第59話 専属狩人ロンタウ

「こんにちはー!アオマキ村の専属狩人でーす!」


元気良く扉の前で挨拶するエフテル。すると、同じく元気な返事が返ってきた。


「おーう、悪いが動けなくてなー!扉開けて入ってきてくれー!」


女の声だった。

そんなに女の狩人なんて多いものではなかったと思うが、うちのチームも女性が多い。筋力に頼らずとも狩りはできることが浸透してきたということだろうか。

なんとなく、俺達は顔を合わせてから、扉に手をかけた。

俺が扉を開けると、そこには青みがかったポニーテールの女性が正面に座っていた。

上裸で。


「よお、いらっしゃい」

「うおおおおおおおおお!!!」

「きゃああああああ!!」

「あああああああああ!!」


驚いて声を上げた俺に、同じく悲鳴を上げつつ、俺の目玉を潰したアルカ。とても珍しいアルカの大声を聞くことができたのと引き換えに、俺の視力は失われてしまった。


「おうおう、元気だねえ」

「服!着て!」

「自分の家でどんな格好をしようが自由だろうが」

「他人の前では自分の家でも相応の格好が必要!」


目は見えないが、アルカとロンタウ…のやり取りが聞こえてくる。アルカ、こんな大きな声出せたんだな。

それにしても、アルカ並の大きさだったな…。


「いてッ。誰だ俺を今殴ったのは!」

「知らない。邪な気配を感じただけ!おらおら!」


なるほど、この声はエフテルだ。ボコスカと殴ってくる。

目が見えなくとも、こう見えても特級狩人。気配で人の位置くらいは分かる。


「この、捕まえた。暴れるな」

「あ、うん…」


俺に片手で抱かれたエフテルは急に大人しくなった。


「はっ、今度はお姉ちゃんが師匠といちゃついてる!」

「こらエフテル、あとで代わってくださいまし!」


ああもう年頃の女の子が集まるってのはこうも姦しいものなのか…。


「そういえば、コウチは無事か。さっきの衝撃の光景は目に焼き付けたか」

「いや、お師匠さん。残念ながら、俺はお嬢に今両目を抑えられている。一瞬たりとも見ることは叶わなかった」

「それは残念だったな…」

「最低!男ども死んだほうがいい!」


抱きかかえていたエフテルが再び暴れだした。


「ほら落ち着け~?」


ぎゅーっと絞め落とす勢いで強くしてやると、また大人しくなった。これは良い。うるさいエフテルを黙らせる方法を見つけてしまった。


「あー、そこの男。小っちゃい女の子がギャーギャー言うから服は着た。そろそろ話そうか。用があって、来たんだろう?」


アルカの努力により、ロンタウは服を着たようだ。

俺はエフテルを地面に降ろし、少しずつ瞼を開く。良かった、失明してなかった。前が見える。


「こんにちは。俺達はアオマキ村の専属狩人だ。八方発泡魚の狩りの話に来た」

「まあ、そうだろうな。要件も分かってる。ま、入れよ。立ち話もなんだ」


家主に招き入れられ、俺達はぞろぞろとロンタウの家に入っていった。

椅子は見当たらず、床に布が敷いてある。家主のロンタウが床に座っているのだから、そのようにするのがよいだろう。


「って、おい。どうしてこんなぎちぎちに座るんだ。もっと離れろ」


俺が座ると、アルカが真横から俺の腕を抱くようにして座る。

そして逆側からはカーリが。そして少し離れたところに、そっとエフテルが密着していた。


「モテモテだな、お師匠さん」


コウチが呆れたように笑っている。くそ、この彼女持ちが。


「暑い。離れろ!」


俺が振り払うと、やっとまともに散ってくれた。


「この、師匠好き好き大好き~っていう女の子たちがアオマキ村の専属狩人か。面白れぇ指導してんのな」


