第3話 火が好きな賢い小獣
今まで滞在していた村を離れて、次の村に行くために、商隊は出発した。
今俺は、万が一の襲撃に備えて周囲を警戒している。
この村まで乗せてもらったときはそこまで考える余裕がなかったので、ただ馬車に揺られていたが、襲われなかったのはただの幸運だったのだろう。
それに、さきほど、街道ができたと商人は言っていた。確かに道が拓けて安全にはなるのだが、一部例外もある。
馬車で走り抜ける分には問題ないのだろうが、今回は商隊の後ろに徒歩の人達がいる。もし襲われれば、俺たちはともかくその人たちは死ぬ。
「この馬車の屋根って薄くないですよね?」
「おう、豪雨にだって耐えるぜ」
「それは良い馬車です」
同じ馬車に乗り込んでいた商人に確認を取ってから、俺は窓の縁に左手を引っ掛けて逆上がりの要領で屋根上に上がる。
「やっぱラフトって身体能力高いよな…」
足元から声が聞こえる。褒められるのは悪い気がしないが、やはり右腕の存在が気になってしまう。
流石に真っ黒な腕を衆目に晒せば何を言われるか分かったものではないし、普通に気持ち悪い。だから今は包帯で隠しているので、周りからは骨折か何かで動かなくなったものだと思われていることだろう。
「次の村まではどれくらいの距離があるんですか?」
「あと半日くらいかな」
屋根から窓を覗き込むと、商人が返事をしてくれた。
まあ、徒歩で行ける距離って言ったらそんなもんか。だからこそあの村人たちもついてきたんだろうし。
半日くらいの見張りならお手の物だ。
狩人時代には、獲物が罠にかかるのを丸1日待っていたこともある。
馬車の上から見える風景は、悪くないものだ。
街道は真っ直ぐと伸びていて、その左脇には森が続いている。
右側が川となっているおかげで涼しくて過ごしやすい。
だが、こんな地形だからこそ不安になる。
川へ水を飲みにきた獣が街道に飛び出してくるかもしれないし、街道に興味を持つ獣だっている。
「火好猿って知ってます?」
ただ見張りをするのもやはり少し退屈で、屋根越しに馬車の中にいる商人に話しかけてしまう。
「さるぅ…?知らんなあ。いつも見る危険な獣は草原狼くらいなもんだ。その猿がどうかしたのか?」
俺が警戒しているのは、その火好猿だ。
丁度訊ねられたので、説明する。
「火好猿は名前のとおり火が好きな猿で、頭もいい。だから人間が火を起こすことができる生き物だと理解していて、よく人工物に集まるんですよ」
「その猿は危険なのか?」
「危険度で言えば2…屈強な大人なら狩人じゃなくても勝てるくらいだけど、群れで行動しているから、実際の危険度は2では収まらないと俺は思ってます。それに群れのボスとして危険度3の炎愛猿がいることもあって…とおわっ!」
話している途中で馬車が急に止まり、屋根から落ちそうになった。
この馬車は連結されているので、急に止まるということは前の方で何かがあったんだろう。
「ちょっと見てきます」
俺は馬車の屋根を飛び移って移動し、一番前の御者がいる所までやってきた。
すると案の定、
「火好猿じゃないか…」
御者は突然目の前に現れた獣の群れにパニックになっているようで、商隊のリーダーに指示を仰いでいる。
「どうしますか!?」
「やむを得ない、一気に加速して切り抜ける」
リーダーは即座にそう判断し、馬車を引いている獣に鞭を入れようとした。
「ちょっと待ってくださいよ、後ろについてきている人たちは見捨てるんですか?」
突然屋根の上から俺に話しかけられ、少し驚いたようなリーダーだったが、すぐに真面目な顔になって、後ろをちらりと見た。
「仕方ない。次の村はもうすぐだ。運が良ければ彼らも辿り着けるだろう」
「そういうことではないでしょう、商売人として、そういうのは信頼に関わるんじゃないですか?」
「仕様がないことだ。我が商隊についてきている彼らだってそれは承知している。だから我々は彼らの同行を許し、物資の融通だってするんだ」
出発前に商人に教えてもらった話を思い出す。
万が一襲われたら切り捨てるって話だったな。
「…分かりました、ここは俺が引き受けるので、少し速度を上げつつ、最後まで村人たちの引率をしてください」
「ここは俺が引き受けるって、ラフト、君は片腕を負傷しているんだろう?それに獣の数もどんどん増えている!」
リーダーが言う通り、確かに続々と森から火好猿が街道に現れている。だが、危険度2の獣程度なら武器がなくとも片腕がなくとも対処可能だ!
「リーダー、俺は特5級の狩人です。信頼してください。商隊にも被害は出さないので」
権力を振りかざすようで申し訳ないが、実力を客観的に伝えるのにはやはりギルドの等級システムは役に立つ。
「特級狩人…世界に百人もいないあの…」
「報酬は請求しませんよ!」
俺は馬車から飛び降りて、商隊の進行方向に集まる火好猿たちの前に躍り出た。
「さて、お前らは火が大好きなんだよな!」
俺は事前に村で購入していた固形の魔燃料を荷物入れから取り出し、火をつけた。
「!!!」
商隊に興味を持っていた火好猿たちの目の色が変わるのが分かった.
