第57話 船旅2日間

「おお皆お揃いだ!助かる!」


ウエカ村長がやってきたのは、俺たちが球吐き鳥の素材を全て売却し終えたころだった。


「なんか、焦ってる?」


アルカの言う通り、ウエカ村長は焦っているように見えた。肩で息をしているし、急いでここに来たようだ。


「緊急依頼…と、昇格依頼を兼ねることって、可能なのかな!?」


ウエカ村長はそう言い放った。


「可能ですよ。実力が伴ってさえいれば、ですけど」


酒場中に響き渡る大声だったので、聞こえていたのだろうギルドの受付嬢が答えた。


「じゃあ、指名依頼で緊急依頼で昇格依頼だ!君たちに八方発泡魚を討伐してもらいたい!」

「はっぽーはっぽーぎょ…?」


エフテルがアホになった。


「八方発泡魚か…。船上戦か?それとも浜辺?」


俺は一番大事なところを訊ねる。


「せ、船上戦だ…すまない…!」

「いや別に村長が謝ることじゃないんだけどな?だが、そうか…」

「ちょっとちょっと、師匠と村長だけで話してないで、あたしらにも分かるように言ってよ!」

「わたくしとコウチはわかりますわよ」


カーリとコウチは基礎知識がある。であれば、今の依頼の難しさが伝わっただろう。


「ねえ師匠師匠師匠!」

「あーもう、今から説明するから揺らすな!」

俺の肩を掴んでガクガクしてくるエフテルを払い、俺は咳払いを一つ。そして説明を始める。

「八方発泡魚は危険度4の獣だ。獣と言っても、魚だが」

「うんそうだよね、昇格依頼ってことは危険度4だよね。それで?」

「名前のとおり八方発泡魚は水棲の獣だ。陸に上がることもあるが、普段は海で暮らしている。水中にいる獣を狩る場合はどうすればいいと思う?」

「もぐ」

「潜るとか言うなよ」

「そ、それで船の上で戦うから船上戦か!」

「そういうことだ。船の上から攻撃して狩ることになる。まあ流石に迎撃機能の付いている専用の船で戦うことにはなるが、それでも陸上で戦うよりもかなり危険度は上がるんだ」


水中に敵がいるということは、攻撃する機会が限られるということだ。しかも、この面子だと、エフテルくらいしかまともに攻撃が届かない。


「とまあ、船上戦の何がきついかが分かってもらえたところで、村長から詳しく話を聞こうか」


具体的な状況が分からなければ受けるかどうかの判断もできない。緊急依頼なので受けない選択肢はほぼないにせよ。


「うちの村が海の向こうの砂漠の村と交易しているのは知っているよね?」

「ああ、いつしか港を整備しているときに聞いた」

「その途中に、八方発泡魚が現れて。しかも、船を襲うことを覚えてしまったんだ!」


なるほど。交易というからには食糧も積んでいるだろう。普通に海の中でエサを探すより、交易船を襲った方が効率的だと覚えたわけだ。


「前の炎愛猿よりもある意味緊急度は高いよ。何せ、すぐそこの海での出来事だからね。それに、砂漠の村とはいい関係が築けていてね。ここで邪魔されるわけにはいかないんだ!」

