第20話 草原の暴走鳥①

球吐き鳥の特徴をおさらいしよう。

球吐き鳥は口の大きな大型の鳥。

地面を抉るようにして走り回り、土を胃に入れ、固めたものを空中から落として攻撃する。

特殊な胃液で固まった土は大きいもので直径1mにもなるため、直撃すれば大抵の生き物はひとたまりもない。ただし、腹に土が入った状態で飛ぶのは得意ではなく、吐き出そうとしている玉が大きければ大きいほど低空飛行かつ命中精度は落ちる。

こんな残念な鳥だが、数多くの狩人を葬っている。決して油断ができる相手ではない。


「さて、今度はちゃんと準備してくるかな」


俺は門の前で荷物を持って待っていた。初めて狩場に出た時ときを思い出す。あのときは2人ともほぼ手ぶらだった。

球吐き鳥の特徴は前日のうちに伝えておいたので、今回はもう少し荷物を持って来ると信じたい。この2ヶ月の指導が無駄ではなかったと信じさせてくれ。

まだ日が昇ったばかりで気温は低く、少し霧が出ている。

この村で今起きているのは門番と、俺たちくらいだろう。

足音が近づいてくる。来たかな。


「やあ狩人くん!見送りに来たよ!」


別人だった。


「村長、わざわざ見送りに来てくれたのか」

「うん、だって大事なこの村専属狩人の初陣だからね。せめて俺だけでも見届けなきゃ」


ウエカ村長は門番にも軽く挨拶をして、俺の隣にならんだ。

足音が2つ聞こえる。今度こそ来たようだ。


「師匠ー!て、手伝ってー!」


悲鳴のような声を上げながら近づいてくるエフテルとアルカは、それはもう大荷物だった。背中に大きな袋を背負い、フラフラしながらこちらに向かっている。

今度は荷物が多すぎないか…?


「俺に任せて!」


村長が2人に駆け寄り、大きな荷物を両方とも容易く持ち上げた。相変わらずこの村の男は馬鹿力だ。


「この荷車に載せていい?」

「あ、そうだな」


今回も俺が引くことになるであろう荷車に、大きな荷物が2つ積まれた。


「ありがとう村長、助かったよ~」

「死ぬかと思った」


2人は息絶え絶えに村長にお礼を言う。狩りに行く前に倒れそうだ。


「一体こんなに何を…?」


袋を開けて覗くと、そこには狩りに使う道具や罠の材料などがどがみっちりと詰まっていた。

一体どれだけ強大な獣と戦うつもりだろうか。


「…準備したのはえらいが、今度はやりすぎだ。取捨選択も重要だぞ」

「だって、師匠の話を聞いてたらどれも重要に思えてさぁ。それに今回も荷車あると思ったし」


誰がその荷車を引くと思っている。


「てか、これじゃ球吐き鳥を狩れたとしても赤字だろ」

「!?」


2人が息をのんだ。そう言えばこの2人は金には敏感だったな。


「大型の獣は儲かるって師匠言ってたよね…?」

「言ったが、危険度による。球吐き鳥は大型の中で底辺だから、せいぜい10から20万クレジットくらいかな」


恐る恐る訊ねるアルカに答えてやると、2人はしゃがみ込んで泣き始めた。しくしくという声の他に「噓つき」だの「騙された」だのが混ざって聞こえる。蹴っ飛ばしてやろうか。


「まあ、腐るものでもないし、今回使わなかった分は次に使えるだろ。少しここで選別して、本当に必要なものだけ持って行こう」

「はぁい…」


ガサガサと袋を漁り、取捨選択を済ませた2人は村長に荷物を預けた。かなり重いはずだが、ケロッとしている村長。


「じゃあ、これは君たちの家の前に置いておくよ」

「お願いしまーす」


常識的な荷物の量になったので、今度こそ出発だ。思わぬ時間を食ってしまった。


「じゃあ村長、行ってくるよ」


気を取り直して村長に挨拶をする。

大きな荷物を持った村長はニコニコしていた。


「行ってきます!」

「行ってきます」


エフテルとアルカも、しっかりと向き直って挨拶をする。


「行ってらっしゃい!」


ウエカ村長の力強い声に背中を押されて。俺達は狩りに出発した。


§


「さて、先に言っておくが、俺のことはいないものだと思ってくれ」


狩場までの移動中、いつものようにミーティングを兼ねた話をする。


「2人が危なくなったときは助けに入るが、そのときは俺がいなければ死ぬと判断した時だ。あくまで荷物持ちなどのサポートしかしないので、そのつもりでな」


口は出すが、手は出さない。俺がいないとダメな狩人になってもらっては困る。冷たいようだが、そこはしっかり見極めさせてもらう。


「それともう一つ、万が一球吐き鳥が俺の方に向かって来ても助けようとする必要はない。俺は自分の身は自分で守る。いいな?」


前科持ちのエフテルを見ながら言う。

エフテルは苦笑いしながら目をそらした。


「それと、炸裂機構用のカートリッジは、2本ずつ渡しておく。必要以上に持つと引火の危険性もあるし、壊されてしまえば次にカートリッジが出来上がるときまで狩りに出れなくなるからな」


