第5話 アオマキ村へようこそ

突然見知らぬ男に狩人にならないかと言われた。

だが、なりたくても残念ながら物理的に無理なのだ。


「あー申し訳ないが、この右腕がもう動かなくてな。狩人は引退したんだ」


俺が包帯にグルグル巻きにされている右腕(血で汚れていたので包帯は変えた)を見せると、少し考えるそぶりを見せたあと、親指を立てた握りこぶしを見せてくる。


「それならそれでもOK!うちの村には、ひよっこ狩人が4人いるから、先生をやってもらいたい!」

「指導役ってことか…」


渡りに船とはこのことじゃないか?

狩人の知識が一番活かせるのは当然狩人だ。

だからこそギルド職員職員になって、狩人相手に仕事をしようとしていたわけだ、直接狩人の指導者になれるならその方が良いに決まっている。


「報酬は?」


金には困っていないが、いつか底をつくものではある。


「固定給で月20万クレジット。あとは指導期間中に所属狩人が稼いだ報酬の1割でどうかな!」


悪くないんじゃないか?

日々暮らしていけるだけでなく、貯蓄もできるレベルだ。


「今そちらの村にいる狩人の等級は?」

「まだ5級なんだよ」


狩人の等級は5級から始まるため、最下級だ。最下級となると、まだ大型の獣などは倒せないくらいのひよっこだ。それこそさっき俺が戦った火好猿と1対1が適正なくらいの初心者とも言える。


「教え甲斐がありそうだな」

「みーんな素直ないい子だよ。しかも女の子が3人だ!」


俺が乗り気だと判断した男は畳みかけるように言うが、それは別に加点にはならない。


「いやそれは逆にやりにくいんだが」


若い女の子なんて久しく接してないので扱い方が分からない。厳しく指導して泣かれたりでもしたらこっちが逃げ出したくなってしまう。

俺が考え込んでいると、いい子たちなんだよーなどと必死にアピールしている男が目に入る。筋骨隆々な割にひょうきんな感じがする。

と、目の前の男の観察をしていたところで大事なことに気が付いた。

俺はこの男の素性を全く知らない。うまい話には裏があると言う。ずっと狩人一筋で生きてきた俺にそういう駆け引きの知識がないことは先ほど商隊のリーダーと話して実感したところだ。


「ところで俺はラフトというが、そちらの素性を明かしてくれないか?流石に知らないままで話を進める訳にはいかない」


俺が尋ねると、男は、あちゃーとでもいうように自分のデコを叩いた。さっきから動きがオーバーな人だ。


「ごめんヨ、伝えてなかったね。俺はウエカ。南の国からやってきて、今はアオマキ村の村長を務めている!」

「村長!…でもごめん、村の名前は聞いたことがないんだが」


地理に明るいわけではないので、俺が知らないだけかもしれないし、もしかしたら遠くの村かもしれない。


「知らなくても当然、なんてったって今作っている最中の村だからね!」

「開拓村!?」

「それだね!」


新しい村を作るために土地を開拓し、ライフラインを確立させる。アオマキ村は、そんな大変なことの真っ最中ということだ。

柵などの獣や魔物に対する防衛機能もない状態から建築を進めるため、開拓村の発展には危険が伴う。


「なるほど、だから狩人が4人もいるのか」

「そだね、ホープだね」

「でも全員5級のひよっこなのか…」

「あーーん、そうでもないんだけどねー…」


村の発展に金がかかるので、高ランクの狩人を雇えないのは分かるが、いくらなんでも危険過ぎないだろうか。


「大丈夫大丈夫、村人は皆屈強だし、立地も良くて、比較的安全なんだよ」

「でも納得した、だから現地で指導できる者が必要なんだな」


通常、狩人は免許を取った後に数年間養成所で知識や技術を学ぶ。だが、このアオマキ村にはそんな猶予がない。一刻も早く村を守れる狩人になる必要があるんだ。


「こちらの事情は分かってくれたかな!それで、答えはどうか?」

「俺でよければ、」

「ありがとう!助かったよー!」


即決だった。

結局のところ俺は狩人に未練がある。

自分が狩ることができなくとも、自分の指導によって育った狩人が人を救うことができるのであれば、それでも良い気がした。


「じゃあ、早速村まで来てもらっていいかな?ちょうどこの村に迎えが来ていて、…馬車で3日くらいのとこにあるんだけれどね?」


馬車で3日!

