第2章

第25話 カーリとコウチ

今日は出張から帰ってきた、アオマキ村の専属狩人であるカーリとコウチとの顔合わせの日だ。

昨日簡単な自己紹介は済ませたが、狩人として、2人がどのくらいの力量なのか、得意武器は何かなどは知らないため、その辺を話し合えれば良いなと思っている。

エフテルとアルカは、昨日球吐き鳥との戦いがあったばかりなので、今日はお休みだ。

ということで、俺はコウチの家の前に立っていた。

流石にいきなり女子の家を訪ねるのは気が引けたし、集まるとすればコウチの家になると思ったからだ。

ノックをする。


「お師匠さん?」


察しが良いな。


「ああ、俺だ」


答えると、扉が開いた。


「おはよう、お師匠さん」

「おはよう。よく俺だと分かったな」

「あっちの女子が訪ねてくることはないだろうし、お嬢はノックなんてしないから…」


お邪魔しますわー!なんて言いながら扉を勢い良く開けるカーリが容易に想像できた。


「なんというか、大変だったんだな」

「安心してくれ。きっとこれから大変なのは俺よりお師匠さんだ。お嬢の“双極”好きは半端ないからな」

「ああ…」


なんとなくそれも想像できた。


「じゃあ、お嬢のとこ、行くか?」


コウチが家の外に出てくる。


「そうだな、ちょっと声かけてみよう」


俺達は2人で、隣に建っているカーリの家へ向かった。

ほんの10秒程度で扉の前に到着して、ノックをする。


「はーいどなたですのー?」

「ラフトだー」

「ラフト様っあ、いえ、お師匠様!!」


家の中からドタバタと音が聞こえる。

コウチと俺は顔を見合わせて苦笑した。

バン!と扉が開かれ、カーリが姿を現す。

すらっとしたスリムな体に、背中まで真っ直ぐに伸びた黒い髪。しっかりと手入れされていることが分かる艶やかな黒髪は、口調も相まって育ちの良さを感じさせた。


「おはよう、カーリ」

「おはようございます、お師匠様!」


今日も元気そうだ。


「お師匠様が迎えに来ずとも、コウチにでも迎えによこしてくだされば良かったですのに」

「何度も言ってるが、俺は召使いじゃねーんだぞ」

「知ってますわよそんなこと」


ガックリと肩を落とすコウチ。

もしかしたら何度も繰り返されたやり取りなのだろうか、諦めのようなものを感じる。


「じゃあ、ミーティングしようか。場所は、コウチの家でいいか?」

「いいよ」

「分かりましたわ」


2人の了解がもらえたので、また10秒ほど移動して、コウチの家に戻ってきた。当然ながら、コウチの家も俺やエフテルたちの家と同じく非常に質素なものとなっている。

テーブルはあったが、椅子が足りなかったので俺の家から持ってきて、3人で向かい合って卓を囲む。

早速ミーティングを始めることにしよう。


「じゃあまず、狩人免許を見せてもらおうかな」

「はい」


前例があるので、きちんと免許を持っているか一瞬不安になったが、2人はスムーズに免許を取り出し、テーブルの上に出してくれた。


「見せてもらうな」


まずはコウチの免許を手に取る。

狩人等級は5級で、使用武器種は槌。


「なるほど、槌か」

「親が若い頃に使っていた武器が槌だったからな」


見れば、確かにコウチの武器はただの鉱石で作られた武器ではなかった。


「七色剣山の素材を使った槌か?」

「流石お師匠さん。その通り」

「親御さんは現役なのか?」

「一応。とは言っても2級止まりだがな」

「一人前の狩人じゃないか」


2級まで昇級できれば充分、狩人としては成功した部類だと思う。1級からは災害級の危険度6を相手取ることになるので、努力だけではどうしようもなくなってくる。

七色剣山は危険度4の獣なので、自分のレベルに合わなくなった武器をそのまま息子に渡したのだろう。


「世襲狩人なのに、村を出たんだな?」

「ああ、俺の村はまだ親父が守ってる。俺は一人前になるまで他の村で専属狩人をやって、鍛えることになってる」

なってる、ということはそれが親の言いつけなのだろう。

「分かった、ありがとうな」


俺は狩人免許をコウチに返した。

次はカーリだ。


「わたくしの番ですわね!」


キラキラした眼差しで、彼女は狩人免許を手に取った俺を見つめる。やめてくれそうにないので、俺がこの視線に慣れるしかないのだろう。


「さて、狩人等級は5。使用武器種は…って、なんだこのマーク」


俺の知らない武器のマークが書かれている。ギルドが定めている6種類の武器ではない。


「回転刃。現在、ギルドが新たに追加しようと検討中の新武器種ですわ」

「興味があるな。詳しく教えてくれないか?」

「マルチウェポンのラフト様ならそう言うと思いましたわ」


カーリは立てかけていた武器を俺に渡してくる。

左手だけで受け取るには少し重く、よろめいてしまった。

一瞬カーリが悲しそうな顔をしたのが分かった。きっと村長から話は聞いているのかな。

さて、期待の新武器だが、シルエットは細剣と大剣の中間程度の長さの剣という感じ。刀身は厚く、ギザギザした刃が両面に付いている。


「これで斬れるのか?」


刃というより、歯のようなものが等間隔に生えているような感じで、これでは突けもしなければ斬れもしない。


「実際に見せたほうがよろしいですわね」


俺から武器を受け取ったカーリは、ポーチからカートリッジを取り出した…が、カートリッジも特殊に見える。


