第9話 姉妹の特技

それから俺たちは順調にセルを見つけ、どんどん樽に放り込んでいった。

気がつけばエフテルだけでなく、俺が背負っている樽にもいっぱいになっている。


「こんなに捕まえちゃって、大丈夫?」


アルカがふと俺に訊ねる。

取り過ぎて絶滅しないかということかな。


「魔物がどうやって繫殖しているかはまだ分かっていないんだけど、少なくともセルの数が減っている実感はないな。考えても見てくれ、世界中の人間が普通に暮らすために魔燃料を燃やしている。それでもこんなに見つかるんだ。むしろ俺は、人間が捕獲しなくなったらどれだけ増えるのか、っていうほうが心配だね」


2人はセルしか知らないが、進化した魔物は非常に危険な存在になる。それこそ危険度5、6に分類される、熟練の狩人ですら勝てない魔物だっているのだ。


「だからどんどん捕まえよう。金にもなるし、村も助かる」

「うん、分かった」


さて、アルカが納得したところで、次の目的を達成するとしよう。ちょうど辺りに杭鳥が飛んでいる。


「エフテル、一旦樽を地面に下ろしてくれ」

「お?了解。次はどうするの?」

「杭鳥を狩る。あいつらならいい練習相手になるだろ」


杭鳥は外敵を見つけると地面に降りてきて突き攻撃を繰り出してくる獣だ。鳥の癖に空中からの攻撃手段を持たず、突き攻撃の予備動作も長い残念な獣とも言える。

この2人の身軽さなら怪我をすることはないだろう。

空を見上げると、3匹ほど上空を飛んでいる。まず降りてきてもらうために何かを投げるなどして気をひかなければならない。


「エフテル、あの飛んでいる杭鳥のところまで、何か投げられるか?」


見た感じ、そんなに高くはない。

エフテルはにっこり笑って、肩をグルグル回して見せた。


「まかせてよー、得意よそういうの」

「がんばれお姉ちゃん」

「余裕余裕…それっ」


アルカのやる気なさそうな応援を受けたエフテルは軽やかな動きで上空に腕を振り上げた。


「おい、投げるのはナイフじゃなくて石とか…は?」


あとで拾うのが大変だから投げるのは石とかにしておけと言おうとした俺は、その光景を見て言葉を失った。

なんと、喉にナイフが刺さった杭鳥が1匹地面に落ちてきたのだ。


「す、すごいな…」


上空で旋回している鳥の急所を的確に狙って一撃で仕留めるなど、俺でもできるか分からない。


「ぶいぶいー!」


両手でピースサインを作って得意げにしているエフテルを見ると素直に褒めたくなくなるのだが、流石にこれは称賛に値する。


「お前…ホントにすごいよ。何者なんだ?」

「あほの申し子」


妹にもやはりウザがられていた。


「言いますね妹ちゃん。君にこんなことができるかなぁ?」


完全に調子に乗っている。


「ふん、それしか得意なことないでしょ。見ててよ」


上空に飛んでいた杭鳥は、仲間が殺されたことで逃げ去ってしまった。適度に気を引いて、地面に降りてきてもらうつもりだったが、良いものが見れたのでよしとする。

姉に対抗心を燃やしているアルカは何をしようというのだろうか。


「ちょっとここにいてね、師匠」

「どこにいくんだ?」

「あそこに杭鳥がとまっているよね」


アルカが指を指す木には、確かに杭鳥がとまっていた。


「あれを狩る」


相変わらずあまり動かない表情筋だが、ふんすという鼻息がやる気を物語っている。


「でもどうやって?枝葉が邪魔で投擲は当たらない気がするが…」


腰を低くして、アルカはそーっと木に近づいて行った。

いやさすがにそれは厳しい。野生の鳥に近づこうとしてもせいぜい1mくらいが限度だ。

ただアルカは静かに素早く木に近づいていって、根元まで辿り着いた。まだ杭鳥はアルカに気が付いていない。

杭鳥は地面からでは届かない高さの枝にとまっている。

ここからどうするのかと見ていると、アルカは木に手をかけた。まさか登るつもりか!