食料の調達や、少しだけ旅の準備が必要になる距離だ。


「分かった、少しだけ準備をさせてくれ」

「もちろんさ。俺たちはあそこの馬車で積込作業をしているから、準備ができたら声をかけてくれね」

「分かった」


俺はウエカ村長と分かれて早速買い物に行こうとしたところで、1つだけ気になったことがあった。

振り返ってウエカ村長に訊ねる。


「ところで、開拓村の村長が何故こんなところにいた?」

「忙しすぎて、疲れちゃったて、気晴らしに狩人探しの旅に出ていた!まあ、思ったより早く見つかったから、早めの帰還になっちゃったけどネ」


そう言うウエカ村長は少し残念そうに見えた。

こんなフラフラしてる村長で大丈夫なのかよ。


§


「着いたヨー、起きてー」

「うぉっ」


気がつくと、ウエカ村長に抱えられていた。

脇の下に手を入れられ、まるで猫のように持ち上がられている。

力が強い。


「呼んでも起きなかったので、馬車から強制的に下ろしまーす」


ああそうか、寝てしまったのか。

最後の記憶は、馬車の屋根の上でうつらうつらしていたら、ウエカ村長に馬車の中へ引きずり込まれたところまでだ。

商隊のときのように獣に襲撃されてはいけないと思って3日間見張りをしようとしたが、途中で力尽きてしまったんだろう。

こうして無事に辿り着いたということは、襲撃などはなかったということになる。

そうか、着いたのか。

状況を理解すると、やっと周囲の情報が頭に入ってきた。

木で作られた簡易的な門を潜ったところに俺達はいた。


「ここがアオマキ村か」


坂道になっているので村の全貌はまだ見えない。

ただ、まず最初に感じたのは潮の匂い。

海際の村なのかと思い、海を探すが見当たらない。

坂道の上の方に建物が見えた。


「ここからは馬車を引く獣の負担にならないように歩いて行くよ」


ウエカ村長に言われて坂を登り始める。

馬車に同乗していたムキムキの村人たちは既に荷物を持って坂を上り始めている。

俺も早く村を見てみたくて、駆け上がるように坂を50mほど走った。


「ここがアオマキ村か!」


2回同じことを言ってしまった。

俺は生まれも育ちもメッツ村だったし、狩人になってからもメッツ村の専属狩人だったので、他の村に行った経験はあまりない。免許の更新や等級の昇級の際にギルドの支部がある街にはちょくちょく行っていたが、他の村、まして開拓村なんて初めて見るのでテンションが上がる。

村の中央に大きな建物があり、周囲にも僅かに建物が建っている。どうも主要な建物だけを先に建築したようで、他にはテントのような仮住まいが沢山並んでいる。

人々はせっせと働いており、特にウエカ村長や馬車に同乗していたようなムキムキの住人が複数人がかりで大きな建材なんかを運んでいる。どう見ても2t以上はありそうな大木を4人程度で運んでいるのが気になるが、あのムキムキ集団が南の国からやってきた人たちなのだろう、どことなく村長と同じ雰囲気が漂っている。


「狩人くん、君の住処は既に建築済だよ。こっちさ」


周りをきょろきょろしながら、ウエカ村長の後をついていく。

先ほど遠くから見えた大きな建物は酒場だったようだ。食べ物などが次々と運び込まれ、既に酒を飲んでいる人間もいる。

それにあれは、


「依頼掲示板だ!」


馴染み深いものが壁に打ち付けられているのを見つけた。

あれは狩人が受注する依頼が貼り付けられる掲示板だ。

ということは、この酒場はギルドのような役割も持つのだろう。


「狩人にはすぐにでも働いてもらいたい状況だったから、真っ先にその辺を整えたんだよね。ギルドから職員を派遣してもらって、依頼を受けられるようにしてさ」


何故か得意気な村長の後ろをうんうんと頷きながらついていく。

やがて村長が1軒の家の前で足を止める。

崖を背負っている家だ。崖下を覗き込むと、海が見える。

なるほど、潮の匂いはここから来ていたようだ。つまり、海際の崖の上にアオマキ村はあるということになる。

獣に襲われにくい立地と言っていたのはこういうことだろう。なるほど、飛行する獣でなければここまで来るのは難しい。


「狩人くーん、戻ってきてくれー」

「あ、ごめん」


村長そっちのけでまたフラフラしてしまった。

俺は村長がいる家の正面側に戻った。

ウエカ村長がこほんと一つ咳払いをして、そのムキムキな腕で簡素な家を指した。


「改めて、ここが君の家だよ!なんとこの村ではまだ珍しい一戸建てだ!」

「おー!」


確かに辺りを見渡しても一軒家はこの一帯の数軒しか見当たらない。

酒場の件といい、ここまで狩人を優遇してくれるのは、村長の期待の表れだろう。


「ありがとう、この家に恥じないような仕事をするよ」


最低限の間取りで、台風が来れば吹き飛んでしまいそうな家だが、その気持ちが嬉しかった。

こんな自分でもまだ必要とされるということが何よりも心地よい。


「ちなみにこの一帯は狩人の住処だから、荷物の整理をしたら挨拶をするといいよ。あそこの家には女の子が2人姉妹で住んでいて、あそことあそこには男の子が1人、女の子が1人住んでいるよ。ただ、今は姉妹以外は依頼でちょっとの期間、村を空けているからいないよ」

「俺が指導するのはその4人か?」


確か女の子3人、男1人と言っていたはずだ。


「そうだね、とりあえずは今いるあの子たちの面倒を見てくれるかな。残りの2人はもう依頼をこなせるくらいの実力はあるから」

「了解。あとで顔合わせしてみるよ。2人とも5級の狩人だったよな?」


俺が訊ねた瞬間、明らかに村長の目が泳いだ。


「そういう話も含めて本人たちに聞いてみてくれ!名前とか、趣味とかもさ、話してみてさ!じゃ、俺は皆に狩人くんのことを報告してくるから、自由に過ごしててね、じゃ!」


なんか逃げて行ったが。

その場に1人取り残されたので、とりあえず荷解きをすることにするか。

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