第28話 寄るな危険な大茸②

幸い、コウチが動けない間に襲ってきたのはコウチを死体だと勘違いした杭鳥くらいだった。その杭鳥もカーリによってミンチにされた。


「すまない、足を引っ張った」


苦しい表情で言うコウチは、既に自由に動けるほどに回復している。


「わたくしに感謝するべきですわね」

「ああ、ありがとう。俺の動きが悪かったばかりに…」

「はい、とりあえず反省は後でよろしくてよ。お師匠様から何か聞いたのでしょう?」


私生活ではカーリの方がしっかり者だが、案外狩場では逆転するのかもしれない。これまた良いことを知った。

3人で茸人のいた場所に戻ると、まだそこには巨大なキノコが鎮座している。


「コウチ、さっき言った通りだ。いけるか?」

「やらせてくれ、このままじゃただの足手まといだ」


そんな思いつめなくても…とは思うのだが、やる気があることはよいことだ。


「わたくしはここで見ていればよろしいんですのね?」

「ただ、茸人が逃げ出したら追いかけるんだぞ」

「分かりましたわ」


カシュっというカートリッジが装填される音がする。コウチが槌に装填したのだ。


「じゃあ、いく!」


目いっぱい息を吸い込み、呼吸を止めながら茸人に肉薄する。

茸人の傘が胞子散布しようとまた膨らむが、もう遅い。


「ッ!!」


炸裂機構を作動させたコウチは、反動で吹き飛ばないように必死に踏ん張っている。

茸人に向けているのは殴りつける部分ではなく、炸裂機構により炎が噴き出す部分。

本来はその炎を推進力に攻撃力を増加させる炸裂機構だが、噴出口を敵に向ければ火炎放射のようなこともできる。


「!!!」


茸人には口がないので声は発さないが、傘の部分に致命的なダメージを負い、怯んだのは分かった。

大きなキノコからにょきっと手足が生えて、走って逃げようとする。


「お手柄ですわね、コウチ!」


事前に打合せしていたとおり、逃げようとした茸人の足の部分にカーリの回転刃が触れた。

巨体に対して細い足がちぎれ飛び、その場に転倒する。

熱により、変形してしまった傘は、なんとか胞子を吹き出そうと収縮と膨張を繰り返しているが、うまく胞子を吹き出すことはできない。

結果、ジタバタと手を振り回すだけの茸人がそこにはいた。


「へっ、まな板の上の鯉だな」


コウチが汗を拭いながらこちらにやって来る。


「ところでこれ、どうやれば死にますの?」

「そうだな、縦に裂いてくれ。それで動きが止まる」


カーリの回転刃ではなく、ナイフで頭頂部から股まで切れ込みを入れる。内臓もなく、ただ身がぎっしりと詰まっているだけだ。


「これ本当に獣…というか生き物なんですのよね…?魔物なんかよりよっぽど不思議生物なんですけども…」


俺もこいつがどうやって生きているのかは知らない。きっと街の学者が研究しているんじゃないかな。


「さ、こいつを荷車に積んで持って帰るぞ。お楽しみの時間が待ってる」

「200万クレジット、俺とお嬢で割っても100万クレジットか!」

「なるほどですわ?」


流石に嬉しそうなコウチと、相変わらずそこまでピンと来ないカーリ。


「悪いが、1割は俺の給料として天引きさせてもらうな…」


申し訳ないが、そういう契約だ。


「いや、1割でいいのかといいたいくらいだ。指導役ってのはこんなに助かるんだな。お師匠さんがいなきゃ討伐できなかった」

「それは持ち上げすぎだ。対処方法なんて調べれば出てくるし、ああいう応用なんかそのうち出来るようになっていくものさ」

「いいえ、お師匠様はすごいんですわよ!」

「そ、そうか?」


こっちのペアはやたら俺をよいしょしてくるな。調子に乗りすぎないように気を付けないと。

ともかく、俺たちは依頼目標である茸人を討伐することに成功した。

もはや動かず、巨大なキノコとなり果てたそれを俺たちは3人で、苦労しながら村まで運んだのだった。


§


村に帰ってきたのはいつもどおり夕方だった。

荷車に載っている茸人が非常に重いため、酒場に直行する。


「あれ~今お帰りですか~?」


酒場に入った瞬間、人を小ばかにしたような声がかけられた。

なんか朝もこんなことがあったな…。


「無視ですわ」


朝のように喧嘩にはならないようで安心した。

絡んできたエフテルも不服そうだ。

今日もアルカは黙々と大量の飯を口に運んでいる。


「わたくしたちもお師匠様と危険度3の獣を討伐しましたの。つまり、あなた方と条件は同じ、というわけですわ。もう何も焦ることはありませんの」


えー、そんな理由で朝は喧嘩してたの。


「えー、でもお、一緒に狩りに行った回数なら、あたしたちは何十回もあるけどなあ」

「大切なのは回数ではなく密度。お師匠様と濃密な時間を過ごしたわたくしはその程度の煽りで怒ったりはしませんの」


濃密だったか?

