第7話 働かない工房

「あ!戻ってきた!料理来てたよ!」


エフテルが元気に手を振る卓上には、少し冷めた串焼きが並べられていた。どうやら手を付けずに待ってくれていたらしい。少し急いで席に戻った。


「ごめんな、お待たせした」

「急にどしたの?」

「ちょっと村長と認識をすり合わせていただけだよ。もう大丈夫。それより、待たせてごめん、話の続きは食べながらにしよう」


意外にも、俺がそう言った瞬間真っ先に料理に手を伸ばしたのはアルカだった。あまり動かないが整った顔が大量に頬張った肉によって歪んでいる。


「あの、あたしたちのことは呼び捨てでいいんだけど、あたしたちはそっちのことをなんて呼べばいいいいかな?師匠?ラフトさん?」


バクバク食べる妹を見て苦笑いを浮かべつつ訊ねてくる。


「そうだな、別に養成所の教官でもないし、上下関係でもないから、好きに呼んでくれ」

「じゃあ師匠で!」


エフテルも1本串焼きを口にした。


「さて、じゃあ仕事の話に戻るが、2人は全く狩人未経験ってことでいいんだよな?」

「そうだね。でも身のこなしには自信があるよ。あたしは手先の器用さも誇れるかな」


そう言うエフテルが食べ終わった串を宙に投げる。クルクルと回転しながら卓上に落ちてきた串は机の僅かな溝に刺さって直立した。さらにもう一本、妹の食べ終わった串を掴み、同じように投げると、今度は机に直立している串の上に直立した。

まさに神業としか言いようがない。すごい。思わず拍手してしまった。


「アルカも動けるのか?」

「うん」


話の流れ的に自分に話が回ってくると予測していたんだろう。食べるのを辞めてこちらを見ていた彼女は頷いた。


「私は、お姉ちゃんより身のこなしが得意かな」

「2人とも何かやってたのか?大道芸とか」

「秘密」


気になって尋ねたところ、姉妹に同時にそう言われてしまった。まあ、過去を探られたくない人間なんて山ほどいる。狩人なんて命がけの仕事をわざわざ希望するやつなんて特に。


「じゃあ、今日はもうすぐ日が落ちそうだし、明日実際に動いて見せてもらおうか」


でも最低限動けるなら、肉体的なトレーニングから始める必要がない。筋トレは成果がでるのに時間がかかる上に俺が教えることはほとんどないからな。


「あとは武器だな。獣や魔物と戦うためには特殊な武器を使うのは知っているか?」


初心者ということなのでこういうところから教えていく必要があるだろう。案の定2人は分からないと首を振っている。


「獣の固い鱗や甲殻を貫通するため、魔物の体組織を吹き飛ばすために狩人の武器には炸裂機構というものが備わっている。詳しい話は現物を見ながらの方がいいと思うんだが、この村に武器工房はあるか?ありそうだよな?」


この村の、というかウエカ村長の狩人重視っぷりを考えると、必要な施設は一通り整っている気がする。


「うん、あるよ」


やっぱり。


「ちょっと今から行ってみようか。ちょうど料理もなくなったみたいだし」


8割方アルカの胃の中に消えた。ちなみに俺は1本も食べていない。

しかしまあ、頼んだのは俺だし、ここは指導役の面子のためにも全額支払って、そのまま酒場を後にする。


「ごちそうさまでした!」

「ごちそうさまでした」


笑顔の2人を見れたので良しとしよう。まずは仲良くなることも仕事のうちだ。

俺はこのアオマキ村の土地勘がまだないため、武器工房まで姉妹に案内してもらった。

遠目からでも1発で分かるような、機械が露出している建物が見えてくる。

懐かしい。狩人とは切っても切れない関係にある施設なので、初めて来た村の工房でも何故か懐かしさのようなものを感じる。

近づいていくにつれて、工房が武器を作っている金属音と、作業に伴う熱をこの身に感じ…ない。


「あれ?稼働してないのか?」

「うん。動いてるところは見たことないなあ」


工房のカウンターの前から中を覗き込むと、何らかの作業は行われているようだが、工房に火がともっていない。


「すみませーん」

「今いくゾー!」


工房の奥に声をかけると、予想していなかった可愛らしい声が返ってきた。やがて声の主が姿を現す。

小さな身体に長い髪をまとめあげている少女。工房の作業服を着ているし、ハンマーも持っているので職人か?


