第11話 炸裂機構と不穏な2人

やっとの思いで工房に樽を運んだ2人は、工房に着くなり地面に座り込んでしまった。


「重かった…身長縮んだ…」

「もう歩けない。今日は師匠に家まで運んでもらうね」


エフテルもアルカも筋力がなさすぎる。やはり筋トレは狩人業務の指導と並行して行うべきだろう。あとアルカのことは運ばない。


「お。しっかり持ってきたナ。こんだけあれば武器の1つ2つくらい作れるゾ」


樽の中身を見た工房の看板娘ハカが満足げにそう言った。

樽は早速、ムキムキの職人によって工房に運び込まれる。これから核を抜いて魔燃料とするのだろう。


「そんで、武器種は何にするンだ?一通り作れるゾ。まあ、入門用の武器だけだけども」


最後の一言はぼそりと発言された。まあこちらとしても素材を渡しているわけでもないし、一番スタンダードな鉱石を用いた武器になるとは思っていた。


「武器種ってなに?」


やっと立ち直った2人が工房のカウンターまでやってきた。

ハカが面倒くさそうにしているので、俺が説明することにする。


「狩人の武器はある程度規格化されている。細剣、大剣、槍、槌、針、銃の6種類にな。主に使う武器種が何かは狩人免許にも書かれるから、免許を見ればその狩人の得意武器が一目で分かるようになっているんだな」