「でかいな」

「こちらも特注品ですわよ」


俺が知るカートリッジは3cmほどだが、カーリが持っているものは15cmくらいの長さがあるように見える。摘まむというより握っている。しかも、中身が液状ではない。


「それ、固形の魔燃料か?」

「流石お師匠様。説明せずとも理解してくれますわね」


カーリは細剣と同じく柄の部分にその大きなカートリッジを挿入し、レバーを引いた。

すると、刃の部分が高速で回転し始めた。


「なるほど、だから回転刃か!」


炸裂機構のように一瞬の爆音ではなく、ずっと回転音が響く。腹の底に響くような低い音は、魔燃料が燃えている音だろうか。


「それ、威力はどれくらいなんだ?」

「えい」


カーリが少しだけテーブルに刃を当てると、テーブルは木の粉となっていく。


「おい俺んちのもんだぞッ!?」


コウチが怒っている。申し訳ないが、今はこの武器への興味の方が勝った。


「すごいな!魔燃料を一瞬で使い切るのではなく、持続的に燃やして動かしてるのか!」

「これは今、街のほうで研究が進んでいるもので、武器以外にも使えないか検討されているようですわ」

「なるほどなあ」


勝手に回転し続けるなんて、いかにも使い道がありそうだ。


「いやあ、いいものを見せてもらった。ありがとう」

「どういたしまして、ですわ」


でも1つ疑問がある。


言い方は悪いが、折角の試作品を何故最底辺である5級の狩人が持っているのか。それこそ現役時代の俺のように、色々な武器を使う上級狩人だって沢山いるだろうに。


「どうしてカーリが、そんな試作品を持っているんだ?」


聞いてみた。


「それはわたくしの家計が、代々ギルドに多額の寄付をしているからですわ」

「なるほどー!」


口調や見た目、あとはコウチの呼び方でなんとなくそうではないかと思っていたが、本当に金持ちのお嬢様だったわけだ。


「そんなお嬢様が何故この村の専属狩人に?」

「そのお言葉、そっくりそのままお返しいたしますわ!」


え?


「何故、特級狩人ともあろう“双極”のお二人が、小さな村の専属狩人をしていたのか。つまりはそういうことですわ!」


なるほど、俺たちに憧れて、といったところか。


「よし、2人のことはなんとなく分かった。あとはこれから知っていけばいい」


俺は2人に免許を返した。


「もう一つだけ聞きたいんだが、この数ヶ月の実績はどんなもんだったんだ?」


2人はあちらの姉妹と違ってある程度自立していたため、アオマキ村を離れて別の村で狩りをしていたとウエカ村長から聞いていた。

そちらでどのような活動をしていたのかを訊ねた。


「基本的にはこのアオマキ村に繋がる草原の治安維持をしていたな。草原狼とか、黒草履とか、そういうのを相手にしてた」

「草原狼か」


草原狼は、緑色の長い体毛が特徴の狼だ。草原に伏せていると草にしか見えないので、獲物の不意を突くことができる。また、草原に散らばって生息しているが、自分の身に危機が迫ると、大声で助けを求め、大量の仲間を呼ぶ習性がある。危険度2の中では、限りなく危険度3に近い厄介な獣だ。


「草原狼を難なく相手できるなら、最早初心者ではないな。大型を狩ったことは?」

「自然発生したタンクを狩ったことがある」

「ほお、タンクか!よくあの装甲をぶち抜けたな!」


タンクは、前面に結晶体による装甲を纏った危険度3の魔物だ。さらに結晶体を射出する砲台が存在しており、遠距離攻撃を仕掛けてくる。

装甲があるとはいえ、魔物なので、後ろに回り込んでしまえばぷよぷよした体組織が露出しているので、そこを狙うことになる。


「武器のおかげだ」


確かに、危険度4の七色剣山の槌なら装甲を無視して撃破できるかもしれないが、それでもある程度の実力は必要なはずだ。


「危険度3の魔物を討伐しているなら、エフテルとアルカと変わらないんだな」


あの2人は危険度3の球吐き鳥を討伐している。奇しくもこの2ペアは同じくらいの実績を持っているということだ。

と、思ったのだが、カーリがビシッと手を挙げて発言する。


「わたくしたちはお師匠様がいなくとも討伐できましたけど、あちらの方々は特級指導役の補助があってこそ勝てたのではなくって?」


んー、まあ、サポート…そんなにしたか…?

でも事前情報とかはかなり与えたし、そういう意味では確かに俺のおかげといえるのか?いや、言えないな。アドバイスがあれど、実際に討伐したのはあの2人の実力だ。


「俺の助けなんて微々たるものだったよ。球吐き鳥を討伐できたのはあの2人の実力さ」

「ふーん…そうですの…」


すっごい不服そうだ。

案外プライドが高いのかな?

ちょっと要注意かもしれない。


「そろそろ酒場で依頼見ようぜ。直接俺らの実力を見せたほうが早いだろ」


大きく削れたテーブルを悲しそうに撫でていたコウチだったが、ようやく立ち直ったようだ。

実際、この話の切り替えはありがたい。


「そうだな、酒場に行こう」


まだ何か言いたそうだったカーリだったが、俺とコウチが席を立ったので、後に続いてくれた。

そんな依頼がこの2人の実力を測るためにはちょうどいいかな。小型か、大型か…。

考えながら酒場まで歩いて行く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る