第36話 森の親玉、炎愛猿を狩れ②
街道に戻ってくると、もはや夕方だった。
「流石に夜の戦闘は避けたい。今夜はここで過ごして、明日実行しよう」
馬車の中からテントを引きずり出し、地面に設置…したいのだが、流石に片手では厳しいな。
「お手伝いいたしますわ」
すかさずやってくるカーリ。
「というか、お師匠さんは何もしなくていいぞ。これは俺らの依頼なんだから」
コウチもテント設営に加わってくれた。この2人はエフテルやアルカよりも狩人歴が少し長いので、こういう作業も手馴れている。
「お前らは泊まり込みの狩りは初めてだもんな」
せっせと晩飯の用意をしているエフテルとアルカに声をかけた。
「そだね。いっつも近場での狩りだったからねえ」
「これから、狩人等級を上げるために実績を積むことになる。そのためには色んな地方に行くこともあるだろうから、こういうのにも慣れなきゃな」
「あたしとアルカなら大丈夫だよ。一時期野宿とかもしてたんだよね」
「そうなのか」
出た。エフテルとアルカの謎の過去。街に住んでいたとばかり思っていたが、野宿をしてたこともあるとは…?
どうせ聞いても答えてくれないので、俺がもやもやするだけだ。
「てかさ、料理するのに火って使えないよね?」
「そのとおりだな」
火好猿が周りにいるのが分かっていて火を使うのは自殺行為だ。
「そこで、これを使う」
俺は丸い容器に鉄板が乗ったような器具を取り出した。
「なにそれ?」
「これは中に固形の大きな魔燃料を入れて鉄板で蓋をすることで、ゆっくりと燃える魔燃料の熱で料理ができる優れものだ。これなら火の手は上がらない。煙も僅かだ」
「へえ、すごい。お嬢様~カートリッジ貸してよ。燃やすから」
「そんなことに使わないでくださる!?」
貴重な特注カートリッジを料理の燃料にしようとするな…。
俺は拳より大きい魔燃料をゴロリと入れて、火をつけた。これで暖かくなるのを待つ。
「アルカ、準備ができたから、そろそろ頼むぞ」
「む、任せてほしい」
アルカは得意のナイフさばきで食材を刻み終え、料理もする気満々だ。食べることに並々ならぬ拘りがある彼女は作ることもできるらしい。
「テント、張れたぞ」
街道よりも川沿いに、大きなテントが張られた。俺は先ほどの調理器具をテントの中に運び込み、アルカも食材を持ってテントに入る。他のメンバーも続々とテントに入り、皆で料理を囲むようにして座った。
並びはいつも通り。カーリ、俺、アルカ、エフテル、コウチ、カーリ、のような輪だ。
「結局今日は完全に無駄骨だったよねー」
エフテルが愚痴る。
「気持ちはわかりますけども、わたくしは正直、貴方のことを見直しましたわ」
「はあ?」
「冷静な撤退判断を下せることは、とても難しいことですのよ。養成所でも口ずっぱく教わることですけど、実践できる者は多くない…実践できなかった者から、命を落としていくのですわ」
「なるほどねえ。ま、あたしらは元々そういう世界で生きてきたから、慎重なのも職業病…」
「お姉ちゃん」
「っと、喋りすぎか。珍しくお嬢様が褒めたりなんかするから口を滑らせちゃったよ」
姉妹以外の3人は首を傾げるばかりだ。
「できたよ。炒めただけの簡単な料理だけど」
「いやすごい、うまそうだ」
最悪調理しなくても食べられる燻製肉と、野菜類を持ってきていたが、それがこんなにきちんとした料理になるとは。
「師匠、今なら頭を撫でてもいいよ」
アルカが頭を差し出してくる。
「ま、また今度な」
「コウチくんのことは撫でてたのに…!」
勘弁してくれ。女の子に触れるなんてまだまだハードルが高すぎる。
「じゃあさ、今回の依頼を無事に達成して、一番活躍した人が師匠に好きなことをしてもらうってのはどうかな!?」
またこういう余計なことを言う…。
「いいですわね!」
そして賛成する…。
「それがモチベーションになるなら良いんじゃないすか?ま、誰が一番活躍したかで揉めそうだけど」
コウチは自分が関係ないからと高を括っている。
「まあ、分かった。じゃあ、俺がMVPを決めるから、選ばれた人は1回だけ何かする権利を与える。これでいいな?」
「やった…!」
「やりましたわー!!」
ふ、つかの間の喜びを嚙み締めろ。俺の予想ではとどめはコウチが刺すことになるだろうから、俺はコウチを選ぶ。そうすれば変なことは起こらない。
そんな雑談をしつつ、食事を終えて。
「じゃあ、順番で見張りながら各自休めよ。最初は俺が見てるから、4人とも寝てていいからな」
「ちょっと待てお師匠さん、それはまずいだろ!」
テントから出ていこうとした俺をコウチが止めた。
「何がまずいんだよ」
「男女!同衾!!」
あーそういうことね。まあ、養成所に通っていたのはカーリだけみたいだし、そういう経験もないか。
「いいかコウチ、狩場ではそんなことを気にしない。浮ついたことを考える余裕なんてないだろ?」
「いやまあ、そりゃそうだが…」
コウチは不承不承ながら了承してくれた。テントに戻る。
「あたしらはちょっと無理かなー。テントの外に寝させてね」
今度はエフテルとアルカだ。
「いや、コウチを信頼してやれよ。俺もいるし、間違いは起きないよ」
「そういうんじゃなくて、あたしら他人と一緒に寝れないんだよね。だからお嬢様も無理。師匠だって、申し訳ないけどギリギリ無理だよ」
「私は…師匠ならギリギリセーフ?」
「アルカはそうなんだ。でもまあ、そういうことだから。師匠が見張りをしているときは、2人で外で寝させてもらうけど、それ以外は必ずどっちかは起きてるようにするから。ごめんね」
有無を言わさず毛布を持って2人でテントから出る2人。
うーん、これはどうしようもないやつだなあ。
「じゃあせめて、馬車で寝ろ。地べたじゃ疲れが取れないだろ」
「えー…」
「誰も近寄らせないし、俺も近づかないから」
「それなら…お言葉に甘えますかあ」
「ありがと、師匠」
こうして姉妹は馬車の中に入っていく。
まだ寒くも暑くもない季節だからいいものの、これからどうするべきだろうか。
「テント、2個必要なのか…」
面倒だが仕方ない。今回知れて良かったとしよう。
「じゃ、皆おやすみ」
そうして見張りを始めるのだった。
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