第53話 諦念

さて、レイに置いて行かれないように慌ててあとをついていき、俺達はアオマキ村に帰ってきた。


「いやあ、助かったよ、我らが狩人くんの相棒!」


待ち受けていたのはウエカ村長と、ルミスだった。


「まったく状況が読めん。何故レイがここにいる?説明してくれ」 


俺はウエカ村長に詰め寄った。


「いやあ、だって、秘密にしろって相棒くんが…」


ちらちらとレイを見ながら両手を挙げてお手上げアピールをするウエカ村長。


「簡単なことだ」


ドカッと酒場の椅子に腰かけたレイが言った。


「この森の調査を受注していた狩人の中に、俺様もいた。そんだけだ」

「は!?そうなの!?」


ということは、レイもこの酒場を利用したり、アオマキ村に滞在したりしていたことになる。


「でも、まったく見かけなかったぞ!?」

「見つかんねえようにほぼ森にいたんだよ。手続き関係は全部このハゲにやらせてな」

「ハゲ…」


坊主頭のルミスは自分の頭を悲しそうに撫でた。そして口を開く。


「…まあ、そうだ。茸人を見つけたり、生態系を調査したり。そういうものの報告は全部レイが俺にさせていたんだ」


ええ、んじゃあレイはずっと野宿してたのか…?そしてルミスをパシリにしていたのか。


「ったく、見てりゃあアブねえアブねえ、たまたま俺が様子を見に行かなかったらお前ら全員今頃あの世だぜ」

「いや、そこは本当に感謝してるよ。ありがとう」

「けっ、礼なんていらねえよ。本当にたまたまだったんだからな」


やたらたまたまを強調してくるな。

悪態をつくレイ。ルミスが耳打ちをしてくる。


「…コマンダーがそろそろゼネラルになってるんじゃないかって、冗談で話したら、血相を変えて走っていったんだぞ。お前らが村を出て、すぐくらいに」

「ははぁん…」


洞窟の広場で感じた視線はレイだったのか。

コイツ、こんなに悪態をつきつつも、ずっとあそこで俺たちを見ていたのか。道理で登場タイミングが良すぎるわけだ。


「相変わらずのひねくれものだよお前は」

「あぁ!?ハゲてめえなんかラフトに吹き込んだろ!」

「…苦労をする。森の調査より、レイの相手の方が」


毎度毎度ルミスが疲れていたのは肉体的疲労ではなく、心労だったようだ。


「君たちも無事に帰ってきてくれて本当に良かった」


完全に置いてきぼりにされていた俺の弟子たちが、ウエカ村長に労われている。


「本当に死ぬかと思ったのは初めてだったよ…」

「お姉ちゃん泣いてた」

「アルカだって泣いてたでしょ!それにお嬢様なんかすぐに戦意喪失して!」

「え?あそこから脱出する良い手が何かございまして?諦めも肝心ですのよ」

「まあ、あんな奇跡は二度と起きないだろうな。こうして狩人は死ぬんだって実感したよ。強くならないとなとも思った」


うんうん、コウチの言う通りだ。

一度こういうことを経験すれば、今まで以上に鍛錬に励むことになるだろう。そうして自分を磨き、どんな獣にも魔物にも負けないようになっていけばいいんだ。


「今日はお疲れ様。俺はこのあと少しレイたちと話をするから、今日は解散にしようか」

「またね、師匠!」

「ああ、またな」


弟子たちは相変わらず家が隣接しているので、帰る方向は一緒だ。背中が見えなくなったあたりで、俺はレイの向かいに座った。

テーブルには、村長とルミスも座る。


「んで?何か聞きてえことでもあんのか?」


レイが先に口火を開いた。こちらに問いかける形ではあるが、実はレイが俺に話したいことがあることは長年の付き合いで知っている。だが、あえて付き合ってやる。


「この森に、アオマキ村の森にアイツがいるのか?」


俺の右腕を奪った、俺の人生を変えてしまった正体不明の獣。

レイは俺の腕を治す方法を探すといっていた。そんなやつがこの森の調査をしている。であれば、無関係とは思えなかった。


「そこまで断定はしていねえが…かなりきな臭え。この周辺の生態系は通常では考えられねえことになってる。危険度3以上の獣が一切いない草原、魔物がいない森…今回、魔物がいない理由はコマンダーもといゼネラルのせいだってことになってたが、ゼネラルに進化しようとも、そんな森全体の魔物を集めたりなんかできるはずがねえ」