群れが一斉に俺に向かって、正確には俺が持つ火に向かって走り出す。
「じゃあリーダーさん、頼みましたよ!」
火を高く掲げたまま、俺は街道から森側に群れを引き寄せていく。
進行方向の邪魔な群れがいなくなり、商隊の連結馬車が再び動き出す。少し速度が上がっているが、きちんと徒歩の村人たちがついていけるレベルの速度となっていたので、安心した。
「あとは俺がこいつらを引き寄せるだけだな」
森側に集めてはいるが、森には入らない。森に入ってしまうと、火好猿以外の獣と遭遇してしまう可能性が高い。
武器もない片腕の俺では流石に死んでしまう。
「ここらでいいか」
だいぶ商隊の列は進み、ついに追従する村人たちも俺を追い越していく。速度が上がり、理由もわからないまま走っていた彼らだったが、獣の群れを確認してからは目に見えて速度があがった。
悲鳴などが聞こえないのは、俺がひきつけている獣の注意が自分に向かないようにだろうか。パニックにならずに冷静に進んでくれるのは非常に助かる。
俺は持っていた燃える魔燃料を地面に投げ捨て、動きやすいよう街道側で構えた。
大多数の火好猿たちは火に群がっているが、密集しすぎて輪に加われないものや火を発生させたおれに興味がある個体が計4匹ほど、こちらにむかってくる。
「さて、どこまでやれるかな?」
早速とびかかってきた1匹を蹴りで迎撃すると、残りの3匹は俺を取り囲むように展開する。
「お前らは頭が良いから、そういうところが厄介なんだ」
俺はもう1つ固形の魔燃料に火をつけて、投げつける。
蹴られて寝ころんでいた火好猿と、もう1匹はそちらに向かうが、残りの2匹はまだ火を出すのだろうと期待の眼差しを向けてきているような気がする。
ただし忘れてはいけないのは、この獣たちはかなり好戦的な獣だということ。火が消えたら俺を殺す。
今の俺にはこいつらを全滅させる力があるわけでもないし、どこか適当なところで切り上げて逃げる必要がある。
「ということで、じゃあな!」
俺も商隊が向かったほうへ走り出す。
しかし俺に執着している2匹だけはどこまでも追ってくる。
というか、片腕になるだけでこんなに走りにくいとは思わなかった。速度が出ない!
「仕方なし、お前らだけは倒させてもらう」
荷物から日用品のナイフを抜き、構えた。
火が消えれば火に夢中になっている連中もこちらに来るので、早くけりをつけなければならない。
「来いよ」
挑発しているのは伝わるらしい。
怒った様子の2匹は俺にとびかかってきた。
精一杯後ろに飛んで、距離を取る。少しでも森側、街道から距離を取り、川のそばで戦うことにした。
川に足を入れて、足の甲で水を掬う。そしてそれを1匹の顔めがけて飛ばして視界を奪った。飛んでいく水とともに距離を詰め、顔を抑えている火好猿の首にナイフを突き立てた。
「まず1つ」
悲鳴も上げずに倒れ伏した1匹から視線を外し、もう1匹と向かい合った。
「ukyaaaa!」
仲間を殺された怒りか警戒心か。こちらを威嚇しながらゆっくりと距離を詰めてくる。
あと少しでお互いの間合いに入る。身長の差はあまりないが、相手の方が腕が長い。
慣れない左腕での攻撃なので、できれば奇襲かカウンターで勝負を決めたい。
俺は敢えて一歩踏み出し、攻撃を誘発した。
まんまと引っかかった火好猿は、素直に飛びかかってくると思いきや、わざわざ右側から飛び掛かってきた。
「コイツ、俺の弱点を看破したのか!」
右腕に噛みつかれるが、残念ながら感覚がないので痛くも痒くもない。血はかなり出てるが。
「残念だったな」
右腕にしっかりと噛み付いているその火好猿の首に左手でナイフを突き立て、絶命させた。
死んでも力が緩まなかったので、右腕に噛み付いた火好猿を外すのに少し手間取ったが、まぁ上々な成果なのではないか。
気がつけば火に群がっていた群れも、火が消えて、俺がいなくなったのでいなくなっている。森に帰ったのだろう。
「あー、疲れた。現役時代より疲れる」
辺りを見渡して、肉虫を探す。
肉虫が吐く液体は、止血効果と補肉効果がある。
どこにでもいる虫なので、そのへんにいるかと思ったのだが…。
「街道整備のときにどっか行っちゃったのかな」
見つからなかったので、左手で傷口を押さえながら次の村を目指す。こんな状態で獣に襲われたらどうするのか、考えていなかった。
カッコつけ過ぎたかな。
少し後悔しながら街道を歩く。
たまたま馬車が通りかかったりしないかななんて思いながら歩みを進めていると、進行方向側から馬車が走ってくるのが見えた。
その馬車を操る御者が俺に手を振っている。
って、あれ?食品売りのおじさんじゃないか?
「おーーい!ラフトくーーーーん!!」
迎えに来てくれたのか!
俺が大きく手を振り返すと、馬車はぐんぐん近くなり、俺の目の前に停車した。
なんとか助かったみたいだ。
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