第10話 素材売却

村に帰ってきたのは、薄っすらと空が紫になってきたころだった。狩場が近いのは助かる反面、それだけ村が危険に晒される可能性が高いということなので、素直には喜べないことでもある。


「師匠、この杭鳥どうするの?持ってきたけど、食べるの?」


草原で狩った杭鳥は2匹ともエフテルの腰に紐でぶら下げられている。樽も背負っているのでかなり動きにくそうだ。一方、アルカは何も持っていない。


「狩った獣の素材はギルドが買い取ってくれるんだよ。杭鳥くらい小さければそのまま持ってくることもあるし、大型の獣を狩ったときには目ぼしい素材だけ持って帰ることになる」

「うちの村にギルドなんてなくない?」

「酒場にギルドの派遣員が来ているはずだ。ウエカ村長が狩人絡みのところは最優先にしてくれていたから」

「そなんだ。村長いい人だなあ」


身軽なアルカが先を歩いて、門を開けてくれる。

門をくぐると広がる光景を見て、安心感のようなものを感じた。まだ来たばかりの村なのに、まるで故郷のような感覚を覚える。狩りから帰ってくるときはいつもこんな感覚だ。

酒場は村の中心にある。工房に行くよりも近いので、先に酒場に向かう。荷物は重いが、仕方ない。


「やあみんな、大漁だね!」


酒場の方からちょうどウエカ村長が歩いてきた。何か打ち合わせだったのか、筆記用具を手にしている。


「初めての狩りはどうだったかな?」


俺ではなく、エフテルとアルカに訊ねている。


「楽しかった!」

「自分の中の世界が広がった」


子どものような感想の姉と、大人?な感想の妹だったが、どちらも表情から満足感が見て取れた。


「それは良かった。良い先生のおかげだね」


なるほど、そうくるか。

まあ、あからさまだろうが褒められれば悪い気はしない。まして一時期は体が不自由になって絶望していたのだから、この道に進んで間違いはなかったのだと後押しされたように感じる。


「無事に帰せて安心しているところだ」


まだまだこれからも指導役は続くのだから、これからも安全に気を付けながら進めていきたいと思う。

俺と村長はお互い頷きあった。


「ねえ、早く酒場行こうよ。変に見つめあってないでさ」


見ればエフテルがセルが入った樽を地面におろして一息ついている。そういえば移動中もちょくちょく休憩していたし、筋力と体力が足りていないな。要改善だ。


「引き留めてごめんよ。じゃあ俺は行くから」


そう言って村長は去っていった。なんだかんだいつも働いている気がする。まだまだ発展中の村だから仕方ないのかもしれないが、村長は大変だ。


「アルカー、酒場までだけでいいから代わってよー」

「ごめんねお姉ちゃん」


ぴゅーっとアルカは酒場へ走っていった。見捨てられた姉は分かりやすくがっくりと肩を落とし、溜息をつきながら樽を背負った。

まあ、樽いっぱいの水を運んでいるようなものなのだからそりゃ重い。

しょうがない、初日くらい甘やかしてやるか。


「エフテル、その樽も俺が持つ。俺の前にひっかけてくれ」

「え、いいの!?」

「今日だけな」

「ありがとう~!運搬師匠かっこいいよ~」


これで俺は体の前後に樽を背負う樽人間になったわけだ。


「にしても大丈夫?50kgくらいない?」

「持たせておいて、今更心配するなよ」


この程度なら難なく歩ける。

そもそも酒場までそこまの距離があるわけではないので、すぐに着いた。


「あれ、師匠が樽に挟まれてる」


先に酒場に着いていたアルカが俺を見て呟く。


「冷たい妹と違って、師匠は優しいんだよ。これぞお兄ちゃん」

「お兄ちゃんはやめろ気色悪い」


酒場の隅に樽を2つとも下ろして、俺たちはカウンターへ向かった。そこにはギルドの制服を着た受付嬢がいる。

そう言えば、メッツ村の受付嬢は元気だろうか。真面目で口うるさく心配してくるので、相棒のレイといつも喧嘩していた。俺たちが負けなければ守れた日常だった。


「こんばんは。今日はどんな御用ですか?」


アオマキ村の酒場に派遣されているギルドの受付嬢に話しかけられ、俺は遠くに飛んでいた思考を呼び戻す。

急にカウンターの前に来て、ぼーっとされたらびっくりするだろう。


「素材の買取をお願いします」


そう言って、エフテルに杭鳥を渡すように示す。


「素材の買取ですね。では、狩人免許を拝見いたします」


と、このようにギルドを利用するときは何かと免許の提示 を求められる。もし免許がなければ、依頼も受けられなければ素材も売れない。

俺が差し出した免許を見て、受付嬢は少し驚いたようだが、特に発言せずに淡々と処理を進めてくれた。

特級狩人がわざわざ危険度2の杭鳥なんかを売りに来た理由を、後ろの2人を見て察したのだろう。もしかしたら、ギルド内で俺の情報も共有されているかもしれない。いずれにせよ、あまり説明はしたくないので助かる。


「はい、確認できました。では、1匹300クレジットで、合計600クレジットになります」

「少なっ!」


受付嬢の対応にすかさず突っ込んだやつがいた。

恥ずかしいからやめてほしい。受付嬢が苦笑している。


「あのなあ、危険度2の獣なんて狩人じゃなくても狩れるんだよ。そもそもお前はその杭鳥を仕留めるのにそんなに労力を使ったか?一瞬だっただろ」

「まあ、それは確かにそうだけども。狩人ってもっと稼げるって聞いてたからさ」

「依頼を受ければ当然依頼料をもらえるし、それに加えて素材の売却金も懐に入る。金が欲しいならさっさと免許を取れ。まずはそこからだ」

「はーい…」


エフテルが納得したのを確認し、ギルドの受付嬢から600クレジットを受け取った。そしてそれを2人に分ける。


「ほれ、300クレジットずつ」

「え?いいの?」


狩ったのは2人なのに何故俺が懐に入れると思ったのか。驚いた顔でクレジットを受け取ったエフテルは幸せそうな顔で微笑んでいる。たった300クレジットでここまで喜んでくれる。安い。


「ありがとう、師匠」


アルカはしっかりとお金を懐に入れて、ぺこりと頭を下げた。


「ふふ、これからも頑張ってくださいね」


その光景を見ていた受付嬢は小さく笑って、お辞儀をした。


「さて、次は工房にいくぞ」


俺が言うと、アルカは素早く樽を背負った。


「荷物は私が持つ」

「なんで急にやる気になったんだ?」

「お金をもらったから」


ふんす、と気合を入れるアルカ。別に俺が金をあげたのではなく、2人の労働の対価として渡しただけなのでそこまで義理立てられるのも困るが、まあ、こいつは行きも帰りも荷物を持っていなかったので、特になにも言うまい。


「さ、行くよお姉ちゃん」

「え、私も持つの?1人で持ちなよー、師匠は持ってたよー」

「お姉ちゃんも300クレジット分働く!」

「うええぇん…」


仲が良いのか、悪いのか。

妹に𠮟咤されながら姉は泣く泣く荷物を背負った。

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