第6話 エフテルとアルカ

狩人の指導者となるため、アオマキ村に滞在することとなった。

早速与えられた新居に入ることにする。


「わーお質素」


床板はなく、地面のままだ。

テーブルと椅子とベッドが置かれていて、それ以外には何もない。いや、家具があるだけでもかなりマシだろう。

「これは改善のし甲斐があるな」

今村人たちは村の基礎を作ることに手一杯な状況に見えた。

土台さえできてしまえば、あとは発展させていくだけだ。

土台作りには役立つことはできないが、発展に関しては狩人の出番だ。

獣や魔物を狩り、使える素材を村に納品しつつ、金を稼ぐ。そうすることで村の設備が豊かになり、狩人の装備や生活レベルも上がっていく。

かつてメッツ村でもやってきたことを、もう一度始めから、しかも今回は自分ではなく弟子たちの手によって実現させなければならない。

うーん、燃えてきた。

村のためにも、自分の生活レベルの向上のためにも、まずはまだ5級のひよっこ狩人たちを一人前にしなければならない。何年の指導になって、何年間この村に滞在できるかは分からないが、ベストを尽くそう。


「さて、期待の新人に挨拶にでも行こうか」


色々と考え事をしつつ、荷解きを行い、やる気も出たところで、狩人の姉妹が住んでいるという隣の家に向かうことにした。

隣の家は俺の家より少し大きかった。2人で住んでいるということなので、大きめの家をあてがわれたのだろう。


「こんにちはー!」

「はーい!」


扉の前に立ち、少し大きい声で呼びかけてみると、すぐに元気な返事があった。家の中から土の上を歩く足音が聞こえて、ガラッと入り口が開かれた。


「ムキムキじゃない男の人だ!」


開口一番謎の言葉を浴びた。

俺のことを指差すのは、小柄な女の子だった。150cmあるかないかという身長で、成人はギリギリしていないように見えるが、体つきはしっかりしている。元気なイメージのとおり少しはねている髪の毛はショートカットだ。