そのとき、カチャーンと皿に食器が落ちる音がした。

アルカが無表情情を浮かべて固まっている。


「し、師匠と…濃密な時間を…?」


よく見ると目じりに涙まで浮かんですらいるように見える。


「ほらアルカ!どうせ噓だよ、安心して!あたしらのほうが師匠と仲良しだから!いつだって金持ちはうそつきでしょ?ね!?」


必死にエフテルが慰めなのかフォローなのかよくわからないが焦っている。


「うん、うん…」


アルカは何かに納得したようで、何度も席で頷いた。そして、席を立ち、カーリをビシッと指差した。


「今確信した。お前は敵だ」

「いや敵じゃねえよ!!」


思わず俺も大声で突っ込んでしまった。


「お師匠さん、あんた女たらしだったんだな」

「誤解だ!俺は何もしていない!」


薄々気が付いていたが、アルカが俺に向けている感情は中々にでかい。それが信頼なのか、何なのかは分からないが、やたらと懐いている。

それが今回、カーリというライバルが現れたことで牙を剝いたということか。

エフテルはカーリがお嬢様であることが気に入らない。

アルカはカーリが俺を慕うことが気に食わない。

なんだこの姉妹、カーリと仲良くできるビジョンが見えない。


「?」


ポンと肩をたたかれた。

振り向くと、妙な笑顔のコウチがいた。


「罪な男だぜ」

「ぶっとばすぞお前」


何はともあれ、茸人の精算を済ませてしまおう。

ずっとオロオロしながらこっちを見ているギルドの受付嬢がかわいそうだ。

がるがる言っているアルカと、それを窘めているエフテルをさておき、俺たちはカウンターに向かう。


「おめでとうございます、見事茸人を討伐したんですね」


受付嬢がカーリとコウチに言う。

当然受付嬢も茸人がレアであることと、報酬が高いことは知っている。


「素材は全て買い取りでよろしいでしょうか?」


素材は武器や防具には使えないが、自分で喰う狩人もいる。


「お嬢、買い取りで構わないよな?」

「ええ、問題ありませんわ」


だがこの2人は不要のようだ。


「では、これから査定しますので、少々お待ちください」


例のごとく茸人は酒場の裏に運ばれ、解体される。

今回は傘は焼いてしまったため価値が落ちてしまっただろうが、逆に身の部分は傷つけていないため、良い値段がつくだろう。


「エフテル、アルカ、これ以上喧嘩するようなら、俺は怒るからな」


前もって釘を刺し、俺たちは姉妹とは別の卓に着く。


「師匠、こっち」


アルカが誘ってくるが、今日はコウチとカーリの狩りの帰りだ。指導役として最後まで責任を持つ意味でも、今回は遠慮した。

少し待っていると、受付嬢に呼ばれる。

茸人は内臓などもないため、見積もりも早いのだろう。


「依頼料と合わせて、280万クレジットとなります」

「はああああああああああ!?」


酒場にエフテルの叫び声が響いた。


「え、あんなでかいキノコを狩ってきただけで約300万クレジット!?」

「そうだな、身がうまくて、高く売れるんだ」

「朝に師匠がはぐらかしてたのはこれか!どうして連れてってくれなかったの!」

「お前らは昨日初めての大物狩りを果たしたんだ。2日連続はまだ肉体的にもキツイだろ」

「でも300万クレジットあれば借金も返せたのに…!」

「うぐっ、ひっく…」


俺に詰め寄るエフテル、ガチ泣きするアルカ。

相変わらずこの2人の金銭への拘りはすごい。


「今回の茸人も、一歩間違えれば命を落とすかもしれなかったんだ。万全の状況じゃない2人は連れていけなかった。頼む、わかってくれ」


コウチが少しうつむく。もう少し胞子を吸っていれば、呼吸器すらも麻痺して死んでいたかもしれなかったのだ。

その雰囲気を察したのか、エフテルは渋々引き下がる。


「次、なんか美味しい依頼があったらあたしらも行くからね。絶対だからね!!」

「師匠、約束」

「分かった、約束な」


茸人は滅多に見つからないだろうが、他にも比較的割が良い依頼というものはあるにはある。今度埋め合わせに連れて行くとしよう。

俺たちがギャーギャーやっているうちに換金手続きは完了したようだ。2人とも現金化せずに、ギルドに預けておくことにしたらしい。狩人免許にバッジが光る。


「1割で良いんだったな?」


コウチが俺に報酬の1割を渡してくる。

これが指導料というわけだ。

エフテルとアルカの視線が痛いので、すぐにギルドに預けた。

微妙な空気が流れているので、2、3度手を叩いて場をリセットした。


「さ、明日は4人でミーティングだぞ。集まる場所は、この酒場にしよう。いいか?」

「良いですわ」


髪をかきあげて返事をするカーリ。他の3人も了承した。

この様子だと、明日の顔合わせも荒れるだろう。

ひっそりと溜息を吐き、改めて4人の顔を見渡したのだった。

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