「大剣!かっこいいね!」

「お前は絶対持てないぞ」


片手で易々と2mほどの大剣を振り回していたレイを思い出す。果たしてエフテルの細腕で同じようなことができるかと言われると…絶対無理だ。


「実は2人にお勧めの武器種はもう考えていたんだ。今日の狩りを見て、考えた」

「おお、つまり師匠があたしたちにピッタリの武器を選んでくれるということだね?」

「いいね」


興味津々なエフテルと、俺に一任するといわんばかりのアルカ。2人の信頼を感じる気がする。


「まずエフテル、お前は針がいいと思う」

「針!?一番弱そうな武器だと思ってたのに!」


確かに名前だけでは一番どのような武器かわからないものだと思う。だが決して弱いなどということはない。


「針は、矢のような鉄の針と、腕に装着する射出機がセットになった武器種で、小回りが利く武器だ。筋力がなく、素早いお前にはこれしかないと思った」

「え、そんな消極的理由?」


そんなげんなりするな。


「そうではなくて、針は射出機を使わず、針を自力で投擲することも多い。つまり、投擲の才能が必須なんだ」


酒場や草原でエフテルが見せた投擲技術。あんなものを見させられれば、使用武器種は針しかありえなくなる。


「エフテルの投擲技術があれば、間違いなく、最も難しいといわれている武器種である針を使いこなすことができる。俺が保証するよ」

「そこまで言われちゃあしょうがないなあ。じゃ、あたしは師匠の言うとおり針にしようかな」


まんざらでもない表情で俺の右腕を肘でつつきながら、エフテルはハカに伝えた。相変わらず右腕には感覚がないので、何も感じない。


「わかった。ンで、妹の方は何がいいんだ、狩人の旦那」


アルカがやる気なさそうなので、ハカは俺に訊ねる。


「アルカもあの隠密技術を生かすなら細剣一択だと思う。できるだけ刀身は短めの」

「そうだね、私もそう思うよ」

「お、おお。そうか」


これから細剣の魅力を語ろうとしたのだが、本人が同意してくれたので出番がなくなった。


「狩人オタク?」


アルカの一言が俺に突き刺さる。またしゃべれなくなってしまいそうだ。


「んじゃ、針と細剣ナ。どっちも初心者向けじゃないが、ま、狩人の旦那が言うなら大丈夫ダロ」


ハカが注文書のようなものを書いて、裏に持っていった。親方のサインを貰いにいくのだろう。


「ところで思ったんだけど、針と細い剣で、獣とか魔物って倒せるの?針を投げたくらいじゃセルすら倒せそうに思えないんだけど」

「まあエフテルのいうとおり、魔物の体組織は物理的な衝撃に強いから針や細剣では核まで傷つけるのは難しいな。獣の硬い鱗や甲殻も表面を傷つけて終わるだろう」

「ざこじゃん!」

「まあそう言うナ。そのための炸裂機構ダロ」


注文書を2枚持って帰ってきたハカが相変わらずカタコトのイントネーションで話す。


「狩人の武器は、獣や魔物のそういうのを吹き飛ばすために炸裂機構が備わっている…って師匠が酒場で言ってたね」


珍しく口をはさんだアルカがどや顔でエフテルを見下した。今日も姉妹は仲良く喧嘩している。


「で、でも、どんなものか詳しくはあとで説明するって確か言ってたよね!?」


確かにそんなことを言った気がする。


「説明なんていらネよ。見ろ。これが魔燃料が入ったカートリッジ」


ハカが持っているのは3cmほどの瓶のようなもの。本来時間経過とともに固くなり、燃焼能力が落ちていく魔燃料を液体のままにとどめておくことができる代物だ。


「そいつを細剣にイン」


細剣の柄の、カートリッジを差し込む場所に、カシュっという音が鳴るまで押し込む。


「そンで、これでボン!!!!!!!」


ハカが細剣を掲げてスイッチを押すと、刀身の後ろから爆発したように火を噴いた。その推進力のまま振り下ろされた細剣が樽に当たると、樽は跡形もなく粉々に砕け散った。

ちなみに、推進力に負けたハカも吹っ飛んだ。


「ハカァ!!何してんだァ!!」

「スイヤセーン」


工房の奥から聞こえた怒鳴り声は親方のものだろうか。ひっくり返りながら適当な返事をしていた


「と、とまあ、あんな感じで文字通りの爆発的な攻撃力を発揮できるのが、狩人の武器、炸裂機構搭載型武器なんだよ」

「すごーい!これならセルも木端微塵だね!」

「貴重なカートリッジをセルなンかに使うなよナ」


起き上がったハカが注文書を持ってこちらにやってきた。

カウンターの上に差し出された注文書には、発注内容と金額と、親方のサインが書かれていて、発注者のサインをするところが未記入だ。


「サインしてナ。期待の新人だから、とてーも安くしたゾ」


本当だ、かなり安い。街で買ったら下手すれば倍の金額にもなるかもしれない。


「…ひっ」


注文書に書かれている金額を見たアルカが意識を失った。

なんとも大袈裟なやつだ。


「んー?って、150万クレジットぉ!?高いよ!!」

「高くないよ」

「高くないゾ」


騒ぐエフテルに、俺とハカが同時に答えた。


「こんなの、駆け出しがどうやって買うのさ!」

「基本的には、養成所に通っているころから少しずつ支払って、それでも足りない分はしばらく報酬から引かれる」

「じゃ、じゃあ、養成所に行かないで狩人になる私たちは…?」

お、アルカが起きた。

「今払うしかないな」

「あっ」


また気絶した。


「実際問題払えなそだゾこいつら。どうすんのさ狩人の旦那」


金額で慌てふためく2人を尻目にハカが訊ねてくる。


「まあ、俺が立て替えるしかないだろ。武器がないとやっていけないし」

「待って!それって、私たちが師匠に借金をするってこと…?」

「エフテル?どうした…?」


立て替えてもらうことを気にしているというより、別の何かが引っかかっているような、いつもの軽い表情ではなかった。


「お姉ちゃん」


気がつくと、アルカも真剣な顔をしている。


「あ、その、し、師匠は、いつまであたしたちの師匠をやってくれるの?」


何か取り繕ったように気軽そうに訊ねてくる。溢れ出る微妙な空気に、ハカも黙って流れを見守っていた。


「まあ、2人が…というか、ここにいない2人も合わせたら4人か。4人が俺を必要としなくなるまでかな。数年単位になると思うぞ」

「そっ…か…、そうなんだ!」

「お姉ちゃん」

「アルカ」


何かを言おうとしたアルカを遮って、エフテルが俺に頭を下げた。その様子を見て、苦虫を嚙み潰したような表情をしたアルカも、続いて頭を下げた。


「必ず返しますので、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「お、おう、待ってるぞ」


そんなにかしこまらなくても良いのだが、とても茶化せる雰囲気ではなかった。過去を詮索されるのを嫌がっていたようだし、なにかトラウマのようなものがあるのかもしれない。


「じゃ、あとは狩人の旦那と話を進めとくからサ。とりまお前らは帰ったら?」


ナイスアシストだ。ちょうどこのあとの予定はないし、なにが原因でこうなったのかもわからないのにこのまま3人で行動するのは気まずすぎる。


「そ、そうしようかな!ごめんね!また明日ー!」


無理に明るくふるまうエフテルと、少しだけ頭を下げたアルカは、そのまま帰路に着いた。

残されたのは、ハカと俺だけ。


「俺、なんかやっちゃったか?」

「別になンもと思ったケド。ま、2人きりで旅してこの村に流れ着いたんダロ?なんかあったんじゃネ」

「ま、そうか…」


俺だってこの村に来るまで色々あったわけだし、あの2人にも、そりゃあ色々あるだろう。


「マ。金払ってくれたらいいヨ」

「あ、うん、そだな。ちょっとギルドから金もらってくる」


流石に大量のクレジットを持ち歩くわけにはいかない。狩人免許を証明として、ギルドでは金を預かってくれるのだ。預かってもらっている金額に応じて免許に色のついたバッジがつけられる。それと引き換えにお金をもらうのだ。


「300万クレジットだな」


一応、自前の武器を売り払ってできた金にはまだ余裕がある。しばらく返済は待てるだろう。本人たちには言わないが、なんなら返さなくても良いとまで思っている。

俺は酒場の受付嬢から300万クレジットを受け取り、それを工房に支払った。

村に帰ってきたときは夕方だったが、後処理をしていたらもう夜だ。


「とりあえず家に帰るか」


少し休んでから酒場で夕食としよう。

そう考えて、この村の粗末な我が家に向かう。

途中で、自分の家があの姉妹の隣であることを思い出す。

何か気まずい。

何も悪いことはしていないのだが、つい足音を消して歩いてしまう。

そんなことをしていたからだろうか。まあ、家の作りが粗末だからなのだが、姉妹の家から会話が聞こえてきた。


「アルカはさ、師匠のなにが気にいったの?」


俺の話だ!

思わずより息をひそめて、その場にとどまってしまう。


「特に気にいったということはないよ。…いや、噓、なんかあの人は大丈夫な気がする」

「ちょっと分かるよ。でも………」


今でさえギリギリ聞こえているので、声のトーンを下げられると聞こえなくなってしまう。


「お姉ちゃんこそ、何考えてるの?同じ間違いを繰り返すつもり?やっと自由になれたのに」

「あたしも同じ。アルカと同じで、あの人を甘く見てしまったのは事実。でも、贔屓目を除いても、今度は大丈夫な気がするんだ」

「根拠はないけど、それは私も同意する。だからこそ頭を下げたわけだし」

「そうだよね。ごめんね、急に決めて…………」

「仕方ない。狩人になるってきめたのは私たちだから」

「ありがとう、でも…………」

「それは今更」

「あはは、たしかに」


そこで会話は終わったようだった。

よく分からないが、俺は悪くは思われていないらしい。

…でもまだ家には帰りにくいな。先に夕食にするか。

俺は来た時と同じように足音を殺して、酒場へ向かった。

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