「ムキムキじゃない男の人…?」

「あ、ごめんなさい!ほら、この村って南の国から来たムキムキの人が多いから、そうじゃない人ってあんまいないから!珍しい!」


あのムキムキたちは道理で村長に似た雰囲気を感じると思ったら、やはり同郷の人たちだったのか。

謎が一つとけたところで、改めて自己紹介をしようと思う。


「隣に住むことになった、元狩人のラフトだ。よろしく。村長から何か聞いていないか?」

「あー、凄腕の先輩狩人をスカウトするって言ってたよ」


それが俺だ、と名乗るのは恥ずかしすぎる。


「俺はその凄腕の狩人の代わりに村長にスカウトされた、君たちの指導係なんだ。今は狩人は引退してるけど、しっかり指導はできるから安心してくれ」

「おお、凄腕の先輩狩人!」

「元、な」


キラキラとした眼差しと溌剌とした雰囲気に負けそうになる。俺のような腐った人間が関わってても良いんだろうか。

一瞬そんな考えがよぎったが、考え直す。俺の仕事はこの子たちを一人前にすることだ。


「村長からここに姉妹で住んでいると聞いたんだが、お姉さん?妹さん?にも挨拶をさせてもらえるか?」


恐らく家の中にいるのかとは思うが、人の家の中を覗き込むのはマナー違反だ。入り口から数歩離れた場所に俺は立っている。


「私がお姉さんだから、家の中にいるのは妹だよ。おーい、私の妹のアルカやーい」


身体は入口に残したまま、上半身だけ家の中に引っ込めて、家の中にいたであろう妹を呼び出す。アルカというらしい。


「はい、聞こえてました…」


非常に面倒そうな声で入口から姉を押し出すように家から出てきたのは、姉よりも少し大きい細身な女の子だった。細身ではあるが、一部が細身ではない。主張が激しい。


「貴方が私たちの指導役になってくれるんだよね。アルカです、これからお願いします」


家の扉を閉めてから、ぺこりと頭を下げる。

礼儀正しい子だなあと思っていると、その様子を見た姉も慌てて頭を下げた。


「エフテルです!よろしくお願いします!」


妹の方がしっかりしているタイプだな。短いやりとりだが、それは分かった。


「改めて、これから皆を指導させてもらう、ラフトだ。よろしくな」


少し頭を下げると、笑顔でエフテルが手を差し出してくる。

距離の詰め方に少し戸惑うが、こんなものだろうか。ともあれ、俺は差し出された手を握った。

もう一度ニコリとして、エフテルは手を離す。アルカの方を見ると、私は結構ですというジェスチャーで断られた。やっぱそれが普通だよな。


「さて、本格的な指導は明日からにしようと思うが、今日のうちに2人のことは少し知っておきたい。指導の方針にも関わるし。今少し時間をもらってもいいか?」

「うん、いいよ。んじゃ酒場いこ!この村はまだ酒場しかないんだ」


特に持っていく荷物もないので、財布だけ持ってそのまま3人で酒場に行くことに。


「エフテルはなんだか村に詳しいな。ここに来てから長いのか?」


酒場に向かう道すがらに少し雑談をする。


「うん、あたしたちは最古参だね。ムキムキの人たちしかいなくて、村に門がなかったころにここに来たんだ」

「へえ、旅でもしてたのか?」

「んーそんなかんじー」


あまり広い村でもないので、すぐに酒場には着いた。

俺達は適当なテーブルに座る。店員が注文を聞きにきたので、とりあえず適当に軽食を注文した。

ほとんど外部の客が来ない身内向けの店にも関わらず、メニューは充実している気がする。これも村長の方針なのか。


「さて、まず狩人免許の公開から行こうか」


狩人免許はギルドから交付される、狩人の証だ。これがないとギルドで依頼を受けることができない。

氏名はもちろん、使用可能な武器の種類や等級が記載されている。俺は狩人を引退したとはいえ、免許をギルドに返納していないため、まだ持っている。

そんなカードを机の上に出すと、2人は珍しいものでも見るように顔を机に寄せて狩人免許を凝視していた。

まあ、特級の免許は通常の白ではなく黒い免許なので見慣れないのも分かる。


「これはなに?」


エフテルが俺の免許を指さす。


「特級の免許は黒いんだ。色以外は普通の狩人免許と変わらないよ」

「狩人免許、なるほど」


アルカが頷いて、カードから視線を俺に戻した。

エフテルも俺を見ている。


「……」

「……」

「ん?」

「え?2人も免許を見せてくれよ」


謎の沈黙に耐え切れず、思わず催促してしまった。

一応個人情報なので見せることに抵抗がある人間も一定数いるが、見せてもらわなければ話が進まない。


「持ってないよ」


ひよっこ狩人が信じ難い言葉を発した気がした。


「なんて言った?」

「だから持ってないよ、このカッコイイカード」


エフテルが首を傾げてそう言った。


「待て待て、2人は狩人なんだろ?ギルドの支部から交付されたものがあるだろ、たぶん白いやつ」

「ないよ、こういう免許が必要なんだね」


アルカが何かに納得するように頷いていた。

…一旦話を整理しよう。


「確認だが、2人は狩人なんだよな?」

「これから狩人としてこの村を守るよ!」

「ちょっとここで待っててくれ村長と話してくる」


元気よく答えた姉の方に早口で伝えた俺は人が集まっているところに走っていく。ちょうどその中にウエカ村長を見つけたので、詰め寄った。


「全員5級って言わなかったか?免許も持っていない素人が2人いたぞ?」

「全員5級とは言ってないヨ…」


大きな体を縮めながら、申し訳なさそうに目を逸らす村長。

そう言えば前に同じことを聞いたときに、はぐらかされていた気がする…!


「わざと俺に言わなかったな…?」

「ごめん、ごめんなさい!あの“双極”に免許取得からお願いするなんて申し訳なくてぇ!」


ん?


「今“双極”って言ったか?俺のこと知ってたのか?」

「ケガで引退してたのは知らなかったケド、最初見た時から分かったよ。レイの相棒、ラフトだって…」


罪悪感のせいか、ドンドン小さくなっていく村長。

別に俺は怒っているわけでもないし、そんなに偉い存在でもない。

ここまで恐縮されると、逆にこっちが申し訳なくなる。


「…分かった、引き受けた仕事は今更断らないし、俺のことを知ってたことも大した問題じゃない。ただ、こういう隠し事はなしにしてくれ。単純に指導の計画が立てられない」

「分かったよ、もう隠し事はしない!」

「よし。じゃあ、あの2人は免許取得から世話をする必要があるんだな?」

「お願いするです…」

「残りの2人は5級でいいんだな?」

「それは間違いないよ!依頼で外に出ているのもホント!」

「分かった、任せてくれ、雇い主さん」


俺はウエカ村長の肩をポンと叩く。

それでも浮かない顔をしているので。


「噓をついていたお詫びに、今度食事でも頼むぞ」


とだけ言った。

さて、2人が待っている。酒場に戻ろう。


「任せてよー!」


後ろから聞こえる村長の大きな声を背に、酒場へと歩を向けた。

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