第27話 寄るな危険な大茸①

さて、村の門の前には準備を終えた3人が集まっていた。

3人とは、俺、コウチ、カーリである。

それぞれが狩りに必要な装備を身につけている。

今回の狩場は森だが、危険はおそらく少ない。

ルミスを始めとする狩人たちが森の調査を進めてくれているため、生物の分布図が明らかになってきたのだ。今回立ち入るところには、危険度3から4の生物が存在しているが、縄張りも把握できているそうなので、予想外の獣に遭遇することもないだろう。


「さて、狩場に向かう途中に、茸人のおさらいをするぞ。コウチは知っているのか?」

「ある程度は。ただ、見たことはないし、どんな動きをするのかはわからない」

「じゃあ、始めから説明したほうがよさそうだな」

「よろしくお願いしますわ」

「茸人は名前のとおり人のようなキノコだ。のそのそと歩いていて、分類上は獣とされているが、獣…というよりは植物のようなものだと思っていい」


大きなキノコがのそのそと森の中を歩いている姿は、大変シュールだ。


「でも、危険度3なんですのよね?」


カーリはメモを取りながら話を聞いている。勉強家のようだ。


「そう、侮れない性質も持っている」


危険度3というからには狩人ではない一般人では狩れない存在ということだ。


「何が危険かというと、こいつは強力な麻痺を起こす胞子をまき散らしながら歩いている。しかも、攻撃を加えると全力で走って逃げる」

「なるほど、もしそんな場所で麻痺してしまえば、他の獣に襲われても抵抗できない、というのが危険な理由ですのね」

「あとは狩人の武器じゃないと単純に茸人を倒せない。でかいからな」

「3m…っていったか?」

「そう、コウチが言うとおり、かなりでかい」


そんな巨体が、吸い込むと体が動かなくなる胞子をまき散らしながら走り回る。危険度3に相応しい獣だろう。


「それで、なんでこれが新人向けなんですの?ルミス…様がおっしゃっていましたわよね?あと、わたくし、“双極”が2人以外で狩りに行ったことがあるのは知りませんでしたわ。その辺の話も是非お聞かせくださいますか?」


後半はめちゃくちゃ早口だった。俺のことを狩人オタクといったあの2人の気持ちが今ならわかる気がする。


「茸人はな、その身がかなり美味い。だから、高値で取引されているんだ」


後半の質問は無視した。


「1匹狩るだけで200万クレジットはいくって親父から聞いた」

「へえ、200万クレジット」


お嬢様のカーリにはピンと来ないか。

エフテルとアルカが苦労して狩った球吐き鳥が依頼料含めて50万クレジットだったことを考えると、新人としては破格の値段だ。

危険度3なのに、危険度4の上の方くらいの報酬となれば、新人は飛びつかざるを得ないだろう。

故に依頼の競争率が高く、滅多に受注することができない。

今回はアオマキ村の森で見つかったため、一番にアオマキ村の依頼掲示板に掲示された。他の支部に情報が共有される前に俺たちが受注して、というわけだ。


「どうやって狩るのが良いんでしょうか?」

「そうだな、傘の部分を焼くか切除すると、胞子が出なくなるから、まずそこを狙うことになるかな」

「でも胞子が出ているのですわよね。どうやって近づくのでしょうか?」

「胞子が薄くなるときを待って、息を止めて突入、一撃で傘を無力化、という流れが好ましいな」

「…俺たち相性悪くないか?」


コウチが武器を見ながら言う。槌と、回転刃。

確かに槌は打撃武器なので殴りつければむしろ胞子を拡散させてしまう、回転刃は、テーブルを切った時の様子を見ると、スパッと切るような武器ではない。

うん、確かに厳しい。

だが、方法はある。


「炸裂機構のもう一つの使い方をあとで教えよう。ともかく、まずは現場に行こうか」


もう既に草原には着いている。森まではあと少しだ。

森に着いてまずやることは、ギルドが設定した行動範囲を見つけること。調査が終わった箇所には木々に印(木々に傷をつけたり、塗料で書いたりする)があるので、それを見つける。

