第26話 賑やかな酒場

「あっれー?おはよう、師匠!あと…後ろのはなんだっけ?」


開幕失礼な奴が酒場にいた。

俺たちが酒場に入るとほぼ同時にかけられた言葉の主は、もちろんエフテルだ。同じテーブルにアルカも座っている。


「コウチだ。こっちのお嬢はカーリ。悪いが、俺もあんたらの名前を聞いてもいいか?」


一切苛立った様子を見せずにそう返したのはコウチ。流石家具を急に壊されても怒らなかった男。ちなみにテーブルはあとで俺の家のものと入れ替える約束をした。


「あぁっ、ごめん、あたしはエフテル。こっちで黙々とご飯を食べているのが妹のアルカ。よろしくね、コウチさん」

「ん」


エフテルは席を立って頭を下げ、アルカは視線だけをコウチに送った。


「エフテルさん、アルカさん、よろしくな」


コウチも頭を下げ、


「よろしくお願いしますわ」


…カーリは頭を下げない。


「コウチさんは礼儀正しいのに、もう一人は…はぁ」


わざとらしくため息を吐くエフテル。だが最初に絡んだのはこいつである。


「一度名乗った名前をすぐに忘れるような頭の方に、礼儀を尽くしても伝わらないでしょう」


案の定、カーリは売られた喧嘩を買ってしまう。


「心がけの問題だよ。お嬢様みたいな振る舞いは、見た目と口調だけなんだねぇ~。仮装かな?」

「んなっ!このわたくしに対してよくもまあそのような無礼な言葉を吐けますわね!」

「お嬢様は庶民に何言われても聞こえないでしょ」


エフテルはカーリのことを知っているのだろうか。俺がさっき知ったカーリの素性を知っていた。


「お師匠様、こんな弟子、破門にした方がよろしいのではなくって?」

「ああ、いやあ…」


俺に振らないでくれ。


「師匠を今困らせてるのは、誰なんだろうね。困った人だねえ。ね、アルカ」


アルカは食べるのに夢中で聞いていない。

俺からすると困った人なのはお前ら2人ともだ。


「いい加減にしろエフテル。これからチームを組む相手だ。仲良くしろ」

「へぇい」


舐めた返事しやがって…と、いけない。

ここで俺が怒ってしまったら収拾がつかなくなってしまう。

俺は深呼吸して、話題を切り替えた。


「俺達は依頼を受けに来たところなんだが、2人は朝食か?」

「そだよ」


この村で食事ができるところはここしかない。依頼を受けるのもここなので、必然的に集合する確率は高くなる訳だ。


「おはよう、師匠。いい天気だね」

「ああ、おはよう」


5皿ほど平らげ、満足したアルカが俺に挨拶する。

返事をすると、無表情だが嬉しそうにしていた。


「ほらお師匠さん、あんまゆっくりしてると時間なくなっちまう」

「ああ、そうだな。じゃあ、またな2人とも。今日はゆっくり休んでくれ」


2人に別れを告げて、コウチとカーリを連れて、依頼掲示板の前まで行く…と、何故かエフテルとアルカもついてきた。


「なにか?」


額に青筋を浮かべながらも冷静な対応をしようとしているカーリ。偉い。


「別にー。先輩たちが一体どんな依頼を受けるのかが気になるだけですよー」


まあ、何でも経験になるか。俺は特に同行については何も言わないことにした。


「何か小型の依頼がいいよな?」


俺とカーリ、コウチが依頼掲示板の前に立ち、その後ろから姉妹がのぞき込む。


「わたくしは大型を狩りたいところですけども」


カーリが言うが、それはどう考えても球吐き鳥を討伐した2人への対抗意識だろう。

2人の実力が未知数な状態で、日帰りで危険度3はハードルが高いと俺は思っている。


「…だったら、是非これを受けるといい」


低い声と共に俺たちの後ろから伸びてきた手が、依頼掲示板に1枚の依頼を追加した。

聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはいつか街で会った1級狩人、ルミスが草木に汚れた格好で立っていた。


「あれ、ルミス。どうしてこんな村に?」


アオマキ村は街からは馬車で5日ほどかかる辺境の村だ。ルミスは確か街を拠点にしていたはずなので、依頼でここまで来ることもないと思っていたが。


「この森の調査を引き受けている狩人は何人かいるが、その中の1人が俺だ。街のギルドで、お前がこの村にいると聞いてな…」


俺のことをバラしたのは十中八九元メッツ村の受付嬢だろう。ギルドならばどの狩人がどこにいるか把握しているからな。にしても職権乱用だろう。相変わらずお節介なことだ。


「誰?」


直球に訊ねるのはエフテル。


「1級狩人のルミス。アオマキ村の森の調査依頼を受注してくれている狩人だ。俺が現役時代に一緒に狩りをしたことがある」

「…ルミスだ。この村にしばらく滞在している。よろしく」

「この村に滞在してたのか?その割には全然会わなかったな?」

「基本は…森にいる。村に戻ってくるのは報告のときだけだ。俺達はどんどん奥に向かうから、途中で見つけた危険度の低い獣なんかはこうして依頼掲示板に並ぶことになる」


それは中々過酷な依頼だな。

依頼を発注したのはうちのウエカ村長なので、頭が下がる思いだ。


「で?ルミスが持って来てくれたこの依頼はなんだ?」

「新人にも丁度いいと、俺は思う。…申し訳ないが、俺はこれで。少しでもお前と話せてよかったよ」


フラフラとルミスは酒場から出ていった。相当疲労困憊といった様子だった。森の調査は容易くない、ということだ。

さて、気になるルミスが持ってきた依頼は…


「茸人の討伐か!」


俺が突然大きな声を出したので、コウチを除いた3人の弟子たちはビクッとした。


「ああ、すまん。珍しい依頼だったから」

「茸人…お師匠さん、これ今日行こう。早く受けないと取られちまう」


コウチは茸人を知っているようだ。


「そうだな、カーリ、コウチ。今日は森で茸人狩りをしよう。まあ、実力を見るのにも丁度いいっちゃ丁度いい」


俺はすぐに依頼掲示板から茸人の依頼書を取り、受付嬢に提出した。


「ねえ師匠、なんでそんな急いでるの?」


今日はお留守番のエフテルが訊ねる。アルカも不思議そうだ。


「帰ってきたら教える」


今教えたら絶対に面倒なことになる。コウチたちならまだしも、この姉妹には絶対に今知られてはいけない。

適当に誤魔化した俺は、一度狩りの準備をするために解散とすることにした。

各々準備をして、集合場所はいつもの村の門の前。


「じゃあ、コウチとカーリはまたすぐに。エフテルとアルカは、ゆっくり今日は休むんだぞ」


困惑するカーリをコウチが連れていき、エフテルとアルカは頭にはてなマークを浮かべながら酒場に残された。

エフテルとアルカには悪いことをしたが、今日はしっかり休んでもらいたい。

俺は心の中で謝罪しつつ、準備のために家に帰るのだった。

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