第35話 森の親玉、炎愛猿を狩れ①

炎愛猿のおさらいをしよう。

火好猿を束ねるボス猿だ。

背中から頭にかけて炎のような赤い毛が生えており、体長も火猿よりも一回り大きい。

爪がやすり状になっており、乾いた木を利用して火を起こすことができる。魔物の体組織に火をつける攻撃を行うことがあるので注意が必要だ。


「最近魔物はアオマキ村の周辺では見ないが、この辺にはいるはずだ。炎愛猿の魔物を利用した爆破攻撃は、こっちでいう炸裂機構のようなものだ。絶対に食らうなよ」


全員が頷いたのを確認して、俺はポーチからカートリッジを出した。なんだかんだ最初に貰った10本は使い切っていたので、新たに工房のハカからもらった7本が今回使える炸裂機構の回数になる。

カーリの回転刃は特注のカートリッジを使用するので、通常のカートリッジは不要だ。


「カートリッジは7本ある。これをどう分けるかは、お前らで決めてくれ」


アドバイスを求められれば応じるが、基本的にはこいつらの意見を尊重しようと思う。


「うーん、あたしは少なめでいいかな。コウチくんの攻撃力が一番高いんでしょ?んじゃコウチくんが沢山持つのがいいんじゃない?」


エフテルが言う。

コウチは首を横に振って、カートリッジを1本だけ手に取った。


「槌は攻撃力は大きいが、隙が大きい。ここぞという時の1発で十分だよ」


確かに、1撃で敵を沈めるパワーはあるが、外した瞬間反撃を覚悟しなければならない、ハイリスクハイリターンな技ではある。


「じゃあ、アルカが3本持つ?隙を見て、叩き込む感じで」


球吐き鳥戦ではアルカの炸裂機構にエフテルは窮地を救われている。同じようにチームメイトの危機を救うことができるならば、カートリッジを多めに持つ価値はある。


「で、あたしも3本…?いやでもやっぱあたし3本もいらないって思うんだけど…」


今のところ、話し合いの結果、コウチが1本、アルカが3本、エフテルが3本?となっているところだ。


「ねえ師匠、どう思う?」

「まずカーリに聞いてみたらどうだ?コウチのことはカーリの方が詳しいだろ」

「えー…」


露骨に喧嘩することはなくなったが、やはり2人の仲は悪い。

それにカーリがずっと黙っているのも気になっていた。自分のカートリッジが他の3人と違うからと言って黙る必要はない。


「だってさ、お嬢様。どう思う?」

「そうですわね、今回は罠も持ってきていますし、コウチも2本持つべきだと思いますわ」

「分かった、じゃあ俺も2本持つよ」


これで決定かな。

奇しくも俺が思っていた個数と同じになった。

エフテルが2本、アルカが3本、コウチが2本、カートリッジをポーチに入れた。


「そういえば、カーリのカートリッジはどれくらいあるんだ?」


途中で燃料切れしてしまえば、戦力ダウンどころか下手すりゃ戦力外だ。


「2日戦えるくらいは持ってますわよ。回転刃の命とも言えるものですので」


それを聞いて安心した。


「よし、皆、準備はいいか?」


それぞれがもう一度ポーチの中身を確認する。武器も見て、防具の着け心地を確認する。


「よし、行くぞ」


俺たちは路肩に止めていた馬車から下り、目的地へ向かった。


§


相変わらず街道は川と森に挟まれている。

目的地は、森から上がっている煙の発生源だ。

この辺では炎愛猿による犠牲が出ていることは周辺で注意喚起されているので、人間はいない。ということは、あの煙は炎愛猿が起こしたものとなる。

相手は猿なので、木の上の注意も必要だ。

カーリを先頭に、コウチ、エフテル、アルカと続く。


「kyaaaaaaa!」

「ふんっ!」


木の上から飛び降りてきた火好猿は、地面に着地することなくカーリの回転刃に当たり、致命傷を負って地面に転がった。そしてそのままとどめを刺される。


「お嬢の反射神経えぐいっすね…」


コウチに同意する。

火好猿の襲撃はかれこれ5度目ほどだが、その全てに反応して回転刃を叩き込んでいる。森に入った当初はコウチが最前列だったが、交代したのはそういう理由だ。


