第1章

第2話 商隊での生活

右腕が動かなくなり、狩人を続ける道を諦めた。

最初は世界の終わりなんじゃないかと思うほど気分が沈んだが、1週間も商隊と同行していると、少しずつ気分が良くなっていった。

最初は、ボーっと馬車に揺られていたが、段々と申し訳なくなって、片手でできる範囲で搬入や販売を手伝った。

狩人として鍛えた体は、まだ衰えてはいないので、片手であっても女性や子供よりは力持ちだ。

それともう一つ、狩人だったころの経験が活かせる客寄せ方法があった。


「さあさあ、今日解説する獣は杭鳥!こいつは人間を群れで襲うこともある凶暴な獣だ!」


商品を広げた風呂敷の前で、俺は大きく声を張り上げる。

俺が居候させてもらっている商隊は、少し前からこの村に逗留して商売をしている。

なので、俺の声を聞いて、始まったぞ!なんて言って人が集まってくれる。特に親子連れが多い。


「杭鳥は名前のとおり杭のように鋭い嘴を持つ獣だ。奴らの突っつきは、なんと大人の体すら容易く貫いてしまう…」

「こわーい」「大人を貫く…!?」「恐ろしい獣だ」


観衆は口々に反応する。こういう自分の行動に直接レスポンスがあるのも楽しい。


「でも大丈夫!杭鳥には2つ特徴がある!この特徴さえ覚えてしまえばこわくない…さて、ここから先が気になるなら、一番安い商品でも良いから、何か買ってくれ!」


俺の隣に座っていた商人を両手で指すと、観衆は分かってるよというように商品を購入し始めた。

なんだか自分の知識を悪用しているようだが、好きに喋って、商人の利益にならなければ恩返しにはならない。多少アコギでも、観衆も理解の上で買ってくれるから、きっとこれで良いんだと思う。

今日は食品を取り扱う商人の隣で話をしている。食材だけでなく、調理済みのパンなども並んでいるので、今がお昼時なこともあり、それらのパンが飛ぶように売れた。

商人が俺にウインクをしてくる。

さて、そろそろ続きを話してもいいかな。


「皆さん、商品のご購入ありがとう!では約束通り続きを話そう!」


実際には買ってない人もいるが、邪険にはしない。次はお客さんになってくれるかもしれない。


「さて、杭鳥の特徴だが、まず1つ!奴らが嘴で攻撃するときは、必ず地面に足を付けて、思いっ切り踏ん張らないといけない。つまり、走って逃げれ攻撃には当たらないんだ」


左手を口の前で嘴のようにして、頭を前後に振る。周りからは笑い声と、少しの不満の声。


「なんだよ、危なくないならパン買って損したぜ」


「大丈夫、買ってもらって損はさせないからさ。ここからが2つ目の特徴!1匹なら逃げれば良いが、群れに襲われると周りを囲まれて絶体絶命になってしまう。そんなときに逃げられる自信があるかな?」


指をさされた先ほど不満げな顔をしていた男は少し考えてから、ぽつりと言った。


「それは…危ないかもなあ」

「そういうときに役立つ情報を、今ここにいるみんなにだけ教えるぞ」


少しだけ上がっていた不満の声の主たちの興味が再びこちらに向いたのを確認して、俺は口を開く。


「奴らの主食は死肉だから、そういうときは肉を投げて逃げれば良い。これは実際狩人の間でも使われている方法で、信憑性は抜群だよ」


実際にやったことがある。杭鳥は人間よりも生肉に反応するので、注意が完全に外れる。いちいち小型の獣を相手にするのが面倒くさいときに使う手法だ。


「村の外に行くときは、お肉を持っていくことをおすすめするよ。あー、偶然今日、ここでもお肉が売ってるなあ。今日の獣講座はここまでだが、もし良ければ買ってください。以上!」


そこまで言って俺は馬車に引っ込む。

ちらりと外を見てみると、肉を買い求める人がそこそこ見えた。


「ふう。このまま吟遊詩人にでもなっちゃうか」


このように狩人のころに知った獲物の情報を話すのは思いのほかウケた。

一般人は村から出ることはほとんどないし、獣を見たことなどもない。見てしまったときは、きっと命を落とすことになる。

だからその危険性と、対処法を教えることで、注意喚起にもなり、さらに客寄せパンダになれるなら一石二鳥というものだ。


「今日も絶好調だったなあ。いつも助かるよ」


客足が落ち着いたのか、今日組んでいた食品屋のおじさんが馬車に戻ってきた。


「ラフト君は一体どこからそんなに獣や魔物の情報を知ったんだか。もしかして君、ギルド職員?」

「違いますよ。俺はただの旅人です」

「なるほどお、旅の途中で知ったんだなあ。俺たちも旅をしながら物を売るわけだから、そういう知識は身に着けないとダメなんだろうけどね」

「俺的には、専属の護衛狩人をつけるのが一番だと思いますけど。もしも危険度3以上の獣に襲われたらどうするんですか」


危険度3は狩人でないと対処が難しい獣たちだ。ちなみにさっき話した杭鳥は危険度2となっている。


「そんなことを前にギルドの人にも言われたなあ。あのときはただのセールスかと思ったけど、こうして実際に獣や魔物の話を聞くと、怖くなってきたよ」

「そうですよ、正しく恐れてください」

「あはは、検討するよ。これ、差し入れね。食べて食べて」


商人は俺に3個、パンを渡して、また商売に戻っていった。

ありがたくいただくことにして、俺はそのパンをさっそく1つ頬張った。

次の日、商隊はこの村を離れて別の村を目指すことになった。

撤収作業と、出発の準備をしている様子を見ていると、商人ではない人達が大きな荷物を持って商人の列に加わっていくところが見えた。

なんだろう。近くにいた商人に訊ねてみることにする。


「あの人たちは?」

「商隊に便乗して別の村に向かう人たちだよ。大人数の方が襲われにくいし、襲われても自分が助かる可能性が上がるからね」


つくづく狩人ではない一般の人の生活にはカルチャーショックというものを感じずにはいられない。

自分で獣と戦えない人たちは、こうして草食動物のように群れを作って、犠牲を生みつつも移動するというのだ。

どう考えても狩人を雇ったほうがいいと思う。勿論、金額が高いのもわかるし、金がある者の意見であるのは分かっているのだが、金より命の方が大事ではないのか?


「心配しなくても、街道が整備されているからそう簡単には襲われないよ!」


俺が顔をしかめているのを、獣への恐怖だと思った商人が俺の背中を叩く。

何かあったときは俺が守らなければ。

少し気を引き締めて、万が一の準備をすることにした。

村で、魔物の体組織であり、一般に普及している燃料の魔燃料を買う。

狩人が使うのは着火すると激しく爆発する液状の魔燃料だが、今回俺が求めるのは採取されてから時間が経って固まり始めたものだ。こちらは緩やかに燃え続ける。

どこの家庭にも常備されているので、お金を払って少し分けてもらうことができた。

さて、俺が準備を終えて、馬車の中で休んでいると、いつしか聞いたことのある笛の音が聞こえた。

出発だ。

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