ロンタウが目を細めて、にやぁと笑う。


「待て、誤解だ。俺はただ普通に指導を…って、何故俺が指導役だと?言ったか?」


まだそのようには名乗っていなかったような気がしたが…。


「歩き方で分かった。アンタ、その右腕動かないだろう。そんで、周りの子供たちとは年齢も離れている。となりゃあ、指導役かねと。師匠とも呼ばれてたしな」

「なるほど。良い目だな」


かれこれ俺が右腕を失ってから1年は経つ。歩き格好などは元に戻ったと自分では思っていたが、やはり綻びはあるのだろう。それを見逃さないとは、優れた観察眼だ。


「こちとら目が命なもんで」


なんて、ロンタウは片目をつぶって見せた。


「なるほどな。武器は銃だな」

「おお、御明察。アンタも中々やるねえ」

「そうでもないさ、ふっふっふ!」

「面白い奴だな!はっはっはっ!」


意気投合した。

やはり優れた狩人には、狩人にしか分からない話が通じる。そういうところから、人間性も分かるというものだ。


「むぅ、これが一人前の狩人同士のやりとりというものですのね…。憧れますが、まだまだ分かりませんわ…」

「絶対適当に雰囲気で話してただけでしょ。お互いなんかそんな雰囲気がある」

「師匠は渡さない」

「お師匠さんの歩き方…気にしたこともなかったな…」


ふふふ、弟子たちよ。良い機会だ、現役の狩人からしか学べないものも多くある。今のうちに吸収しておけ。

あと1人だけなんか方向性が違うやつがいた気がしたが。


「さて、自己紹介は簡単に済ませよう。俺はラフト。こっちから、カーリ、アルカ、エフテル、コウチ。そっちの4人で“四極”っていうチームを組んでる。全員5級で、今回の八方発泡魚が昇格依頼だ」


俺が一気に説明し、ロンタウが頷いた。


「承知した。こちらはロンタウ。このヒシガツマ村の専属狩人をやっている。得意武器は銃。狩人等級は2級だ。よろしくな」

「2級ってーと、えーと」

「危険度5までの狩りが可能ですわね。一人前の狩人と称されるレベルの、立派な先輩ですわ」

「2級、すごいね…!」


カーリとエフテルが話をしている。ちなみにアオマキ村の森を調査しているルミスは、2級より上の1級なのだが、その辺こいつらは知っているのだろうか。知らないんだろうな。不憫。

場が落ち着いたところで、一息置いたロンタウが口を開いた。


「で、単刀直入に言う。今回の狩りにロンタウを連れていけ。村の危機には戦う。それが専属狩人というものだろう?」

「断る。アンタ、負傷して動けないというじゃないか。見た目は元気だが、内臓か…それとも足か?まだ本調子じゃないんだろう」


ずっとあぐらをかいているロンタウは微動だにしない。よくズボンの隙間を見ると、包帯が巻かれている。内臓ではなく、足を負傷しているのか

「負傷者はそちらも同じだろう。指導役は参加するんだろう?フェアに行こうじゃないか」

「フェアじゃない。前提条件が違う。俺は自立できるし、片腕は使える。船の設備は使えるし、指示を出すこともできる。だが、ロンタウ、あんたは歩けない。そうだろう?」

「…そうだ。しばらく歩けないし、足を延ばすこともできない」

「…それでよく参加するなんて言えるな」

「ロンタウならやれる。足が動かなくたって、コイツがある」


そう言ってロンタウが俺たちに見せたのは、自分の武器。銃だ。銃はカートリッジを大量に使う武器だ。弾丸という鉄なり獣の素材なりで出来た弾を、炸裂機構で飛ばす。威力は高いが、当然金もかかるし狙う技量もいる。だからこそ、目が命だと先ほどロンタウは言ったんだ。