「セル、ひさしぶりに見た~」

「スライムかわいい」


エフテルとアルカなんかはやることがないので、遠くを這っているセルを眺めて雑談していた。

まあ、遠くのセルを見つけられるということは見張りとしては機能しているということなので文句は言わない。


「ただ、何度も火好猿が襲ってきているのが気になりますわね」

「なーにが気になるのさ、お嬢様は」

「いえ、この襲撃は2パターンが考えられるということですわお馬鹿さん」


エフテルのにこやかな顔に青筋が浮かんでいる。


「こっちの位置が既にバレてるんじゃないかってことでしょ。貧乏人のあたしでもそんなこと分かりますよ~」


頭の良いカーリと、実は頭の良いエフテルが喧嘩しながら有意義な会話をしている。


「さて暇そうなアルカに俺から問題。カーリが言った2パターンって何と何だと思う?ヒントはエフテルが言った言葉だ」


俺に訊ねられて、アルカはきょとんとしている。これは頭が回っていないな。


「今までの火好猿は哨戒兵で、それに見つかっているのか。または既に俺たちの存在が炎愛猿にバレていて、刺客を差し向けられているのか、っていうことか?」

「コウチの言う通りですわ」


俺の質問にアルカではなくコウチが答えてしまった。

だが、そのとおりだ。

火好猿が賢いように、炎愛猿はもっと賢い。下手すりゃ人間よりも頭がいい。


「そうなると、疑ったほうが良いことがあるよね。分かるかな?お、じょ、お、さ、ま?」


どーーーーーーしてそんな喧嘩腰なのか。まあ、カーリならばこの程度相手にしない。

顎に指をあて、真剣に考え込む。


「あ、なるほど。煙の位置に炎愛猿がいないかもしれない…?」

「それだけじゃあ赤点じゃない?もしかしたら罠かもって言ってるんだよ」

「罠か…」


俺もカーリのように考える。

確かに炎愛猿は人間を罠にかけたりする生き物だ。

しかし、それを疑い出すと、今度は広大な森の中を闇雲に探す羽目になる。もしくは引き返して、街道で待つか。


「師匠?」


アルカの声で気がつくと、全員が考え込んでいた俺を見ていた。


「そうだな、俺は今回もあくまで指導役だから、意見を言うことはできる。だが、最終的な決定はお前たちがするんだ」


皆が頷いたので、俺は指を三本立てた。


「これから取れる選択肢は3つ。煙の発生源まで行くか、引き返すか、おびき寄せるか」

「おびき寄せるなんてことができますの?」

「簡単だよ、奴らの習性を思い出せば。ここで火を起こせば、皆寄ってくる」


所詮は獣だ。頭がいいとはいえ、自らの習性には逆らえない。


「まあ、炎愛猿は自分で火を起こせる分、火に対する執着は他よりかは薄いが、充分効果はあると思うぞ」

「なるほど、流石お師匠様!名案ですわ!」

「それがそこまで名案でもないんだこれが」


実はこの作戦、重大な欠陥がある。


「ここで火を起こせば、当然ここに火好猿が大量に集まる。四方八方からやってくるそいつらに対処できるか?」

「あー…」


全員が黙り込んだ。

ここまで進むのも、カーリの反射神経頼りだったところがある。それ以上の襲撃を防げるのかと。


「よし、街道まで引き返そ」


エフテルが手を叩いて言った。


「そんで、街道で火を起こそう。そしたら警戒する方面が森側だけでしょ」

「お師匠さんの折衷案だな。俺は賛成」

「お姉ちゃんに賛成」

「皆様がよろしいなら、わたくしも構いませんわよ」


全員の意見が一致したので、一度街道まで戻ることとなった。

すでに2時間ほど森を進んだあたりだったので、帰るのにも同じくらいの時間がかかる。

俺はここまで来たことは無駄骨だとは思わない。

引き返すという選択肢が取れることが分かっただけで、こいつらの自分の身を案じる意識を知れたからだ。

無事に帰るためだ、焦らずに行こう。

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