第24話 俺にできること

「お帰りなさいませ。無事で何よりでした」


ギルドの受付嬢が俺たちを見て微笑み、頭を下げてくれた。


「じゃあ、まずは依頼の報告と、素材の買取をお願いしたい」

「かしこまりました」


受付嬢が酒場内に控えていたギルド職員に声をかけて、酒場の裏手にある台に球吐き鳥を運ばせる。

職員が球吐き鳥の素材の状態を確認してくれている間に、こちらで完了手続きを済ませることになる。


「ほら、エフテル。ここに名前と、今日の日付、あとは何か報告事項があれば書くんだ」

「ほいほい」


さらさらっと綺麗な字で書類を書いていくエフテル。アルカはその間退屈なのか、酒場の入口から裏手の素材解体場を眺めていた。


「うわあ、どんどんバラバラになってく…」


アルカの感想が耳に入って興味が惹かれるエフテルだったが、なんとか誘惑に負けずに書類を書ききった。

受付嬢が完成した書類を確認し、ハンコを押す。

これで完了手続きは終了だ。


「お疲れ様でした。素材の買い取り額と合わせて、依頼料のお支払いをします。少しお時間をいただきますので、お待ちください」

「はーい」


俺達は酒場のテーブルにつき、適当に料理を注文する。

夕食を食べ終わるころには、ギルドの作業も終わるだろう。

特筆することもない雑談をしながら、夕食を食べ終え、ゆっくりとしていた俺達に受付嬢から声がかかる。


「お待たせしました。こちらが、今回の依頼料と素材の買取見積です」


渡された書類に、エフテルとアルカが飛びついた。


「依頼料、20万クレジット。素材が…」

「球吐き鳥の羽根、嘴、肉、胃液、その他内臓…全部で約30万クレジット」

「え、ということは合わせて50万クレジット!?すごいじゃーん!」

「頭に球を当てられた甲斐があった…!」


2人が大変嬉しそうにしているところ申し訳ないが、ここから1割は俺の給料となる。また、武器のメンテナンス費用や、こいつらが爆買いした消耗品の費用も合わせれば、ギリギリ赤字にならないくらいではないだろうか。あ、あと俺自身も忘れかけていたが、こいつらは俺に300万クレジット借金もあるので、それも余裕があれば返済してもらうことになる。

そのことを伝えたところ、2人は静かに泣き始めた。


「そ、素材は全て買い取らせていただいて良いでしょうか?」


さめざめと泣いている2人に少し引きながら、受付嬢が訊ねてくる。

もし武器や防具に使いたい素材があれば、ギルドに売却せずにここで回収するようになる。

とはいえ、まだ武器の威力に物足りなさは感じていないし、防具もひとまずはこのままで良いだろう。少しでも換金した方が駆け出しのためにはなる。

それに、なんだか2人の視線も感じるし。


「全部換金してもらっていいぞ」


俺が言うと、安心したようにエフテルは換金を申し出た。


「換金で!!」

「では、50万クレジットですね。こちらでお預かりしますか?」


受付嬢の申し出に理解できないような、絶望したような顔をして、こちらを見る2人。ギルドに金を持っていかれるとでも思っているのだろうか。


「ほら、50万って中々の大金だろ?持ち歩くのも大変だろうから、ギルドに預かっていてもらうこともできるんだ。俺もいくらか預かってもらってるぞ」


狩人免許に付いているバッジを見せ、説明する。

このバッジがギルドに金を預かってもらっている証拠になり、これと引き換えに金をもらう。2人の武器を購入するときもギルドに預かってもらっていた金を引き出したんだったな。


「全額現金で!」

「はい、かしこまりました」


涙を流しながら叫ぶエフテルに苦笑しながら、受付嬢は50万クレジットをカウンターに置いた。

どさりと置かれる50万クレジット。物理的になかなかの量だ。


「やっぱお金見ると安心するわ」

「そうだね。こう、落ち着く」


いつかこのお金好きについて語られることもあるのだろうか。過去のことを話すのが嫌いな2人だし、よっぽど仲良くならないといけないだろうが。


「じゃ、帰るぞ」

「あ、師匠これ!」


そう言って渡されたのは、10万クレジット。


「師匠の取り分と、武器代の返済。少しずつでも、必ず返すから!」

「別にもう少し懐に余裕ができてからでもいいんだぞ?」

「ううん、いいの。あたしらは借りてる立場なんだから、少しでも早く返す義務があるの!」

「そうか」


そこまで言うのであれば受け取ろう。

給料分が5万クレジットなので、返済されたのは5万クレジット。これで残りの借金は295万クレジットだ。


「よーしアルカ、家に帰って、ゆっくり休も!」

「そだね、お姉ちゃん」


それぞれ帰宅しようとしても、結局狩人たちの住処は同じ区画にあるので、帰り道は同じになる。


「あ、アルカ。お前は診療所行っとけよ。頭の怪我は何が起こるかわからないからな」

「え、大丈夫だよ」

「大丈夫じゃない。念のため、な」

「そうだよアルカ。アルカに何かあったらお姉ちゃん泣いちゃうから」

「泣くだけなの。まぁ分かった。行ってくるよ」


アルカが別方向に足を向ける。


「あ、お姉ちゃんも付き添ってあげよっか?」

「いらない」


そう言ってアルカはスタスタと歩いて行った。

俺とエフテルは改めて帰路を歩く。


「師匠、今日はありがとうね。ううん、今日だけじゃなくて、今までもかな」


エフテルが少し俺の前を歩きながら言う。俺からは後ろ姿しか見えないが、ふざけている様子ではない。


「急にどうしたんだ?」

「いや、改めて感謝したくなっただけ。あたしたちのために真剣になってくれた大人は、師匠が初めてだから」


ウエカ村長は?それはどういう意味だ?などと訊ねたいことはいくつかあったが、珍しくエフテルの本音が聞けている気がしたので、簡単な相槌だけを打った。


「あんまり人に懐かないアルカは分かりやすく師匠に懐いているけども、こう見えてあたしも実は師匠のことは結構好きなんだ」

「そうか。それは嬉しいな」

「だから、これからもよろしくね」


そう言って振り向いたエフテルは、笑顔だった。

たまたまウエカ村長にスカウトされて始めた指導役だったが、こうして感謝されると、引き受けてよかったと思う。

これからもこの2人、いやもう2人増えて4人とは長い付き合いになる。

指導役としてだけではなく、個人として、もっと皆のことを知りたいと思った。

それからしばらく、お互い黙って立ち止まっていた。

なんとなく、まだ家には帰りたくなかった。

と、2人でボーっとしていると、小さな叫び声が聞こえてきた。


「お姉ちゃん…!家にいないと思ったらまだこんなところにいた。師匠と何してたの!」

「あー、2人で大事な話を…?」

「2人で見つめ合って、無言で!?」


思ったよりも早く診察が終わったアルカが合流して、一段と賑やかになる。

これからも賑やかで楽しい日常が続くのだ。

俺は全力で、その日常を守ろうと思う。

相変わらず右腕は動かない。

それでもできることはあるのだと、この2ヶ月間で自信を持てるようになった。

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