「なんか、深刻だね」

「そうだな。アルカの言う通り、事態は切迫しているんだろう。だがな…一番心配なことというか、気になることがある」

「なんだい、我らが狩人くん」

「俺はこの村で船上戦用の狩猟船を見たことがない。あるのか?」


流石にただの船では戦えない。簡単に沈められてしまうし、攻撃もできない。


「それは砂漠の村のものを借りることになってる」

「ん、そっちが持ってるのか。じゃあ、そっちの村には専属狩人はいないのか?」

「それが今、負傷中でね。動けるのはこっちのアオマキ村の君らだけなんだ」


となると、船だけ砂漠の村から借りて、俺たちが八方発泡魚を討伐するということになるんだな。


「よし、状況は分かった。さて、あとは受けるかどうかだが、緊急依頼だし、指名依頼だ。村長はお前らならできると判断しているが…どうだ?」


俺は弟子たちを見る。


「わたくしは行きますわよ!」

「俺もいけると思う。最近の俺たちのチームワークなら、たぶん」

「船乗ったことないけど、師匠がいれば大丈夫かな」

「はいはい!早く4級になって、お金稼げるようになりたい!」


とまあ、弟子たちはやる気のようだ。

俺としても、無理な依頼ではないと思っている。それに、船上戦であれば、俺も船上設備を使うことで狩りに直接参加できる。


「よし、村長、受けるよ。詳しく話を詰めよう」


こうして俺たちの昇格依頼の相手は、八方発泡魚に決まった。


§


あのあと、詳しく村長と打ち合わせをして、今後の動きが決まった。

まず俺達は八方発泡魚に襲われないように普段よりかなり遠回りの海路で砂漠の村に向かう。

そしてそこで、狩猟船の扱いを練習し、その後狩りに向かうという流れだ。

砂漠の村までは非常に近く、海を挟んで船で1日もかからずに到着する。遠回りしたとしても2日あれば着く。


「遠回りして避けられるならそうすればいいじゃん」


エフテルがそう言ったが、この砂漠の村との交易は、その近い距離を活かして生鮮食品や保存期間が短いものをやり取りしているそうだ。夏の1日の差は大きく品質に影響を与えるだろう。故に、海路を塞ぐ八方発泡魚は狩る必要があるのだ。

ちなみに、砂漠の村はヒシガツマというらしい。せっかく教わったので、今後はヒシガツマ村と呼ぶ。

各自狩りの準備を整えて、ヒシガツマ村へいくための船に乗り込む。向こうにも狩人がいて、近くにギルドもあるそうなので、持っていくものは最低限でいい。食糧や消耗品などはヒシガツマ村でも買える。

