第34話 新たな出発の儀

夢を見た。

何か強大な獣…いや、魔物…?

よく分からない恐ろしいものに襲われる夢を。

俺の教え子たちが1人ずつ動かなくなっていく。

そんななか、俺だけが生き残ってしまう夢。

目覚めは最悪だった。


「なんかの暗示か…?」


ベットから起き上がった俺は汗でびっしょりと濡れていた。右腕の包帯もほどけている。

今日はエフテルたちにとって、特別な日だ。 

そんな日にこんな夢を見るなんて…。


「充分に勝てる相手だ。俺が信じなくてどうする…」


この村の専属狩人は全員ウエカ村長に呼び出されている。指導役である俺だけは、昨日のうちに話の概要を既に聞いていた。

俺は冷たい水で顔を洗ってから、集合場所である酒場に向かうことにする。

メッツ村での最後の日を思い出す。

いや、今回はそうはならない。させない。


§


ウエカ村長に呼び出されたのは俺と、4人の5級狩人たち。


「街道に炎愛猿が出た。これを討伐してもらいたい」


いつものにこやかな表情ではなく、硬い表情で告げるウエカ村長からは、その真剣度合いが伝わってくる。


「あそこに陣取られると、このアオマキ村への陸路が封鎖される。それに既に商人が何人もやられているし、近隣の村にも火好猿の被害が出てもいる。一刻も早い解決が望まれるんだ」


このように、村の存続に直結するような、専属狩人には受けることが義務付けられている依頼がある。それが緊急依頼だ。

もちろん力量不足と判断される場合は他の狩人に応援を出すこともあるが、こういう事態に対応するのが専属狩人の役目だ。


「やってくれるね?」

「はい!」


皆それぞれ言葉は違うが、力強く頷いた。

酒場で依頼を受けて、いつも通り狩りに使う道具は荷車に…といいたいところだが、今回の狩場は少しだけ遠い。

馬車で数日かかる場所なので、荷物はそのまま馬車に積むことになる。

4人でワイワイ荷物を積み込んでいる様は、これから緊急依頼に向かうとは思えない気楽さだ。


「なんだか皆、まるで俺が依頼を出すことが分かっていたかのようなスムーズな動きだね?準備に1日使うことになると思ってたよ」


村長が俺に訪ねる。


「炎愛猿が出たのはわかってたからな。前もって準備をして、いつでも出られるようにしてたんだ」

「わかっていたのかい?それまたどうして?」

「この間たまたま村から出たときに、草原の遠くで煙を見た。あれは何かが燃えていた煙だった。あんなところで人間が火を起こすはずがないから、火を好み、自ら火を起こすことができる獣、炎愛猿が草原に出たんだなって思ったんだよ」


ストーンベリー採取依頼のときに見た煙は炎愛猿のものだったのだ。

この4人の次の相手にちょうどいいと思い、最初から炎愛猿の依頼を受けるつもりでいたのだ。まさか緊急依頼になるほど事態が切迫しているとは思っていなかったので、早めの準備が功を奏したことになる。