「コイツがあれば、足が動かなくても戦いに参加することはできる。頭を狙うことが出来れば、八方発泡魚なら一撃で屠ることができる」


よほど狙撃に自信があるようだ。だが。


「却下だ。腕に自信があるようだが、揺れる狩猟船の上でどれだけ正確に狙える?船から落ちない保証は?攻撃対象にされたらどう避ける?」

「…」


村を守りたいという気持ちは分かる。だが、正論で詰めていったときに、言い返せないようであれば、やはり参加するべきではない。


「それに、こいつらはまだまだ未熟だ。慣れない狩猟船での狩りでいっぱいいっぱいだろう。ロンタウを気にする余裕はきっとない。すまないが、狩猟船に乗るのは諦めてくれ」


ロンタウは俺の目を黙って見つめてくる。思いは伝わる。だが、無理なものは無理だ。


「…だが、お願いしたいことはある」


しかし、専属狩人としての思いには大いに共感するところがある。

特に俺は、村を守れなかった専属狩人だ。守ろうとする狩人の気持ちは最大限に汲みたい。


「何?」


完全に俺に却下されたと思っていたロンタウは、訝しげに顔を上げた。


「狙撃に余程の自信があると見受ける」

「ああ、そこは信用してくれ。こんな足でも、狙いに影響はない」

「で、あれば。上陸戦に備えて、海岸で待機していてほしい」

「っ!…そうか、そういうことなら…。ロンタウのわがままを聞いてくれて、感謝する」


ロンタウが頭を下げた。


「いやいや、良いんだ。こちらも上陸戦の方が都合がいい。な?」


俺は今まで静かに話を聞いていた弟子たちを振り返る。

カーリは頷き、コウチは少しだけ難しい表情をしている。


「ねえ、全ッ然わかんなかった!」


というのがエフテルだ。

毎回説明するのは、嫌いじゃないし、それが俺の指導役としての仕事だ。


「船上戦の話はしたよな?」

「船の上で戦うんでしょ」


教えたことは覚えてくれるから、教え甲斐がある。


「そのとおりだ。一方で、上陸戦は陸の上あるいは浜辺での戦闘となる」

「え、待って待って、相手が魚で、海の上でしか戦えないから船上戦になるんじゃなかったの?」


アホっぽいが、本当に話を覚えている優秀な教え子だ。アルカも…うん、ちゃんと聞いている。


「上陸戦は、狩猟船についている設備で獣を捕縛し、陸まで牽引する。そして、俺達が有利な陸で戦うってわけだ」

「それいいじゃん!最初からそうすれば」

「そう簡単なことじゃないんだ、エフテルさん」


お、コウチが説明してくれるようだ。最近地味に話すことが増えてきている2人だ。


「当然水棲の獣は水中で最もパフォーマンスを発揮する。狩猟船がいくら頑丈で、色々な設備を搭載しているからと言って、獣に勝てるだけの力はない。つまり、陸に引きずり出すには、相応に弱らせるか、何らかの方法で追い立てる必要があるということなんだ」

「ほうほう…なるほど、もう分かったよ。人間が不利な船上戦で、牽引できるくらいまで獣を弱らせられるなら、そのまま洋上で討伐しちゃったほうが楽ってことだ」

「コウチもエフテルもそのとおり。餌で釣って陸で戦えるなら別だが、今回の八方発泡魚は完全に沖に縄張りを張っている。であれば、無理して陸に連れてきてから討伐する必要もないってわけだ」

「結局依然として、大変な船上戦を制する必要があるってことですわね」

「…申し訳ない」


俺達がいかに上陸戦が非合理的か話していると、どんどんロンタウが申し訳なさそうにしていく。流石にかわいそうだ。そろそろ助け舟を…というか、俺が考えていたことを話そう。


「だが、無理して上陸戦をやるメリットもある」

「メリット?」


これはきっと教習所では習わないので、カーリが珍しく頭にはてなマークを浮かべた。


「メリットは、素材が剝ぎ取れることだ。船上戦で仕留めてしまうと、そのまま死体が沈んでいくことが多いからな」


こういう話をすると、真っ先に反応するやつらがいるだろう。


「素材の分のお金が…」

「手に入らないってこと…!?」


この姉妹は本当に金のことになると頭の回転が速い。


「まあ、そういうことだな。それに今回、せっかく危険度4の獣を狩るんだ。できるなら、その素材で装備更新もしておきたい」


えーお金にしようよぉ!とごねる姉と、身をもって防具の大切さを知っているので、お腹をさする妹をさておき、俺はロンタウに向き直った。


「それに、最大のメリットがある。弱った獣は一番凶暴だ。そんな獣を、なんとか陸に連れてくるだけで仕留めてくれる狩人が、今回は手を貸してくれるらしい。だろう?」


俺の言葉を咀嚼して、ハッとしたロンタウは、自分のふとももを勢い良く叩き、笑いながら大きな声で答えた。


「任せな!一撃で仕留めてみせる!」

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狩人の片腕〜可愛い弟子を育成していく狩猟物語〜 愛夢 永歩 @grayfoxf238

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