第8話 どこにでもいるぷよぷよ

今日はいよいよエフテルとアルカを連れて村の外に出る日だ。

俺は昨日村長から聞いた村の周辺の状況を思い出しながら姉妹との合流場所に向かっていた。

まず、この村の周辺は開けた草原となっていて、そのまま進むと森があるらしい。つまり、村の後ろには海があるから、海、村、草原、森といった地形だ。

草原には危険度2までの生物しか生息しておらず、森に入らなければ安全だという。逆に、森の中には危険な生物がいるとのことだ。


「しばらくは森には近づかず、草原でトレーニングだな」


俺は一人呟きながら、集合場所である村の門の前に向かう。

さて、昨日はかなりビビッていたが、ちゃんと2人は来るだろうか…。

待っている間に、荷物を確認することにしよう。

万が一怪我をしたときのための肉虫、獣の気を引いたり合図に使える笛、さっき工房に寄って貸りてきた背負う樽、ナイフ、腕に着ける小型の盾。その他にも万が一火好猿に会った時のための魔燃料や小型の爆弾、ロープなど不測の事態に備えて多めに荷物を準備した。


「危険度3の獣なんかが出てくるだけでも絶体絶命だからな」


危険度2は大人ならば狩人じゃなくとも対処できるレベル。これから向かう草原にはそのくらいの生物しか生息していない。

万が一、狩人でないと対処できない危険度3の獣や魔物を発見したら問答無用で帰還し、村長に報告だ。場合によってはギルドに討伐依頼を出す必要がある。


「あ、師匠!お待たせしましたー!」

「来たか」


思考を中断して、声の方を見た。

簡単な防具を身につけたエフテルと、少し後ろからアルカがこちらに駆け寄ってきた。

流石にバックレなかったようで安心した。


「凄い荷物だねー」


そう言うエフテルとアルカは、腰にポーチを下げているのみだった。


「え、むしろお前らが荷物少ないんだけど。あんなにビビッてたのによくそんな軽装で来たな…」


大型の獣を狩るときなんか、馬車に荷物を積んで狩場に向かうことだってあるというのに。まあ、最低限丸腰じゃないだけマシか。


「俺の腕は見ての通り動かないから、戦うことはできない。万が一に備えて色々持ってきたんだよ」


工房から借りてきた樽を1つエフテルに背負わせながら説明をする。


「俺が戦えないということは、戦力になるのはエフテルとアルカだけなんだ。そこを理解した上で、次からはもう少し準備したほうがいいかもな」

「はーい」

「わかった」


2人の返事を確認した俺は、村の門番に声をかけて木で出来た門を開けてもらった。

この村に来た時は不覚にも眠ってしまっていたので、草原の様子は分からない。少し緊張する。


「行こ、師匠」


そんな俺を追い抜いて2人はスタスタと歩いて行った。

案外大物かもしれない。

狩場まで歩きながら、魔物について2人の認識を聞いてみることにした。


「2人は魔物についてどのくらいは知っている?」

「魔燃料になる」

「生き物っぽい見た目じゃない」

「こわい」

「死なない」


交互に知っていることを口にする姉妹。

後半については世間一般的なイメージだろう。


「あんまり詳しく知らないようだから、説明するぞ。この辺の基礎知識は狩人免許試験でも出るから、しっかり覚えておいてな」

「分かった、覚えるね」


試験と言った瞬間に嫌そうな顔をしたエフテルに代わり、アルカが返事をした。


「魔物は、獣のように毛皮や鱗、牙や爪を持たず、液体のような不定形の体組織で構成されている」

「え?ゼリーみたいな?」

「うんまあ、生きてるゼリーみたいなもんかな。身体の中に球体の核があって、それを失うまでは何度でも再生する」

「英雄狩人スミスの冒険に出てくるスライムみたいだ…!」


急にアルカが興奮し始めた。珍しく声を張って、拳を握ってふんすふんすしている。


「スラ…なんだって?」


聞き覚えのない単語だが。


「師匠、まさか英雄狩人スミスの冒険を知らない…!?読んでいない人間は人生の8割を損すると言われる伝説のファンタジー小説だよ!」

「あー街でなんか見たことがあるようなないような」


現役時代の俺は仕事にしか興味がなかったので、その手の娯楽は嗜んでいなかった。それに本自体が村には流通してこないこともあり、街に住む人間以外は見たこともないということもあるだろう。


「スライムは、その英雄狩人スミスの冒険に出てくるモンスターで、不定形の体に核を持つ生き物!」


さっきの俺の説明のオウム返しのような説明が返ってきた。


「ああ、まあ、イメージ的にはそれだ。たぶん」


俺はスライムを知らないから適当だけど。


「お姉ちゃん、スライム狩りは立派な狩人への一歩なんだよ。気合い入れていこう」

「ああ、うん」


姉も妹を持て余している。

さて、スライムのおかげでアルカにはイメージしてもらえたことだし、説明を続ける。


「魔物は獣と違って多種多様な種族が存在するわけではなく、同一の種族だといわれている。時間をかけて大きくなっていき、ほかの個体と融合しながら強力な魔物になっていくんだ」

「進化する…みたいな?」

「まーそうだな、そうだ」


スライムを知らないエフテルにも理解してもらえたようで安心した。


「一番小さな、弱い魔物はセル。時間をかけて大きくなり、盾と矛のような結晶体を身につけるナイツや、他の魔物を統べる能力を持つようになったゼネラルなど…まあ色々種類に進化するな」