調査が終わった範囲から出なければ想定外の生物とは遭わないし、狩猟対象もその中にいる、

早速印を見つけたので、ここからは茸人を探すことになる。


「小型の獣に注意しつつ、茸人を探すぞ」

「了解」

「分かりましたわ」


今回も荷車は持ってきている。茸人を丸々1匹持って帰らなければいけないので、今回の狩りで一番大事なものといえるかもしれない。

森の入り口に簡易キャンプを設営し、本格的に装備を整える。重たい防具を装着し、武器を背負い、準備完了。

少し進むと、火好猿が3匹、石を叩いていた。

火好猿のボスである炎愛猿は、自力で火を起こすことができる。子分たちは、何とか自分たちだけで火を起こせないか、人間を見て学習して、試行錯誤を重ねる。

今石を熱心にたたいているのも、火を起こそうとしているのだろう。


「やるか?」


コウチが小さな声で言う。

まだこちらには気付いていないようなので、奇襲することができる。


「よし、いこう」


俺が指示を出すと、コウチとカーリは頷き、まずコウチが飛び出した。

コウチの武器である槌を振り上げながらとびかかり、1匹の脳天に振り下ろした。

流石危険度4の獣の素材を使った槌だ。炸裂機構を使わずとも易々と頭部を砕く。


「ukyaa!」


仲間をやられた残りの2匹はこちらに気付き、興奮したように声を上げる。


「では、もう一方、いただきますわよ!」


あまり力を籠めていないように見える動きで回転刃を突き出すカーリ。高速で回転する刃は火好猿の腹部に当たり、激しく血しぶきを上げながら深々と刺さっていった。


「思ったより…派手な武器だな…」


起動音もさることながら、肉片をまき散らしながらの攻撃となる。攻撃力が常時高いのは良いが、いちいち凄惨な現場ができ上がってしまう。あと、素材が痛む。

いつでもどんな狩りでも使える武器というわけではないので、ギルドの武器に正式採用されるのはまだ先かなと俺は評価した。


「逃がさねえ!」


仲間を2匹やられた火好猿は逃走を図るが、先回りしていたコウチに阻まれる。彼は既に槌を振りかぶっており、避ける間もなく叩き潰された。


「いっちょあがりだな」

「むむむ、コウチばかり活躍して…お師匠様に良いところを見せたかったというのに」


2人とも武器に付着した血を軽く落とし、背中に背負い直した。


「お疲れ様、手際良く狩れたな」


反撃を許さず、敵が混乱している間に一気に叩く。小型対策のお手本だ。


「こいつらの素材はどうする、お師匠さん」

「そうだな、申し訳ないが、置いていこう」


狩りの邪魔になる可能性があったので狩ったが、素材は正直持ちきれなくなる可能性が高い。


「ごめんなさいね」


カーリが軽く目を閉じ、祈った後、俺達は更に移動した。


「それにしても魔物がいないな」

「そうですわね。セルすらいませんわ」


どこにでもいる不思議なぷよぷよだが、この森を探索し始めてから一度も見ていない。

これもエフテルが目撃したコマンダーが周辺の魔物を集めているからだろう。

まだ森を調査している狩人から報告がないということは、もっと奥地まで移動したということだ。


「まあ、今回のターゲットは茸人だ。魔物がいないことは喜ばしいことだろ」

「そうですわね」


コウチの言う通りだ。

特にこの2人は危険度が高い魔物との戦闘も経験しているので、成長した魔物の厄介さも知っている。こういう認識をエフテルとアルカにも持ってもらいたいものだ。

しばらく森を歩く。

時々遭遇する小型を討伐しつつ奥に進み、ついに今回の行動範囲の限界まで来てしまった。


「うーん、見落としたかな」


かなり大きな体躯を持つ茸人ではあるが、森はやはり視界が悪い。


「もう一度、今度は違う道を通って簡易キャンプまで戻ってみよう。

「分かりましたわ」


まだ2人の集中力は切れていない。すぐに疲れたと言う姉妹たちと比べると、流石に経験の差が見えてくるな。

折角4人いるので、2人1組で行動させるのもいい訓練になるかもしれないな。その場合、カーリとエフテルを一緒にするわけにはいかないから、コウチとエフテル…まあこっちはいいとして、アルカとカーリは心配だ。アルカが思いっきりコウチとカーリを警戒している。

仲良くしてくれないと、チームが組めない。


「はぁ…」

「どうしたんですの、溜息など吐いて…え、わたくしたちに何か!?」

「いや、2人は5級としては非常に優秀だよ、基本が出来ている」


俺が褒めるとぽっと頬を染めるカーリ。コウチはどこ吹く風といった感じだが。


「む、お師匠さん、あれ…」


コウチが指さす先には、1匹の草原狼が倒れていた。


「まだ息がありましてよ」


ゆっくりと近づいたカーリが情報を報告してくれる。


「でかした、これは茸人の胞子で痺れた草原狼だろう。まだ近くにいるぞ」


辺りを見回しながら進むこと数分、俺達は目当てのものを見つけた。

樹木の隣にドーンとそびえる茸。3m強あるその巨体は、普通のキノコではないと確信させる。


「あ、あれで擬態しているつもりなんですの…?」


そのあまりに堂々とした姿に、カーリは困惑した。

キノコの傘が膨らむ。


「いけない、口をふさいで距離をとれ!」


意外にも先に反応したのはカーリで、口をふさいで俺とともに走り出す。瞬間、ぼふんという音とともに視界が黄色く染まるほどの胞子が放出された。

少し遅れたコウチは僅かに吸い込んでしまったようで、倒れこんでしまった。

痺れているのであれば、受け身も取れない。俺は片腕で倒れるコウチを支え、地面にゆっくりと仰向けに寝かせた。


「す……な……」


コウチが何か喋ろうと必死に口を動かすが、言葉を発することもできない。


「カーリは周囲に小型の獣がいないか警戒してくれ」

「分かりましたわ!」


彼女が周囲を警戒してくれている間に、俺はコウチの口元に耳を寄せる。呼吸音は…聞こえる。呼吸ができなくなるほどの麻痺ではないようで安心した。これならばあと十数分で動けるようになるだろう。

俺が確認作業をしている間にも、コウチの視線は俺を追っていたので、意識もある。


「よし、コウチ、今のうちに茸人討伐の作戦を伝えるぞ。反応はしなくていいから」

「それわたくしは聞かなくて良いんですのぉ!?」

「ああ、いいよ!」


少し離れたところから大声で訊ねてくるカーリに返事をする。耳のいい奴だ。


「じゃあ、話すぞ」

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