武器ができたときにもらったカートリッジが10本。そのうち練習で4本使ったので残りは6本だ。

普通にポーチにしまったエフテルと、緊張した面持ちでポーチにしまうアルカ。最終的にはきちんと制御できたのだが、最初に吹き飛んだのがトラウマになっているようだ。


「俺からはこれくらいだが、何か聞きたいことはあるか?道具の使い方とか、大丈夫か?」


俺が訊ねると、少し考えたエフテルは武器を見ながら、


「炸裂機構っていつ使えばいいの?」


と言った。


「いつでもいいよ。体力を削るために使うのもよし、とどめに使うのもよし。隙がでかいから、そこだけ気を付ければいいと思う」


球吐き鳥は固い殻などにおおわれているわけでもないので、炸裂機構を使わずとも刃が通る。いつ使おうとも有効だ。


「他には?」

「特になーし」

「私も大丈夫」


よし。


「それじゃあ、ここからは少しだけ警戒しながら進もう。まだ草原だが、この間のことがあるし、どこにいるかわからないからな」


俺達は少しだけ森に近づく。

あまり森の近くで戦うのは好ましくないが、球吐き鳥は森と草原を行き来しているようなので、まずは見つけるところからスタートだ。

前より少しだけ森に近い場所に簡易キャンプを建てる。何度も行った小型討伐依頼のときに毎回建てていたので、エフテルとアルカの動きには迷いがない。


「前回遭遇したとこまで行ってみようか」


拠点を築き終わったエフテルは、背伸びしながらそういった。アルカもうなずいたので、2人は歩き出す。

少し離れたところを俺がついていく形だ。

現場に着くと、森から草原にかけて線状に土がえぐれている。


「これが球吐き鳥の突進の跡?」

「そうだな」


球吐き鳥は土を飲み込みながら突進するので、地面にはえぐれた跡が残る。何本も跡があるということは、この辺りにいるのは間違いないだろう。


「ちょっとおびき出してみようか」


アルカが小型の爆弾をポーチから取り出した。

これは液状の魔燃料が中心に入っている小さな爆弾で、炸裂機構ほどではないがなかなかの威力を誇る。ただ、カートリッジと違い、永続的に液状を保てるわけではないので、数日経つと爆発しなくなる。


「おお、あたしを呼んでいた爆音作戦だね」

「前もお姉ちゃんが騒いだら襲ってきたし、とりあえず騒がしくしてみよう」


アルカが爆弾に火を付け、森の前に放る。

コロコロと転がった爆弾は、数秒後大きな音とともに爆発した。

ピリリリリという甲高い音が聞こえる。


「騒慌虫の鳴き声だ!」


大型の興奮した生物に反応して鳴き声を上げる騒慌虫の音が聞こえるということは、近くに何かがいるということ。

この周辺で目撃されている大きな獣といえば、


「piiii!!」


球吐き鳥しかいない。


「出てきたっ!」


アルカが細剣を抜き、エフテルが針を投擲する。

音に向かって飛び出してきたのだろう、地面をえぐらないただの突進で草原に飛び出してきた球吐き鳥は、エフテルの針を羽に受け、僅かに血を流した。羽毛が厚いので、中々攻撃が通らない。

完全に2人を敵として認識したようで、鳴き声を上げながら飛び上がった。


「飛んでも無駄だよ!」


少し飛び上がった程度ではエフテルの針からは逃れられない。続けざまに投擲された針は真っ直ぐに空中の球吐き鳥にむかっていく。


「pyaaaaa!」


しかし大きく羽ばたいた風圧で、投擲された針は届く前に落ちてしまった。


「あんなのあり!?」


エフテルが球吐き鳥を指差して、こちらを振り向く。


「馬鹿!目を離すな!!」


空中から巨体がエフテルめがけて落ちてくる。


「はあ!」


爆音が響き、落下途中の球吐き鳥の横っ面にアルカの刃がぶち当たった。炸裂機構によって加速した細剣の一撃だ。その衝撃で落下地点がエフテルから逸れた。


「ありがとアルカ!」

「次は助けないよ」


最初の衝突が収まり、お互いに距離を図っている。

まだまだ狩りは始まったばかりだ。

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