第4話 商人との関わり方


「さぁ、乗ってくれ!」

「助かった、ありがとうございます」


俺は差し出された手を握り、おじさんの隣に座った。

おじさんは自分の手のひらを見て、赤く染まっていることに驚く。


「ラフト君!怪我してるよ!!」

「あー、そうなんですよね。肉虫とか持ってませんか?」

「あるある!使いなよ!」


渡されたのは真ん丸くてぷよぷよした白い玉。これを押すと、中心にある口から液体が噴射される。この液体が傷を塞ぐだけでなく、治すこともできる優れものだ。

あまりに便利な生き物なので人間に養殖されて、今では普通の村人が何匹も飼ってるくらいには普及している。


「かっこよかったよ、みんな君の戦いぶりを称賛してた」

「昔取った杵柄ってやつですよ」

「やっぱりギルド職員?」

「違いますって」


血が止まったので、肉虫をおじさんに返す。

危険なことはするつもりがなかったので、手放してしまったが俺もまた飼ったほうがいいかな、肉虫。


「ところで、どうして迎えに来てくれたんです?」

「リーダーが行けってさ。絶対に死なすなってすごい剣幕だったよ」


笑いながら言うおじさんを見ながら俺は内心後悔していた。

やっぱり狩人だと伝えるべきではなかったかなあ。あのときは仕方なかったとはいえ、今後も同行する場合、面倒なことになりそうな気がする。事あるごとに獣や魔物を狩れと言われたり…。まあ、やりたくてもできないのだが。


「皆さん無事ですか?」

「うん、君のおかげでね。速度も上がったし、あと3時間くらいで村につくんじゃないかな」

「おお、大分ペースアップしましたね」

「後ろの人たち用になんとか馬車を空けて、ぎゅうぎゅうに押し込んだからね。徒歩がいなければあとは飛ばすだけだよ」


それが出来るなら最初からやれよと思ったが、彼らは商人だ。無料では動かないということだろう。1回ゆるしてしまえばズルズルと、というのも理解できる。


「じゃあ安心ですね…ふぁ」


流石に疲れた。


「すみません、寝ていいですか?」

「いいよいいよ。村に着いたら起こすから」

「すみません」


荷台の中に潜り込み、枕にしてもよさそうなものを探す。

お、この米袋とか良さそう。

自分で思ったより消耗していたのか、すぐに眠りに落ちることができた。


§


村に着いて、俺を出迎えたのは商人たちと随伴していた村人たちだった。


「すごいじゃないかラフト!」

「命の恩人だ!」

「感謝永遠に…!」


口々に感謝の言葉を投げかけられ、照れ臭くなるとともに、メッツ村のことを少し思い出した。二度と会うこともないであろう彼らの姿が、出迎えてくれている人達に重なる。


「無事だったようで何よりです」


リーダーが話しかけてくる。敬語になっているのが非常に気になる。


「あー、普通に喋ってください。ちょっと前までの雑な感じのほうが俺は好きです」

「そうか。なら、これで…。さて、ラフト…くんが気にしていた村人たちは全員馬車で移送した。多少廃棄した積荷もあったが、無事で何よりだと思う」


口調を直したリーダーからはへりくだった感じはない。むしろ対等というか、試されているような感じすらする。

…ああ、なるほど分かった。


「ありがとうございました。廃棄した積み荷の補償と、村人の移送費をお支払いすればいいんですよね。ただ、相場が分からなくて。いくらくらいになりますか?」


商人は無料では動かない。つまりこういうことだろう。

リーダーはニッコリと笑って、指輪を4本立てた。


「40万クレジットほどだが…何も補填してくれとは言っていないんだがな。むしろ商隊の安全を確保してもらった礼もある」


とはいうものの、あのまま村人を見捨てて馬車で走り去ってしまえば、商隊に被害はなかった気もする。リーダーもそのつもりだったみたいだし。つまりこれは建前…いや、優しさか?


