第29話 村に対する狩人の役目

酒場で解散したあと、俺は真っ直ぐに家に帰らず、村の中を見て回っていた。

元々開拓村として一から創られたアオマキ村だ。俺がここに来てから早数ヶ月が経過するが、その間にも目覚ましい発展を遂げている。

仮住まいのテントがたくさん並んでいたところも、今はキチンと木造の家が建っている。俺たちの家と変わらない質素な家だが、テント暮らしとの差は大きい。

一通り住居を作り終えた今では、港を整備しているらしい。いつしか村長が海の向こう、砂漠の村との交易について話をしていた。そのための準備だろう。


「俺はまだ、何もできていないな」


こういう時、いつも動かなくなってしまった右腕を強く握りしめる。相変わらず感覚はない。

本来であれば、もっと狩人が村の発展に貢献するべきなのだ。

もっと狩りに出て、獣や魔物の素材をギルドに売れば、村は潤う。ギルドが狩人から素材を買い取っているように見えるが、あれは買取と査定を代行しているに過ぎない。手数料はギルドに取られるものの、素材は村のものになる。例えば今日の茸人なんかは高値で売れるため、街や他の村へ売りに出され、この村の良い収益となるはずだ。

勿論、焦るつもりはない。

あの4人は5級にしては筋が良いものの、まだまだ新人だ。焦って強敵に挑めば、その先にあるのは死…良くて引退。そんな未来は誰も望んでいない。

ウエカ村長は急かすようなことはせず、ただ俺を信じてくれている。

俺はそれに応えられるよう、これからも指導を続けて、早く弟子たちを一流の狩人にしなければならない。

そのための、目下の課題は、


「仲の悪さだよなあ…」


アルカはま分かる。あの子はカーリに嫉妬しているだけだ。

問題はエフテルだ。あいつのカーリへの反応は、まるで初対面とは思えない。とはいえ、カーリに面識はないようだから、一方的に知っているだけだろう。

その辺はあの姉妹の過去が関係しているのだろうが、そういう情報は一切教えてくれない2人だ。原因究明には骨が折れる。

せめて普通に連携が取れるくらいまでには関係修復を図りたい。


「どうして嫌われているか、心当たりがあったりはしないのか?」

「…流石お師匠様、私に気付いていらっしゃったのですね」


街灯もないので真っ暗な物陰から、カーリが姿を現した。


「気配察知は狩人の得意分野だ。まあ逆に言うと隠密行動も本来は磨くべき技能だけどな」


酒場で解散してからすぐに、カーリがついてきていたことには気が付いていた。だからこそ2人きりで話せるように人気がない場所にやってきたわけだ。


「残念ながら、エフテルさんにどうして嫌われているかの心当たりはございませんわ。わたくし個人には、ですけど」

「まあ、そういうことだよな」


カーリも何故嫌われているかの見当はついていたわけだ。その予想は俺と一致している。


「カーリの家、あるいは金持ち全体が気に食わないんだろうな」

「やっかみですのね。慣れていますけども」

「いや、きっとそこまで単純なものじゃあない」


ただ金持ちに嫉妬しているといった感じではない。異常なまでの金への執着と、恐らく街に住んでいたこと、そして俺に借金をしたときのあの反応。なんとなくだが、俺にはあの姉妹の境遇が想像できていた。


「きっと、複雑な事情なんだ。別にカーリ本人を嫌いなわけじゃないと思うんだ。だから、ほんの少し、何かきっかけがあれば変わると思う」


エフテルは悪い奴じゃない。きっと、自分の中で折り合いをつけてくれると信じている。


「それまで苦労をかけるな」

「貴方様にそう言われてしまったら、大人げない態度なんてとれませんわね」

「そんなに俺を買いかぶらないでくれよ」


自分にこんなに熱烈なファンがいるとは思わなかった。だからこそ、今がこんな有様で申し訳ない。


「そんな顔をなさらないで、お師匠様」


カーリが距離を詰めてくる。2人の距離はお互いの手が届く距離。


「ちょ、ちょっと近いぞ!?」

「お師匠様、その右腕、見せてもらうことはできますでしょうか?」

「ん…、まあ、いいけど、気持ち悪いと思うぞ」


そう言ってもカーリは動かず、俺を見つめたままだったので、渋々右腕の包帯をほどくことにする。

徐々に露わになっていく真っ黒い表皮。

あの日正体不明の獣の触手に触れた日から、まるで自分の腕ではないようなものになってしまったこの腕。

感覚はなく、動かすこともできない。そればかりか、人間のものとは思えない見た目と化している。


「触れても良いでしょうか?」

「え?まあ、いいけど、気持ち悪くないか?」

「気持ち悪くなどありませんわ」


愛おしいように俺の右腕に触れるカーリの表情は、何とも言えない妖艶さを放っていた。風でなびく長い黒髪さえも、何か別の生き物に見えるほどに。俺は何も言えず、ただ無言で触らせる。


「ラフト様が再起不能になったことはすぐにわたくしの耳にも入りましたわ。そのころには既にアオマキ村の専属狩人として活動していたので、駆けつけることはできませんでしたけど…叶うのならば、すぐにでも馳せ参じたいと…」


ギルドと繋がりが深い家だからといって、そんな情報まで手に入るのか。

驚く俺を差し置いて、カーリは俺の黒い腕を撫で続ける。


「でも、こうなったからこそ、わたくしたちの指導役になったのですわよね」

「そう言えなくもないか…な」

「不謹慎ですが、嬉しく思います。貴方様が仲間のために自分の身を犠牲にできること、そしてその結果、わたくしとこうして触れ合えること…」


感覚はないはずなのに、触れられている右腕がぞわっとした。今のカーリの雰囲気は尋常ではない!


「そ、そろそろいいよな!」

「あぁっ」


俺は一歩後退り、カーリと距離を取る。

ただ、嬉しくはあった。

誰もが過去の俺、“双極”だったころの俺を見ている中で、カーリは今の俺を純粋に慕ってくれている。

こんな俺でも良いのだと、改めて実感する。


「夜も遅いし、そろそろ戻ろうか?」


エフテルに関する話も少しはできた。

明日の顔合わせでは、少しはマシになっていると信じたい。


「では、帰りましょうか」


カーリが俺の右腕に抱きつく。

感覚がないのが残念だ。まあ、あったとしてもこのスレンダーな体型では…


「きっ!」

「ひえっ」


女の勘というものは恐ろしい。


「というか、何故俺の腕に抱き着いている?」

「だって、帰る方向が同じですわ」

「この光景をアルカに見られたらどうなるかわかるよな…?」

「ああ、あの子はそうですわよね。立派なライバルですわ」

「すまん、そこも張り合わないでくれると非常に助かるんだが…」


結局離れるつもりはないようで、俺はカーリを引っ付けたまま家まで戻る羽目になったのだった。

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