「やはりそうだよな…」

「お前も気づいてたか。そりゃあそうだよな。森で、魔物がいないなんて、あの日の状況そのままだもんなァ」


やはりレイも同じことを感じていたらしい。


「俺たちがギルドに例の獣を報告した後、特級狩人による調査隊が組まれたのはしっているか?」

「ああ、それはルミスに聞いた」

「しかし、まったく見つからねえ。痕跡すらも。ということで、調査は今、未開の地に及んでいる」

「なるほど、それで開拓村の周辺、つまり調査が進んでいない森を調査しているってわけか」

「そういうことだ。ただ、特級狩人は100人もいねえし、俺たち2人で敵わなかった以上、複数人でチームを組む必要がある…だが、特級狩人本来の仕事もある。ちゅーことで、調査は全然進んでねえ」

「そうか…」

「ギルドでは、そいつを初の危険度7の獣と認定した」

「危険度7…つまり、相手が出来るのは特級狩人のみってことか」


レイは頷き、酒を飲む。

そして空になった器をテーブルに叩き付けた。


「調査が進んでねえのは、俺はチャンスだと思ってる。なあ。そうは思わねえか?」

「…思わない」


レイの言いたいことは分かる。俺たちが見つけてしまえば、俺たちがリベンジ出来るということだろう。だが、俺はもう狩人ではない。

レイはあからさまにため息をついて見せた。


「すっかり腑抜けちまって…。あのガキどものせいか?」

「あいつらがいなければ、俺は狩人に関わる全てのことから逃げようとしていた。だから、大事な弟子なんだよ」

「心中してやるくらいにか?」

「っ…」

「なあ相棒。お前ならあの状況でも生き延びることはできたよな?だが、あいつらに付き合って死んでやることを選んだ。俺は悲しかったぜ…もう俺はお前の相棒じゃねえのかって思った」

「いやそんな、レイは今でも俺の相棒だって思ってるよ」

「いや、お前は思ってねえ。なあ、俺たち2人で“双極”なんだよ。俺たちさえいれば、いくらでもやり直せる。俺はやり直す方法を探してる。お前はどうだ、お前は完全に諦めちまってる」

「………」


反論できない。

確かに俺は現役復帰を半ばあきらめている。でもそれは、腕が動かないことで、仕方がないことのはずだ。


「おお相棒。てめえの考えていることはよくわかる。腕が動かねえから、狩人はもう無理だって。んなこた分かってんだよッ!!」


レイに蹴り上げられたテーブルは、酒場の壁に当たって砕けた。ウエカ村長とルミスは自分の器を持って避難している。


「なあ、言ったよな?お前の腕は必ず治す、俺達はずっと“双極”だって。だからこそ気に入らねえ金持ちに頭を下げたり、森の中を駆けずり回ったりした!なのに、なんでお前はあんなガキどもと死のうとした?俺を信じてねえじゃねえか!もう現役復帰を諦めてんだよ!腕が動かねえってのは言い訳だ!」


レイが俺の右腕を掴み上げる。


「相棒が信じられなくなったらチームは終わりだ。なあ、お前はまだ、俺のことを信じているか?」

「…うるせえな」

「ああ!?」

「こちとらやっと自分の腕が動かなくなったことを、生きがいだった狩りができなくなったことを受け入れたんだ!今更出てきて、諦めんなとか無責任なこと言ってんじゃねえよ…!」

「てめえ、そこまで腑抜けちまったのか?復讐してえとは思わねえのか!?」

「思うさ。でも同時に、怖い。俺たちが歯が立たなかった敵だ。腕1本で済んだのは奇跡だったのかもしれない。そんなやつが、この村の近くにいるかもしれない。次は、このアオマキ村がメッツ村のようになるかもしれない。それが俺は、怖い」


メッツ村は大事だった。しかしあくまで俺達“双極”の活動拠点としか見ていなかったようにも思える。

でも、このアオマキ村には、俺を立ち直らせてくれて、支えてくれたみんながいる。

もしここが壊滅したら?

