第3章
第56話 リハビリ
初の昇格依頼の失敗、そして俺の関係者全員での議論をしたあの日から、かれこれ数ヶ月が経過していた。
その間は、様々な危険度3の獣を狩ったり、村の危険になりそうな獣を狩ったり、まあ5級の中では熟練といえるような活動をしていた。
やはり、コマンダー討伐依頼…まあ実際にいたのはコマンダーではなくゼネラルだったが、その際に、力不足を実感したことと、死を身近に感じたことで、全員の狩りに対する姿勢が変わった。ように思える。
「お嬢!」
「任せてくださいませ!」
空中で土塊を吐き終え、地面に着地する球吐き鳥の隙を狙って、カーリの回転刃が突き出された。
「bieeeeeee!!」
回転刃は深々と球吐き鳥の背中から突き刺さり、そのまま球吐き鳥は動かなくなった。
「いやーあたしらいらなかったね、これね」
「うん、いただけって感じ」
エフテルとアルカが武器を納めつつ、そう話しているのを聞いて、俺も頷いた。
今回は、また村の近くの草原に球吐き鳥が出没するようになったとのことで狩りに来た。
元々全員ポテンシャルが高いのもあり、球吐き鳥程度では全く苦戦しないようになっていた。
突進は当然当たらず、空中からの球吐き攻撃も誰を狙っているか判断し、狙われていない者は着地の隙を狙う。
今回は、コウチが一撃球吐き鳥に攻撃を加えたところ、たまらず球吐き鳥は飛びあがり、そのまま空中攻撃に移行。球をコウチが避け、着地時にカーリがとどめを刺した、という流れだった。
最早なんの危なげもない。危険3の獣では持て余しているな。
「もうあの恐怖は薄れてきたね」
帰り道、エフテルがそんなことを言い出した。
「あの恐怖ってなんだ?」
「ほら、あの、ゼネラルに殺されかけた時の怖さというか!」
珍しくエフテルとコウチで会話している。
「まあ…確かにあの緊急依頼の次に受けた依頼は少し緊張したな…。でもそこはお師匠さんも配慮してくれたしな」
まあ、一応また小型の獣を狩るところから慣れさせはした。一度狩りで死にかけると、そのときのことを引きずって、二度と獣や魔物と対峙できなくなる狩人もいる。そうなれば当然引退だ。そうならないように、一応ケアはしたつもりだった。
「ねえ師匠ー、そろそろまた昇格依頼受けようよー、もうあたしらなら大丈夫だよー」
「そうですわね、もうそろそろ、再挑戦したいところですわね」
完全にあの時の恐怖は克服しつつ、良い方向に作用した。これ以上の慣らしはダレるだけだな。
「分かった、次の依頼は昇格依頼にしてみよう」
あのころはまだ少し弟子たちの戦闘力に不安があったため、危険度4の中でも単体戦闘力が低いコマンダーを選んだ。だが、今の“四極”であれば、チームワークも、各員の戦闘力も4級狩人に申し分ない。何が相手でもいけるだろう。
「今度こそ4級だな!」
相変わらずコウチは昇格したいようだ。そんなに持っている武器と等級が並びたいのかあ。
などと、話しているうちに。
今回の狩場であった草原は村から近いので、比較的すぐに帰ってくることが出来た。
いつもどおり、依頼達成の報告のために酒場に行く。
そこでは、食事中などのほかの狩人と顔を合わせることになる。もはや恒例だ。
とはいえ、今この村にいる俺たち以外の狩人は2人しかいないのだが。
「お、帰ってきたのか。何?球吐き鳥?まさか苦戦なんてしてねえよな?」
その声が聞こえた瞬間、エフテルはムッとする。
「苦戦なんかするわけないじゃん。余裕でしたよー!」
「おおそうか、それは何より。俺の相棒を借りてんだ、しょうもないことに付き合わせんじゃねーぞ」
こんなことを言うのは、勿論レイだ。
あれ以来、レイは姿を隠さずに、普通にアオマキ村を利用するようになった。毎回酒場で俺達と顔をあわせ、エフテルと喧嘩しては俺と雑談して去っていく。断言してもいいが、レイは俺に会いに来ている。
だって、毎日会うのは流石におかしいだろう。
「よう、レイ。森の調査は順調か?」
であれば、喧嘩になる前に、俺がレイの相手をするのが一番早い。
俺は弟子たちに依頼の後処理を任せ、レイの前に座る。
「森の調査ねえ。順調順調。思ったより危険度が高い生物もいねえし、相変わらず魔物はいねえし。半分以上はマッピング出来ただろ」
「流石特級狩人、仕事が早いな」
「次にそういう他人行儀な言い方したら殺すぞ。お前も特級狩人だろうが」
でもまあ、仕事が早いのは事実。あんなに広い森の地図をもう半分以上も作成済みだというのだから。その恩恵を俺達は受けているわけだし。
「今日はルミスはいないのか?」
「お前、あのハゲと俺がコンビ組んでると勘違いしてねえか?あくまで同業者だ。同じ依頼を受けただけの、お互いソロだよ」
その割には森では一緒に行動していることも多いとルミスからは聞いているが…。
「俺の相棒は生涯お前だけだ。浮気性のお前と違ってな」
「別に浮気してるつもりはないんだが…」
苦笑いしながらそう言うと、レイが席を立つ。よく見ると、机の上の器はとっくの昔に空になっていたようだ。
…ホントに俺を待つためだけに居座ってたのな。
「じゃあ、俺は行く。しっかりあのガキどもを育てろよ」
「珍しい。お前があいつらを気遣うなんて」
「違う。あいつらが弱いと、この間みたいにお前に危険が及ぶ。しっかりやれ。急くな。なんなら俺がトレーニングしてやろうか?」
そう言うレイには邪悪な笑みが浮かんでいる。トレーニング中の事故とかいってエフテルあたりが磨り潰されそうだ。
「トレーニングは、遠慮しておくよ。でも、忠告はしっかり受け止めた」
見れば、弟子たちは手続きが終わり、俺を待っているようだ。
「じゃあ、また」
「ああ。また」
こうしてレイと会うのが苦じゃなくなっているのも、完全に俺が精神的に立ち直った証拠だろう。今ではむしろ、嬉しくすらある。
その気持ちがレイにも通じているのだろうか。あいつはギザギザの歯を見せ、笑いながら去っていった。
「師匠がやっと空いた」
アルカがしがみついてくる。最初のころは狼狽していたが、これも慣れた。娘みたいなもんだ。
「やっぱりまだ、あの人のオーラには抗えねえ」
汗をかきながら、コウチが言う。
「オーラ?」
「え、師匠気づいてないの?アイツ、師匠に近づくなオーラがすごいんだよ。しかも、狩りのときに放つような、なんていうのかな、殺意?」
全然気付かなかった。俺にとっては大型犬みたいなものだから。
「そういえばお嬢は、“双極”ファンだがあまりレイさんには反応しないよな」
「確かに。その辺どうなんだ?」
相変わらず綺麗な黒髪を伸ばしているカーリは、黙っていれば美しい。そんな美女が口を開く。
「まあ、尊敬はしてますけども、わたくしはどちらかというとお師匠様のファンなので…」
しなっと俺に寄りかかるカーリ。アルカが必死に押し返した。
「なるほど、そんなもんか」
いまいち、ファンだとかそういう感情が理解できない。アルカやコウチはあの小説のファンだし、カーリはこのように“双極”のファンだ。そういえばエフテルからそういうのを聞いたことがないな。
「エフテルは、何か好きなものとかないのか?」
「ん?お金」
そういえばこういうやつだった。
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