第52話 撤退できなければ

しかし、やはり思い通りには行かないものだ。

その後も立て続けに危険度3の魔物とエンカウントし、カートリッジは底をついた。


「約束通り、撤退だ」

「そだね、分かった」


こういうときのエフテルは冷静だ。状況判断、引き際がしっかりしている。


「…残念だ。昇級もだが、コマンダーを狩れなかったことが」

「大丈夫ですわ、コウチ。これだけ魔物を減らしたんですもの。わたくしたちが駄目でも、次にこの依頼を受けてくださった方がきっとコマンダーを討伐してくださいますわよ」


アルカは無言で腹を擦っている。やはりダメージは残っているんだな。

こうして俺達“四極”は撤退することとなった。

初めての昇格依頼にして、初めての敗走だ。


「これもいい経験だ。死ななければ次がある、次があるんだ」


ここまで通路上の魔物は殲滅してきたので、広場までは安全だろう。そこで少し休息を取り、帰還する。

俺達は来た道を戻り始めた。

10分ほど歩いただろうか、広場まではあと少しといったところで、エフテルが声を上げた。


「あ、セルの撃ち漏らし。なんか紫だけど」

「ッ…!」


エフテルが指を指す先を見たカーリが声にならない悲鳴を上げた。

通常のセルのところどころに結晶が付いたような、濃い紫色の見た目。間違いない、あれはセルどころのものじゃない!


「全員走れ!一気に村まで戻るぞッ!!」

「え?え?」

「良いから行け!」


こういう突発的な指示に一番弱いのはエフテルだ。俺はエフテルの手を引き、走り出す。

ただ事ではないと察したコウチとアルカもすぐに走る。


「なに、どうしたの!?」

「いいから走れ!!」


後ろから、ぼちゃりという、天井にくっついていた魔物が床に落ちる音がした。ということは、あれが来る…!


「~~~~~~~~~~~~」


何か得体のしれない、不快な波長のようなものが体を通り抜けていったのが分かる。


「いい加減教えてよ、今のも何!?」

「皆聞け、コマンダーはもうこの洞窟には存在しない!今の天井に張り付いていたのはコマンダーの上位種、危険度5の魔物ゼネラルだ!」

「危険度5!?」

「進化したってことか!?」

「恐らくな!」


ここが発見されるまであまりに時間がかかりすぎた。コマンダーからゼネラルに進化するだけの時間は、十分にあった。


「で、さっきのへにゃへにゃってのはなに!?」

「あれはゼネラルが危険度4の魔物を呼び寄せるときの波長だ!コマンダーと違って、ゼネラルは危険度4の魔物を操ることができる!」

「危険度4の魔物にならあたしら勝てるって師匠いってなかった!?」

「万全の状況で、かつ相手が1匹なら、だ!」


言っているうちに、広場にたどり着く。

しかし、先程まで安全地帯だった広場は、地獄と化していた。

至る所に危険度4の魔物がいる。

ナイト、ホイール、キャッスル、どれも今の“四極”では死力を尽くして1匹狩れるくらいの魔物たちだ。

これ以上は進めない。

戻ろうにも、ゼネラルを筆頭に今来た道も塞がれている。

俺達は広場の真ん中に追い詰められていった。

周りには危険度4の魔物が10匹以上。さらには危険度5のゼネラルもいる。


「…終わりですわね」


カーリが溜息を吐きながら武器を下した。回転刃も止まった。


「あきらめんなお嬢様!こんなところであたしは死にたくない!せっかく師匠と約束もしたのに…!」


約束…?


「ああ、確かにお前らの過去、結局聞けなかったな」


エフテルとアルカの過去。いつか絶対に教えるって約束してもらったが…そのときは来ないようだ。


「すまん、ノノ…」


コウチが祈りを捧げたのは、故郷にいる彼女にだろうか。


「師匠、師匠だけなら、ここから逃げられる?」


アルカが俺にだけ聞こえるような小声で囁く。


「炎愛猿のときの身のこなし、今でもすごい狩人なんだなって思ったよ。師匠だけなら、逃げられるんじゃない?」

「アルカ…」


確かにその気になれば、生き残ることだけなら可能かもしれない。だが、あの時両腕を失った俺をもう一度立ち上がらせてくれたこいつらを失えば、俺はもう二度と立ち上がれないと思う。

