第58話 シタコ村長

ヒシガツマ村の港について、出迎えてくれたのは村長と同じく、おそらく程々の年齢であろう見た目だが、若くも見える不思議な女性だった。


「やぁやぁ、近路はるばるご苦労様。って、そっちのお嬢さんは大丈夫かい?」

「だめですわ…」


フラフラと陸に上がったカーリは、休めるところへということで、村人にどこかに運ばれていった。最後まで慣れなかったな。

出迎えてくれた女性が俺たちを観察する。そしてため息をついた。


「ウエカ、なんだい。子供ばかりじゃないか。役に立ちそうなのは1人…いや、怪我人だね。全員使えそうにないよ」


なんと失礼な。


「ははは、こう見えてもね、この3人と、さっき運ばれていった1人は、うちのエースなんだ。君のところの狩人よりも、上手かもしれないよ?」


おお、村長が言い返している。あの温和な村長があそこまで言うとは。


「ふん、別に怪我をするのは悪いことじゃない。生きて帰ってきてくれれば、最低限の専属狩人の仕事は果たしているのさ」


お、案外良いことを言う。これは覚えておいても良い言葉だ。ちらりとうちの唯一の重傷経験者のエフテルを見ると、得意げにしていた。


「いてっ」


軽く叩いておいた。二度とあんな心配させるなよ。

ウエカ村長たちの会話が落ち着いたようなので、そろそろ口を開いてもいいだろう。


「はじめまして、アオマキ村で専属狩人をしているチーム“四極”です。俺はその指導役のラフトと言います」


俺が頭を下げると、それに倣って弟子たちも頭を下げた。

それを見て、女性はもう一度ため息。

ガキの引率かい。なんて聞こえた。


「その辺にしようか、シタコ村長。うちの狩人が挨拶をしている。そちらも挨拶をするべきだろう?」

「ウエカ。状況は逼迫している。私らの村同士の未来がかかっていると言っても過言ではない。それをこんな、子供と怪我人が背負うっていうんだから、不安にもなるさ」


なるほど。ウエカ村長が窘めてもその態度なのか。これから共同で作戦を行う村の村長といえど、流石に見過ごせなくなってくる。


「いい加減にしてくれ。見た目だけでしか判断できないのか?それとも等級を見ないと納得しないか?」


俺は狩人免許を見せる。特級を表す黒い免許を。


「っ、特級…?なるほど、ずぶの素人ではなさそうだね」


免許を見た瞬間この態度か。ますます腹が立つな。

俺がもう一言、口を開こうとしたところで、ずいっと前に出てくる巨体。いつもより大きく見えるその背中はウエカ村長のものだ。


「シタコ。いい加減にしろよ。お前の状況は分かっているが、それで八つ当たりされる方は堪ったもんじゃないよ」

「…ごめん、分かったよ。謝る。私はこのヒシガツマ村の村長をしているシタコだ。わざわざこんな何もない村まで足を運んでもらって感謝する。先ほどまでの態度は…忘れてもらえると助かる」


一気にしょぼくれたような態度で頭を下げるシタコ村長に少々面食らう。

エフテルなんかはほぼ臨戦態勢になっていたが、ぽかーんとしているし。


「立ち話もなんだ、ついてきてくれ」


歩き出したシタコ村長に全員でついていくことになる。

流石に砂漠の村というだけあって、草木は少ない。ただ、村がオアシスの周辺に作られているのだろうか、水源は多く見えるし、何やら果実のなっている木も何本か見受けられる。