魔物は時間をかけて変化していく。

つまり逆に言えば進化する前の魔物は弱い。


「今回狙うのは、他の形態に進化する前の状態の魔物、セルという魔物だ」

「ふむふむ、セル」

「セルはこれくらい…まあ直径3、40cmほどで、特に結晶体も身にまとっていないし、動きも緩慢だ。何なら子供でも捕まえることができるほど無抵抗なんだ」

「へー、それならあたし達でも捕まえられるじゃん!」

「そのとおり、だから昨日、大丈夫だっていったんだよ」

「やる気出てきた、がんばろっ」


姉妹2人ともやる気になったようで何よりだ。

歩きながら話しているうちに、アオマキ村はとうに見えなくなり、狩場となる草原に足を踏み入れていた。

所々に背の低い草花が生えており、木々が密集していないため視界は開けている。遠くに獣のような姿が見えるが、危険度の低いものだ。

事前情報のとおり、危険は少なく、のどかな場所のようだ。


「そして、あれが森か」


ある地点から木々の密度が濃くなり、緑の壁のように鬱蒼と茂っている。あそこが危険な生物が生息している可能性が高い森だ。


「分かっているとは思うが、あの森には近づかないようにな」

「はーい」

「はい」


俺の注意に素直に2人は頷いて、辺りを見渡した。2人のその手にはいつの間にかナイフが握られている。


「あれ、一応武器は持ってきていたのか」


丸腰に見えたものだから、少し驚いた。


「一応は獣とかに襲われるかもしれないんでしょ?自衛手段くらい用意してるって」


エフテルがクルクルとナイフを回し、手を交差させるとナイフが消える。袖の中にでも仕込んでいるのだろうか。それにしても惚れ惚れするナイフ捌きである。


「やっぱり大道芸でもやってたのか?」

「過去は詮索しないって言ったでしょ」


酒場でそんなことを確かに言われていた。

まあ、狩人をするためには武器の扱いにも慣れていたほうがいい。素質がある良い教え子だと思うことにしよう。


「さて、では早速セルを探すとしよう」


今回の目的は、2人の運動能力など素質を見極めることと、魔燃料の材料となる魔物の捕獲だ。


「一応、周囲には羽豚の姿しか見当たらないが、杭鳥の鳴き声がする。また火好猿程度ならこの草原にも生息しているらしいか、。気をつけるように」

「ん、了解」


頷くアルカの手にもナイフは既に握られていない。


「師匠!魔物って、どんなところにいるの?石の裏とか?」


いやそんな、虫じゃないんだからさ。


「基本的にはどこにでもいる。草原にも森にも、砂漠にも水辺にも、なんなら火山地帯や雪山にもいる。他の個体と融合するために、ずりずりと這いずっているよ」


人間の居住地以外には本当にどこにでもいる。少し村の外に出て、10分程度歩き回れば1匹は見つかるだろう。


「狩人が複数人で行動するときは、余程腕に自信がない限り団体行動が基本だ。危険な獣と戦うのに人間1人じゃ太刀打ちできないからな」

「ドラゴンとかとも戦うんでしょ?」


アルカから熱の籠った視線を向けられる。

そんな当然のようにいわれても俺はその小説を読んでいないから知らないんだってば。

無言の俺を見て、しょうがないなぁとでも言うように溜息をついたアルカは、俺の背中を軽く叩いて言った。


「狩人なのにドラゴンを知らないなんて。仕方ない、今度貸してあげるから、全巻読んで」

「ありがとう…?」


別に要らんけども、まあ暇つぶしにはなるか。アルカと仲良くなるチャンスでもある。


「ま、とにかく3人で一緒に動くよってことでしょ?オーケーオーケー」


エフテルが脱線しかけた話を修正して、俺たちはセル探しを始めた。

本当にどこにでもいるので、ほんの数分、足元に注意しながら歩いていると、フルフルと震える半透明な球体が視界に入った。


「もしかしてあれ?可愛いじゃん!」


逃げないようにした配慮なのか、小声で俺に囁くエフテル。可愛いかどうかはわからない。


「そう、あれがセルだ。目もついていないし、耳もないのにこちらには気づいていると思うから、逃げる前に捕まえるぞ」

「はーい」


返事と同時に早足でセルに駆け寄ったエフテルは、セルを救い上げる。薄い皮に包まれた水のような存在なので、持ち上げると抱えた腕の隙間から弛んだように垂れている。


「おお、柔らかいというより、ハリがあって冷たい。そんでもって結構しっかりしてて、破れたり中身が出たりはしなそうな…」

「お姉ちゃん、私にも持たせて」


姉妹が交代でセルと戯れている。

それくらい危険度が少ない魔物なんだよな。進化しなければまったく怖くない、ただの不思議生物だ。

ひとしきりセルを触って満足した2人は、エフテルが背負っていた樽にセルを入れた。


「こんな感じで集めていこう。簡単だろ?」

「うん!楽しい!」

「なら良かった。この調子で樽がいっぱいになるくらいセルを捕まえるぞ」


まだ太陽は真上にも登っていない。日が暮れる前には撤収する予定だが、まだまだ時間は残されている。


「気合い入れて捕獲するぞ」

「はーい」

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