だから、“四極”が終わるときは、俺も終わるときなんだ。


「アルカ、大丈夫。俺も一緒に逝くよ」


ボディタッチを躊躇わない約束だったな。俺はアルカを抱きしめた。


「師匠…」

「師匠ー!」


逆側からエフテルも抱き着いてきた。


「お師匠様!」


後ろからはカーリが。


「はは、最期まで俺達こんな感じなんすか」


コウチも控えめに俺に掴まる。


「皆、ごめんな」


魔物に嬲られるよりは自決を選ぶ。

俺はポーチから爆弾を取り出した。これに着火すれば全員苦しまずに逝けるだろう。


「んじゃあ、な」


全員の顔をしっかりと目に焼き付けて、俺は爆弾に火を付け…


「なぁにを勝手に死のうとしてるんじゃコラぁぁああああああ!!」


大声が空から聞こえて、降ってきたそれは爆音とともに一撃で危険度5のゼネラルを両断した。


「なぁんだよ、いつから子守係になったんだぁ?」


前髪だけが逆立った茶髪、粗暴な口調、そして軽々と2mを超える大剣を振り回す膂力。俺のよく知っている、俺の片腕だ。


「レイ!」

「戦えねえくせに狩場に出てくっから死ぬことになんだよ…分かってんのかァ!?」


俺の相棒、“双極”のレイはこちらを怒鳴りつけたまま、後ろを見ずに魔物を両断。核を砕く。

それは俺に言っているのか、それとも俺の弟子たちに言っているのか。

弟子たちはレイに怯えているのか、より一層俺に抱き着く力が強くなった。

ゼネラルに操られていた魔物達は、ゼネラルが死んだことで混乱している。


「ま、先に掃除だ」


レイはカートリッジを装填、炸裂機構を起動する。

その一撃でどれだけの魔物が消し飛んだか。危険度4の魔物がまるでセルのように次々と蹂躙されていく。


「見とけよお前ら、あれが特級狩人、世界に100人もいない選ばれた狩人だ」


レイは1人で魔物たちを全滅させた。ゆうに30を超える核が地面に転がっている。


「よぉ相棒。俺の助けは不要だったか?」


大剣を肩に乗せ、意地の悪そうにニヤリと笑うレイ。

いつもと変わらないその様子に溜息を吐きつつ、


「ああ、お前が来なくても何とかなったさ」


と思ってもないことを言った。


「ガハハハッ、そうだよなあ。それでこそラフトだ。オラ、ガキども退け退け!いつまでも肉団子になってんじゃねえ!」


レイが俺の周りに抱き着いていた弟子たちを引っぺがしていく。


「助けてくれたのは感謝するけど、何さその態度は!てか、誰!」


エフテルが微妙に離れたところから嚙みつく。


「おーいおいおい、ラフト、お前、教育が行き届いていねえぞ」


振り降ろされた大剣は地面を揺らす。その衝撃でエフテルは地面に転がった。びっくりしたエフテルはアルカと抱き合ってひんひん泣いている。


「あ、貴方は、“双極”の1人、マルチウェポンラフトの相棒、暴腕のレイ様…!」


カーリが拝んでいる。流石“双極”ファン。当然知っているか。


「お、ダーシー家のお嬢さん。その節はどーも」


その節というのは、この間カーリの実家に行ったときに聞いた話だろう。


「そうだ!おいレイ、お前なんてこと約束してくれたんだ。いくら俺の腕を治すためだからと言って…」

「お前が俺より強ェのは俺が誰よりも認めてる。全く問題にならん。だから気にすんな、ガハハッ」


相変わらず豪快な男だ。

大きく口を開け、ギザギザした歯を見せながら大笑いしている。


「なぁ、元気してたか?鈍ったりしてねえよ…なッ!」


レイの拳が飛んできた。一瞬首から上がなくなったかと思うほどの一撃。気が付けば俺は地面に倒れていた。


「お師匠さん!アンタ、助けてくれたのには感謝するが、さっきからなんなんだ…!」

「よせ、コウチ。これはレイの挨拶みたいなもんだ」


俺は口元に流れた血を拭い、ふらふらと立ち上がった。


「流石ラフト。俺の拳を受けて立つ野郎はそうそういねえ。なまってはいないみてえだな」


レイは満足そうに俺の胸をドンと叩いて、笑いながら洞窟を後にしていく。

その場に残されたのは、姉妹で抱き合って泣いている2人、感動で泣いている限界ファン、どうすればいいのか分からなくなって首をかしげているコウチ、そして、


「変わらないなお前は」


笑うことができている俺だった。

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