「さっきはごめんね」


キョロキョロしながら歩いていると、こそっとウエカ村長が話かけてきた。


「こっちの村の食料品はかなりアオマキ村に依存している。代わりに工芸品なんかをこっちはもらっているんだけども、どっちが生活に直結するかといえば、分かるだろう?」

「まあ、分かるけどな。まさかしょっぱなからあの態度だとは思わなかった。案外歓迎されてないのか?」

「どうだろうね。兄の方が村の運営がうまくいっていて、面白くないのもあるかも?」

「兄…?え、2人は兄妹なのか?」

「ウエカとシタコ。分かりやすく兄妹みたいな名前じゃないか」


ええ、そんな上と下ってことか…?てか、名付け親の気も知れないな。


「まあ、態度は改めてくれるようだし、気にしないさ。エフテルあたりはまだ怒っていそうだが…まあその辺はなんとかしとく」

「流石我らが狩人。ここでも頼りにしてるよ」


そう言ってウエカ村長は離れていき、ひそひそ話は終了した。

気が付けば、小さな家々が立ち並ぶ道を抜けて、商業施設のようなものが並ぶ区画に来ていた。そして、案内されたのはやっぱり酒場。


「狩人の話ってのは、酒場で行うって決まってるからね」


ウエカ村長の言葉に、頷くシタコ村長。別にそんな決まりはない。


「さて、改めて先ほどまでの非礼を詫び、歓迎させていただこう。ここはヒシガツマ村。砂と石の村だ」


シタコ村長の言う通り、酒場の内装には鉱石を加工して作られたのであろう、カラーストーンが装飾されている。これらが特産品なのだろう。


「改めて、こちらも。アオマキ村の専属狩人の“四極”と指導役だ。よろしくな」


今更敬語に戻す気にはなれなかったが、受け入れてくれたようだ。差し出した手は、握り返される。


「よろしくね!」


続いて握手をするエフテル。こいつはもともと誰にも敬語を使わない。


「…」


アルカは無言で頭だけ下げ、握手は遠慮した。俺との初対面を思い出すな。


「よろしくお願いします」


礼儀正しいのは、コウチだ。やはり一番の常識人だ。


「わたくしも、よろしくお願いいたしますわ!」


声がしたので振り向くと、そこには風に舞う黒髪。復活のカーリだ。案外早かったな。


「これで全員揃ったわけだ。作戦会議を始めようか」


ウエカ村長の仕切りで始まった作戦会議は、事前に聞かされていた情報と相違ないものだった。

ヒシガツマ村の狩猟船を用いて、洋上で八方発泡魚を狩る。聞いていた通りだ。だが一つだけ、聞いていない話があった。


「うちの狩人も狩りに参加したいと言っている」


シタコ村長の言い出したことに、首をかしげてしまった。


「負傷して、動けないから俺達が呼ばれたんじゃないのか?」

「そうなんだけどね。本人が、村の一大事に動けないなんて、専属狩人失格だ!って息巻いていてさ」


思わず俺はため息を吐いた。


「そうは言っても、戦えないんだろ。そんな人間に参加される方がこちらとしては迷惑なんだが」


ただでさえこちらには俺という戦えないお荷物がいる。流石にこれ以上は抱えきれない。

と、俺が言うのも非常に滑稽な話なんだが。


「私もそう思う。でも、聞かなくてな。一度話だけでも聞いてってやってくれ。どうせ間もなく日が暮れる。狩猟船の練習は明日からだ。暇なら、それくらいは良いだろう?」

「挨拶くらいには行こうと思っていたし、丁度いいか」


俺としても、どんな狩人がこの村を守っているのか、何級なのか、得意武器は何なのか、何故負傷したのかなど興味は尽きない。


「オタクモードの目だ」

「うぐっ」


普段余計なことをあまり話さないアルカにこういうことを言われると普段の数倍傷つく。

でもまあ、狩人と狩りの話をするのは大好きだ。


「じゃあ、細かい話は村長同士でやっとくから、君らは挨拶に行っといで。もうソワソワし始めた大人もいるし」


ウエカ村長が半分呆れながら、俺のことを見て言う。別にソワソワなんかしてないぞ。


「道は…案内しなくていいね。あの家さ」


シタコ村長が指差すのは、一際高い建物。細長いとも言える。


「珍しい建物に住んでいるんだな」

「本人の希望だよ。名前は、ロンタウ。まあ、色々と開けっ広げなやつだよ。私よりは仲良くなれるさ」


そんなシタコ村長の話を聞いて、俺達は早速あっちに見える細長い建物を目指して歩き出した。

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