「ほんと、流石特級狩人だよね、我が狩人くんは。頼りになるよ」

「いいや、俺にできるのは情報収集と予測だけだ。結局戦うのはあの4人なんだから」


村から借りた馬車に、荷物を積み込んだり、各々準備をしている4人を見る。

俺は戦えない。口を出すことしかできない。


「今回の炎愛猿は、球吐き鳥と同じ危険度3の獣だが、かなり手強い獣だ。全員が無傷で帰ってこれる保証はない」


炎愛猿の周りには火好猿の群れがいる。つまりは危険度3の獣と危険度2の獣の群れを同時に相手取ることになるのだ。


「そう、か…」


村長が神妙な顔で俯く。

どうしても考えてしまう。

狩りとは危険なものなのだ。俺たちは、“双極”は、うまくいきすぎてその意識が希薄になっていたのかもしれない。その結果が、この右腕だ。

今日見た夢は、きっとそのことを思い出させてくれたのだ。

だからこそ、俺はこいつらの指導役として、死んでもこの4人だけは守り通す。そのためにあの日生き残ったのかもしれないとさえ思っている。


「あのさ、勝手にそういう不吉な話しするのやめてもらえないかな!?」


いつの間にか、俺と村長の間にはエフテルがいた。両手を腰に当てて、怒ったような仕草だ。


「昨日は、お前らならやれる、とかなんとか、盛り上げてたくせに、どうして土壇場でそんなに不安そうにしてるのかな。なんかあったの?」


余程俺が暗い顔をしていたらしい。俺がモチベーションを下げてどうするのか…。


「いやな、ちょっと悪い夢を見たんだ」

「いやいやいや!悪い夢を見たくらいでそんな顔しないでしょ!」

「うーん、まあ、な…。今回は全員が無傷で帰ってくることは難しいだろうなって思った。勝てるとは思っている。だが、かなり苦戦はするはずだ」

「怪我を怖がってる人なんてこの4人にはいないよ。ちょっとあたしらを甘く見すぎなんじゃない?」


エフテルが笑いながら俺のことを軽く殴る。

村長が笑った。


「ははは!そうだね、うちの自慢の狩人くんが指導した、これまた自慢の専属狩人たちだ。負けるはずがないね!」

「まあ、な…」

「ほおら、我らが狩人くん。ただの危険度3の獣くらいなんてことないだろう、うちの専属狩人たちは!」


今度は村長にバシンと背中を叩かれる。俺は普通に吹き飛んだ。


「そう、だな。そうだよな。たかが炎愛猿。お前らならやれるさ、昨日の言った通りだ。ああ、何も問題はない!」


俺は地面から立ち上がりながら、わざと大きな声を上げた。

何を弱気になっていたんだ。

ちょっと不吉な夢を見たくらいで、自分とエフテルたちを重ねてしまって…。


「元気出たね、良かった」

「朝から浮かない顔でしたものね」

「てっきり俺らが何かやらかしたのかと思っちまったよ」

どうやら弟子たち全員に心配をかけてしまっていたようだ。

「悪いな。正直に言うと、緊急依頼にビビってた。俺がこうなったのも、緊急依頼だったんだ」


右腕の包帯をほどく。

相変わらず人間のものとは思えない真っ黒な腕が姿を現す。これを初めて見たメンツが息を吞んだのが分かる。


「いいか、昨日言ったとおり、お前らなら勝てる。だが、勝ったからといって、俺みたいに再起不能になっちゃいけない。各自、自分の身を守ることを最優先にしてくれ」


これは狩人の先輩として、絶対に伝えたいことだ。例え今回敗走したとしても、リベンジのチャンスは必ず来る。生きてさえいれば、狩人を続けてさえいれば挽回はできるんだ。

全員の顔を見渡す。

皆受け止めてくれたようで安心した。

全員やる気は十分、恥ずかしながらナーバスになっていた俺も、みんなのおかげで立ち直ることができた。


「よしアルカ、あれやるか」

「やっていいの!?」


気分を盛り上げるために、力を借りるとしよう。


「ただし、音頭は俺が取る」

「うん、分かった。任せる」


アルカはウキウキしながら手を前に出し、コウチも心なしか嬉しそうに手を前に出してアルカの手に重ねた。

エフテルは球吐き鳥のときに一度やっているので、にやにやしながら手を重ねる。カーリはよく分かっていなそうだったが、空気を読んで、手を重ねた。

俺は敢えて、動かない右腕を最後に一番上に重ねた。


「我ら“四極”、今宵も無事に笑いあえるように、必ず帰るぞ!準備はいいか!レディー!?」

「ゴー!!」


全員で叫んだ後、爆笑。


「なんだよ!元よりはかっこよくなっただろ!?」

「うーん、まあまあ」

「俺は好きだぜ。お師匠さんらしい」

「こういう円陣って、燃えますわね!」

「結局、今宵もレディも残ってるのめっちゃウケる、あははは!いてっ!」


一番笑っているエフテルは1発殴っといた。さっきの仕返しだ。


「ところで、“四極”っていうのは、まさか、私たちのチーム名ですの!?」

「あ、ああ、まあな。“双極”の弟子だし、4人いるし…安直だったか…?」


よくよく考えたら勝手に名付けたのも申し訳なかったかもしれない。


「ううん、すごくいい。なんていうかな、師匠の思いみたいなのを感じるよ」


エフテルが、珍しく真面目な表情で、笑いかけてくれた。

全員笑顔だ。一人興奮しすぎて鼻息が荒いお嬢様もいるが、俺が名付けたチーム名は受け入れてもらえたみたいだ。


「チームリーダーはあたし?」

「そこは要検討で」

「なんでー!」


気合は十分、緊張も解れた。

これから向かうのは俺がアオマキ村に来る前に火好猿と戦った街道の延長線上。つまり、あの群れのボスの可能性が高い。

今度はきっちりと狩ってやる。

俺たちは馬車に乗り込み、狩場に向かう。


「って、おい。全員乗り込んだら誰が馬車を引くんだよ」

「…?」

「分かったよ!俺がやるよ!」


師匠と呼ぶくせに、扱いは雑用係だ。


「いってらっしゃーい!待ってるよー!」


ウエカ村長の見送りを背に受けながら、俺たちは今度こそ狩場に向かうのだった。

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