「相変わらず隠密行動が得意だねえうちの子は」


しみじみと隣でエフテルが言うが、あまり驚いている様子はない。

そうしているうちにスルスルと杭鳥がとまっている所まで登り切ったアルカは、そのまま腕を振り下ろし、背後から背中にナイフを突き立てた。


「すごい…」

「あ!あたしのときよりびっくりしてる!」

「いやそんなことないけど、謙虚さの差がな」

「見てよアルカのあの顔!すっごいドヤ顔じゃん!」

「俺には真顔に見えるが…?」


言われてみれば得意げに見えなくもない…か?

残念ながらまだ俺には分からない機微だ。


「これくらい誰にでもできるでしょ」


あ、これは確かにドヤっている。

杭鳥を持って戻ってきたアルカを見てそう思った。

さて、2人とも目を見張る技術を持っていることが分かった。得意なことを活かすのであれば、作る武器も決まってくるだろう。


「よし、そろそろ帰るか。流石に日が暮れる前には戻りたい」

「あたしたちはどうでしたか、師匠?」


変にかしこまった言葉づかいで顔を覗き込んでくるエフテルの顔は自信ありげだ。


「まあまあだな」

「えー!じゃあ師匠にさっきみたいなことできるってのー!?」

「まあ、両手さえ使えれば大体のことはできるぞ」


投擲も隠密行動も、まあできなくはない。


「絶対うそ、つよがり、いじっぱり!」

「やれやれ、嫌な大人だね」

「分かった分かった、とにかく帰るぞ」


若い女の子2人に両側から責め立てられては適わない。


「ただまあ、今日の狩りは大成功だったな」


俺は樽いっぱいのセルと、2匹の杭鳥を見る。

初心者がこれだけの成果を上げれば花丸だろう。


「あ、そうだ、そろそろやっとくか」


俺はセルが入った樽を片手で地面に倒す。ボロボロとセルが地面に転がった。


「悪いんだけど、もう一回樽に詰めてもらえるか?」

「え!?今わざとこぼしたよね!いじめ?」

「いやこれはセルをまとめて運ぶときに必要な作業でな?あ、ほら早く詰めないと逃げていくぞ」

「もう…」


ずりずりと逃げていくセルを抱きかかえ、樽に放り込んでいく2人に説明を続ける。


「魔物の進化は時間経過と、他の個体との融合によって行われる。だから、定期的にバラしてやらないと、樽の中で危険な魔物のが誕生する…なんてことになりかねない」

「なるほど、キングスライムになっちゃうんだね」


アルカが納得いったように作業の手を早める。

これも英雄狩人スミスのなんちゃらとやらの知識だろう。

ここまで現実にいる生物と情報が合致するとなると、作者は実際に狩人だったりするのではなかろうか。少し読む気になった。


「セルからダブル…2匹が融合した状態になるまでは長いが、ダブルになってしまえばそこからの進化は急速だ。多分今の俺たちでは手に負えなくなるからな」

「え、やばいねそれは」


再び詰め込み終わった俺たちは、村に向かって歩き出す。


「なんか今日だけで一気に狩人に近づいたって感じだなあ」

「色々勉強したね。ためになった」

「いい師匠だ!」

「ちょっと狩人オタクっぽいけどね」

「確かに!すごい早口で説明するところとかまさにそう!」


俺の前を歩く2人が楽しそうに話している。

本人に聞こえるところでそういうことを言うのはやめてもらえないだろうか。次からどんな顔をして説明すればいいんだ。

行きとは違い、帰りは黙って帰ることになったのだった。


「ねえ、なんで喋んなくなっちゃったの?師匠?」


お前らのせいだわ。

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