「どうも、アオマキ村武器工房の看板娘兼見習い職人のハカだゾ。ウエカから話は聞いてたから来ると思ってた」


少し片言で、村長のことを呼び捨てにしている。この子も村長と同じ南の国からやってきたのだろう。


「そんで、見りゃ分かると思うけど、今は動いてないゾ。魔燃料が足りねんだ」

「魔燃料が?」


魔燃料とは魔物の体組織であり、新鮮なものは液体、古くなっていくと固体になっていく、この世界の一般的な燃料だ。

火好猿戦では、固形のゆっくりと燃える魔燃料に火をつけて気を引いたんだったな。

勿論工房でも用いられる燃料で、それを燃やして炉を動かす。


「まだまだ専属狩人さんたちはひよっこで、素材の持ち込みもないし、工房も使わないだろ。だからとりあえずは村の建設の方に回してるンだよナ」

「なるほど、合理的だ」


何をするにも魔燃料は使う。夜に灯す明かりにも、機械を動かすにも、料理を作るにも。

魔燃料の原材料の確保は大人が数人いればある程度確保できるようなものだが、その人手も足りていない状況と見た。


「実は、この2人の武器を作りたかったんだ」


俺が隣の姉妹を見ると、看板娘は叫んだ。


「え!?お前ら武器持ってねエの!?武器なしで狩人名乗ってたのかヨ!」

「あはは」


狭い村なので、初期からいたこの姉妹と看板娘も顔見知りなんだろう。狩人(仮)であることは聞いていたが、全くの初心者であることは知らなかった感じか。


「じゃあ武器作らなきゃじゃんな。ウエカに話して魔燃料回してもらうか…」

「いや、ちょっと待ってほしい」

「ん?どしたのか、狩人の旦那」


凄い変な呼ばれ方をしている気がする。


「俺たちが魔燃料の原料を取ってくればいいよな。ちょうど明日フィールドに出ようと思ってたんだ」


先ほど言った通り、魔燃料の原料は比較的簡単に取ってくることができる。人手不足なのであれば、俺たちも働くべきだ。


「おお、それはいい!狩人の旦那がいればこの2人も安心だナ。じゃあ、頼むわ」


看板娘ハカはカウンターから離れて奥に消えていく。

話がひと段落したところで2人が俺に詰め寄ってきた。


「え。魔燃料の原料って魔物だよね!?明日狩るの!?」

「丸腰は厳しいと思うよ」


魔物が原料であることは知っているが、詳しくは知らないようだな。

都会の子供は魚の切り身しか見たことがないから、泳いでいる姿を想像できないという。それと同じだ。


「まあ大丈夫だ。素手でもいける」

「素手!?」

「あまり詳しくないけど、ちょっと危ないと思う」

「まあまあ、詳しくは現地で説明するから…」


今の2人に大丈夫だと言っても信じてもらえないだろう。実際にやってみせるのが手っ取り早い。

適当に2人をいなしていると、ハカが背負えるタイプの大きな樽を持ってきた。


「これ2個分くらい頼むゾ」

「了解。明日また容器を受け取りに来るよ」


背負うタイプなら片腕が使えなくても邪魔になりにくい。

明日、実際に村の外で2人の動きを見つつ、魔物を狩る。

アオマキ村での記念すべき最初の狩りとも言えるな、


「魔物は、獣のよりも生き物感がなくて、よくわかっていない生き物だから、素人は手を出しちゃいけないんだよ!」


エフテルから素人の抗議が出た。


「はいはい、狩人は素人じゃないからな。勉強していこうなー」

「村の外に出ている2人を待つべき。それまでは座学とかを教えてほしいな」

「現地で説明をするからなー」


いつまでも食い下がってくる姉妹に、明日の集合時間と場所を伝えて、俺はこの村の周りの状況を聞くために村長のもとへ向かった。

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