いて、先に死のうとしたんだから。

そんなところを見せられれば、これ以上指導役なんぞさせられないと彼が焦るもの分かる。

ただ、俺はもう右腕を諦めている。あいつは、自分をかばった結果俺の腕が使えなくなったと責任を感じているからこそ、あそこまでがむしゃらに治療法を探している。その温度差が、俺たちの今のすれ違いの原因だ。


「師匠、あとねあとね、さっき4人で決めたことがあるんだ」

「ん?何をだ?」


弟子たち全員が決意に満ちた表情をしている。


「師匠の敵討ちをするって、決めたんだ。特級狩人の師匠が不覚を取るような相手だから、あたしたちが倒せるようになるまで、どれくらいの時間がかかるか分からないけどさ」

「それを、私たち“四極”の目標にするって、決めた」

「まあ、流石に先に他の特級狩人に討伐されちまうかもしれねえけど…」

「そのときは、5人で狩りを続けつつ、ゆっくりお師匠様の右腕を治す方法でも探しましょうか」


どう考えても現実的な話ではない。奴は危険度7に指定された。最低でも特級狩人にはなる必要があるだろう。

今は、全員が最底辺の5級。ここから特級狩人になるには、最速でも10年はかかるのだろうか。

それまでの間にギルドが組んだ調査隊がヤツを討伐してしまうだろうし、もし最後まで見つからなくとも、きっと獣も寿命で死んでしまう。

それでも、4人がこう言ってくれたのは嬉しかった。正直涙が出るほどに。


「よし、目標ができたことはいいことだが、高い目標だな!これから、もっともっと、努力する必要があるぞ!」


俺は少しだけ震えた声で言う。

弟子たちは全員笑顔で、


「これからも指導、よろしくお願いします!」


なんて言った。


「あれ、師匠泣いてる?」

「泣いてない!これはほら、汗だよ」

「なんてベタな言い訳を…」


コウチが呆れながら顔を拭くための布を渡してくる。


「泣いてねえって!」


しっかりとその受け取った布を使いながら、俺は答えた。

いつか、“四極”であの獣と対峙するときが来たとして。それはいつになるか全く想像できないけれども。

この4人であれば、負けない。そんな気がした。

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