「いえ、迷惑をかけた部分については補填させてください。ただ、もし商隊の安全を確保したことに関する働きの分を考慮してもらえるなら、助かります」


と、言うのが良いだろう。


「ふーむ、それなら、村人の移送費の10万クレジットだけでいい。」

「ありがとうございました。じゃあ、これ」


俺は財布からお金を渡す。

一応500万クレジットほどは持っているので,40万クレジットでも支払うことはできたが、社会勉強をさせてくれたんだろう。その感謝を込めて、少しだけ余計に支払った。


「ふむ、確かに。…多めにもらった分の情報として後学のために教えておくが、商人相手に、いくらですか?と聞けば吹っ掛けられるだけだ。物事の適正価格を把握して、金額を打診できるくらいの学がないと商人と金のやりとりはできないと思ったほうがいいな」


では。と言ってリーダーは去っていく。

模範的な商人と言えるような人なんだろう。


「あの!一つだけいいですか」

「ん?なんだ?」


呼び止められたリーダーが振り向く。


「護衛の狩人を雇うようにしてください。そこの費用がケチれません。命のための必要経費です。お世話になった商隊が獣に襲われて全滅なんて話は聞きたくない」

「ふむ。護衛を雇う商隊は基本的にはない。多少の被害が出ても、駆け抜けてしまえば良いと思っているし、今もそうだ。起こるかどうか分からない危険に、日当10万クレジットも払えないというのが本音だ」


確かに警戒だけでも10万クレジットはする。もしそこで危険な獣が出れば追加報酬も発生する可能性もある。


「だが、検討しよう。こうして実際に武器もなしに群れを1人で追い払えるような働きを見てしまうと、確かに価値はあるように思えた。道中で狩った獣の素材をそのまま売るのも良いだろう。だが、1つ気になるところとしては、その言い草だと君はこの商隊から離れるつもりなのか?」


何かを期待するような、というより値踏みするような眼差しをリーダーから感じる。悪い人ではなく、いい人なのだが、同時に商人とはこういう人種なのだろう。

だからこそ、身分を明かし、力を見せた後では同行はできない。


「すみません、お世話になりました」


俺が頭を下げると、リーダーはそのまま去っていく。


「こちらこそな」


一言だけ、去り際に言葉を残して。

1、2週間の短い間だったが、お世話になった。

それに、この短い旅でも、やりたいことは見つかったような気がする。


「お別れは残念だけど、元気でね。短い間だったけど、助かったよ!」


食品売りのおじさんも笑顔で去っていく。

そう、この笑顔のために、人のために働きたいと思った。

狩人じゃなくなっても、そのノウハウが活かせる仕事は沢山ある。診療所では断ってしまったが、今になればギルド職員になるというのも悪くないように思えた。


「ま、復帰させようとしてる相棒には悪いがな」


この村も大きな村ではない。最低でもギルドの支部があるような規模の街に行きたいな。

次の目標が決まったことで、足取りも軽い。

もう戦うこともないと思っていたが、1人で旅を続けるならば、最低限の自衛能力は必要だろう。


「さ、準備準備!」


まずはこの村の道具屋に行ってみようかな。別れたばっかの商隊で買い物するのも気まずいし。

と、歩き出したところで声をかけられた。


「やあ!ちょっといいかな、あー、ですか!?」

「え、はい?」


目の前にいるのは、かなりの筋肉量を持つ男だ。

若くはないが、老いぼれている様子は全くない。4~50歳くらいだとは思うんだが。


「武器もなしで獣を撃退した君…貴方様?に話があるますのでして!」


言葉がおかしい。無理やり敬語を使おうとしてる気がする。


「あー普通に喋ってください」


本日2度目の普通に喋ってくださいだった。

俺が言うと、男は白い歯を輝かせながら頭をかいた。恥ずかしがっているような動作だ。


「いやーごめんな!ちょっとこの国じゃないところから来たもんだから、言葉が怪しくて!日常会話はマスターしたと思うんだけど、どうも敬語という文化が俺には馴染まないみたいで」

「はあ、そうですか」

「ということで、貴方様も敬語なしで喋ってくれ!」


まだ変だが。


「まあ、うん、わかった。それで、どうした?」


どう見ても年上の人間に敬語を使わないのは慣れないが、本人の希望ならば仕方ない。

さて、火好猿との戦いを見ていたということであれば、なんとなく要件は察するが。

例えば、専属狩人にならないかとか。


「単刀直入に頼むんだけど、うちの村の専属狩人にならないか!」


大正解。

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