俺はもう、二度と狩人に関わるようなことはしないだろう。


「そうか。つまり…あのガキどものせいだな。お前が復帰を目指すことを諦めたのは」

「なんでそうなる。そうじゃなくても俺はもう…」

「お前は自分の夢を、あいつらに任せちまってる。聞いたぜ?あいつらのチーム名、“四極”だァ?驚くほどに未練たらたらじゃねえか。よくそれで諦めたとか言えるな」

「それは…」


そうなのか?俺は、自分が戦えなくなったからって、あいつらに代わりをさせようとしているか?


「まあいい。お前の腕を治す手掛かりは見つかってねえし、どれだけかかるか分からねえ。その間は、お前はここで、お師匠様をやってろ」


レイが俺の胸倉を掴む。


「だが覚えておけ。俺は変わらねえ。お前の腕を治して、“双極”としてやつにリベンジをする。そのために生きてる。お前はどうなんだ?」


レイが手を放すと、俺は体勢を崩して床に転んだ。そんな俺に、レイは言い放つ。


「お前は、あのガキどもを自分の代わりにしている。自分で出来ねえからって、他人に任せようとしている。もしそうなら、せめて言ってやれ。じゃねえとあのガキどもに不義理だ」


そう言って、レイは酒場を後にする。

ルミスが慌てて金を払い、レイを追って出ていく。

残されたのは、村長だけだ。


「なあ村長、俺は、あいつらを復讐の道具になんかしようとしていない…そうだよな?」

「うん、そうだね。我らが狩人君は、立派な指導役だよ」


結局、自分の中で迷っていたことがレイによって浮き彫りにされただけだ。俺の最終的な目標は現役復帰なのか、あいつらの育成なのか。

自分の腕を治すことは、自分の中ではもう諦めてる。だから、少しでも人の役に立とうと、指導役をすることにした。

そこに、復讐させたいという気持ちはあったか?やがてあいつらを一人前にして、俺の代わりに正体不明のアイツを討伐してほしいという願いはあったか?


「村長、俺は…」

「大丈夫、相棒君は少し焦って、あとは君の弟子たちに少し焼餅を焼いただけさ。大丈夫、大丈夫」


ウエカ村長は俺に優しくそう言ってくれる。

しかし、俺の気持ちが晴れない。

それを察したのだろう、村長はこう言った。


「じゃあさ、その今の君の疑問を弟子たちにぶつけて見ればいいんじゃないかな?」

「え?」

「直接、話し合えば今後のことも決まってくるんじゃないかな。その結果、もし君が我らが狩人じゃなくなっても、俺はなにも文句は言わないよ」

「この悩みをあいつらに…。幻滅されたり、しないかな」

「そんな子たちじゃないさ。信じようよ」


確かに、そうだな。

あいつらとの付き合いももうすぐ一年になる。そろそろ俺の話を聞いてもらうのも、悪くない。

カーリだけは事情を知っているが、他の3人は、全く知らない話だ。

よし、決めた。

レイのことも、俺のことも、そしてこれからの指導役のことも、全部相談してみよう。


「丸投げだな」


俺は笑いながら立ち上がる。


「そんなことないさ。もしそうだとしても、投げた後、それをどう受け取るか、だよ」

ウエカ村長はどこまでも優しく微笑んでいた。

「よし!」


俺の覚悟は決まった。

全てを隠さず、あいつらに話してみよう。

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