俺達は村の門を出て、裏手にある砂浜にいた。

そこには見送りの村長と、何故かレイがいる。


「じゃ、行ってくるよ」


俺たちが乗り込む船は、一応屋根がついていて、雨などが降っても大丈夫な代物だ。ただの木船とかじゃなくてよかった。たった2日間なら、この船でも快適に過ごせるだろう。


「木船かよ…、炸裂機構もついてねえ。こんなんじゃ相棒が心配で送り出せねえよ!俺様もついていこうか?なぁ!?」


レイが船に乗り込もうとするのを、ウエカ村長が必死に止めていた。

このアオマキ村の専属狩人がヒシガツマ村に出張する以上、この村は誰も狩人がいなくなる。

だが、今はレイとルミスがいる。森の調査は一旦ルミスに全て任せて、レイには万が一のために村に控えておいてもらう話になっている。


「ほら、お前らも早く来いよ」


荷物なども既に積込み済み。俺が一番最初に乗り込んだが、中々後が続かない。


「男は度胸…!」


目をつぶって、ゆっくりと乗り込んできたのはコウチ。


「こんな船で本当に大丈夫ですの…?」


恐る恐る乗り込んできたのはカーリ。


「2人とも船は初めてか?」


俺が訊ねると、コウチは頷き、カーリは首を振った。


「ただ、わたくしの知っている船とは全く違って、少し面喰いましたわ」


カーリの先ほどの発言を聞くに、この船で無事に海を渡れるか心配なのだろう。お嬢様がこんな木船などに乗るわけがない。


「ほら、そっちの2人も早く来い」


見る限りでは、2人ともビビッている様子はない。

エフテルは助走を付けて、船に飛び乗った。


「おおおおおおお揺れる落ちる!」


大きく船体が揺れ、コウチが必死に壁に掴まっているのを見て、エフテルはケラケラ笑っている。


「いやあ、船なんて初めて乗るけど、すごいね。こんなにふわふわするんだ。アルカもおいで!」

「よいしょ…」


姉に反して、ゆっくりと乗り込んできたアルカにも特に恐れている様子はない。この姉妹は初めて乗る船を楽しめているみたいだ。

心配なのはコウチかな。


「まあ、狩猟船はこれよりもっとガッチリしてるから安心しろ。でも、船上には変わりないから、この2日間でしっかりと慣れろよ。特にコウチ」

「うっす、お師匠さん…」


返事は良いが、未だに壁から手を放せていないコウチだが…。まあ、最悪慣れてなくても戦っていれば慣れる。


「じゃ、レイ君、村は頼んだよ」

「おう、そっちこそ相棒を頼んだ」


って、え!?なんか村長も乗り込んできた!?


「村長は残らなくていいのか!?」

「いや逆に聞くけど、君らだけでヒシガツマ村に辿り着けるのかい?いくら我らが狩人が船を操作できるとはいえ、片腕だし、方角もわからないだろう?」

「む…確かに」

「ぎゃははは!やっぱり自殺志願者だコイツ!」


レイが納得して黙った俺を指差して爆笑している。というか、やっぱりとはなんだ。


「ちゃんと俺の分の荷物も積み込んであるからね、我ら6人でヒシガツマ村に行こうじゃないか」


村長が歩くと、非常に揺れる。巨体なうえ、体重も相当だからな…。コウチが青ざめて必死に柱に掴まっている。

そんなこんなで、2日間の船旅へと繰り出すことになった。

道中では波も穏やかで、まるで大きな川を渡っているような印象を受けた。

通常どおりに昼食を取り、夕食を取る。

船に乗っている間は暇かと思ったが、流石に6人もいれば退屈はしない。最初は怯えていたコウチも、いつの間にか船にも慣れたようだった。ただし、問題を起こしたのが2名。

まず1人目。エフテル。

こいつははしゃぎすぎて船から落ちた。


「助けてーーーー!!」


幸い泳げるようで、沈みこそしなかったものの、ドンドン船から離れていった。

なんとかウエカ村長の筋力任せの操舵によって救出に成功した。青い顔で震えるエフテルはそれ以来少しだけ大人しくなった。

そして2人目。カーリ。

こちらは問題を起こしたというより、まあ、個人差だからどうしようもないのかな。

段々と慣れていったコウチに反して、カーリは徐々に元気がなくなっていった。

そして吐いた。


「なんですのー…本当にこれが人が乗る船ですのー…」


お嬢様には庶民の船は体に合わなかったようだ。

酷い船酔いのようで、後半はずっと屋内で寝ていた。


「あんなんで狩りなんてできるのかしら!」


お前は誰だよといった口調でカーリを揶揄するエフテル。先ほどまで青くなって震えていたくせに、人の不幸で元気になるとはけしからんやつだ。


「具合悪いんだから、そっとしておけよ。変なちょっかいだしたらまた海に落ちることになるからな」

「え!?落ちることになるってなに!?落とされるの!?」


ちなみにアルカは大人しく本を読んでいた。揺れる船の中でずっと本を読めるのもある意味才能だな。

賑やかな船旅はあっという間に終わり、陸地が見えてきた。

もう八方発泡魚が襲ってくるような沖ではないため、ここからは陸に沿ってヒシガツマ村まで船で向かうことになる。


「こっからあとどんくらいだ?」

「そうだねえ、2時間もすれば着くんじゃないかな」


船を漕ぐ村長には疲れは見えない。そこら辺の狩人よりも屈強だ。


「だってさ、カーリ。もう少しだけ頑張ろうな」

「降ろしてくださいまし…わたくしは陸を歩きますわぁ…」

「寝てていいからなー」

「やれやれ、いつものお嬢様の五月蝿さはどこへいったのやら」


エフテルも変に刺激することなく、ゆっくりと寝かせてやるようだ。仲良く喧嘩しているからな。相手が静かだと張り合いもなくて面白くないんだろう。


「じゃあ、村長、あと少しだけ頼むよ」

「任せてねー」


船は進む。

目的地はもうすぐだ。

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