第19話 出発の儀
村長に球吐き鳥とコマンダーのことを報告してから、しばらくは普段通りの日常が続いていた。
エフテルとアルカとともに草原に向かい、採取依頼や小型の獣の討伐依頼を受ける。森には近づかない。
2人は草原にも慣れて、そろそろ簡単な依頼では退屈さを感じてきているだろうか。
しかし、この間の球吐き鳥のように草原に危険度3の獣が出るのであれば、なんとか対処したいところだ。
あの草原は、このアオマキ村と他の村とを繋ぐ唯一の陸路であり、強い生物がいないからこそ交易ができる。ここに強力な獣が出没するとなれば、連絡が滞る。であれば、他の狩人に応援を要請することも視野に入れる必要があるだろう。
ただ、俺は危険度3の球吐き鳥であればエフテルとアルカの2人が初めて戦う大型の獣としてはちょうどいい相手だと考えていた。
村長が現在、球吐き鳥の動向や、他の獣が草原に出てきていないかを調査してくれている。それが終わり次第、2人には話してみよう。
球吐き鳥との初遭遇から1週間ほど経ったある日、俺は村長に呼び出されていた。村長の家などは未だに建築されていないため、酒場での話となった。
「狩人くんに報告が1つ、相談が1つある」
頷いて、話の続きを促す。
「まず報告だけど、森の調査を正式にギルドに依頼したよ。かなりお金はかかったけど、森の中で魔物が続々と進化している可能性があるんだったら、見逃せない」
エフテルが見かけた、魔物の群れ。おそらくリーダー的存在の魔物であるコマンダーが発生していると思われる。発見次第即討伐が基本の危険な魔物だ。
「それに、村の近くにあるのに全貌が分からないというのも怖い話だよね。放置してたくせに今さらだけど、もしも危険度6の生物がいたりしたら、この村は終わっちゃうかもしれないしさ」
まあ、そのとおりだ。
ここまで村と距離が近い場所にある森だ。目撃情報があってから依頼をしては手遅れになることもあり得る。そのための専属狩人だが、アオマキ村の狩人はまだまだ頼りない。
「ギルドから依頼を受けた狩人が森を探索してくれるようだから、この村に狩人がくることも増えると思う。背に腹は代えられないとは言え、この出費のせいで、村の完成はまだまだ先になりそうだね…」
大きくため息を吐くウエカ村長が気の毒になる。
とは言え、避けられない出費だったし、未来への投資といえるか。
「あ、あと、早速ギルドから報告があったことなんだけども、やはり球吐き鳥が草原で目撃されるようになったらしい。完全に縄張りが変わっちゃったんだね」
「周りに他の獣は?」
「まだ、草原に出てきているのは君たちを襲った球吐き鳥だけみたいだ。つまり、チャンスだね!」
「球吐き鳥を狩るチャンス、ってことだな」
村長はニッコリ頷いて、辺りを見回した。そして少しだけ声を落として、話す。
「ここからが相談なんだけど、どうかな、あの2人、球吐き鳥に勝てると思う?」
なるほど、辺りを見回していたのは、エフテルとアルカが周囲にいないかを確認していたのか。
「2人の実力か」
「うん」
「そうだな…」
俺はあの2人と過ごしたこの2ヶ月を思い起こす。
イレギュラーもあったが、採取依頼と小型の討伐依頼は難なく達成している。余力はかなりありそうだ。
「あの2人なら、充分に球吐き鳥を狩ることができると思う。本人たちは語ろうとしないが、おそらく何かの経験者だ。その経験が、狩人にかなり活かされていて、5級の中ではずば抜けた実力を持つ狩人だと思う」
「君がそこまで言うなら、安心だね」
「俺もちょうどあの2人のデビュー戦には球吐き鳥が丁度いいと思っていたんだ。リベンジも兼ねて」
「リベンジか!それじゃあ、君たちに依頼するしかないね。指名依頼という形でギルドの派遣さんには伝えておくから、受注よろしく」
「分かった」
指名依頼というのは、基本的に誰でも受注できる依頼と違って掲示板に張り出されず、受付嬢から直接受注する依頼だ。狩人名指しで発注するので、指名された狩人しか受注できなくなっている。
「指名先は“双極”かな?」
「…そういう冗談は好きじゃない」
「ああ!ごめんよ!」
悪ノリしすぎだ。
俺は村長に一声かけ、席を立った。さて、エフテルとアルカに話してみよう。
§
「受ける受ける!絶対受ける!」
2人に説明したところ、こんな反応が返ってきた。エフテルだけの意見ではなく、アルカもうなずいているので同意している。
しかし、あまりに軽い返事すぎて心配になってしまう。
「5級の狩人が一番命を落とすのが、初めて危険度3の生物と戦ったときだ。それだけ危険というわけだが、理解しているか?」
「だって師匠が話すってことは、あたしたちならやれると思ってるってことでしょ?」
まっすぐに見つめられ、少したじろいだ。そこまでの信頼を寄せられるほどのことをした自覚はない。
「俺なんかを信じていいのか?」
「うん、いい人だからね」
「いい人…?」
思わず首をかしげてしまった。姉妹は、ねーー!なんて言って笑っている。
「それに、実際に追い回されたんだから分かるよ。あのくらいの動きならあたしたちを捉えることはできないよ」
「大した自信だが、油断だけはするなよ」
「分かったよ」
本当にわかっているのか不安になるが、普段の言動に反してエフテルは用心深い。これ以上言っても口うるさいだけだし、信じるとしよう。
「いついくの?」
「そうだな、依頼は今日受けてしまって、実際の出発は明日の朝早くにしよう」
「えー、朝早くか…」
朝に弱いアルカが文句を言う。
だが、どれくらいの時間狩りに時間がかかるか分からないので、早く出ることに越したことはない。
「あれ、でもむしろ夜になったほうが球吐き鳥相手だったらやりやすいんじゃないの?」
「確かに奴は鳥目だが、自分でもそれは分かっている。きっと夜になったら森へ逃走するよ」
そうなってしまえば俺達は追うことができなくなり、村に帰らざるを得なくなる。
「森に…」
アルカはこの間のことを思い出しているのか、小さく呟いて少し眉をひそめた。
「あ、そうそう、ウエカ村長が森の調査をギルドに依頼したそうだ。調査が進めば、俺たちにも依頼がくることもあるだろう。その時の為にも、ここで大型狩りの経験を積んでおこう」
「分かった!」
「分かった」
2人ともいい返事だ。変に恐れたりせず、今後を見据えている。
きっとこの2人は1級に…あるいは特級狩人になれるだけのポテンシャルを秘めている。こんなところで足を止めるのは勿体ない。
「よし、じゃあ今日はここで解散するから、しっかりと準備しておくんだぞ。また村の門で集合で」
いよいよ明日は球吐き鳥との決戦、初の大型狩りだ。
俺もできる限りの準備をして、2人のサポートをするとしよう。
「師匠、お姉ちゃん」
「ん?」
アルカがそわそわしている。
「なに?そしたの」
「あれ、やろう…!」
目をキラキラさせながら俺とエフテルの手を前に出させるアルカ。
あー、あれね…。俺もアルカから小説を借りて読んだので、何をしたいのかは分かった。
アルカの愛読書、英雄狩人スミスの冒険では、狩りに出る前に必ずやる流れがある。それをやりたいのだろう。
正直言ってかなり恥ずかしいのでやりたくないんだが。
「まあ、いいぞ…」
俺が頷いたので、エフテルも首をかしげながら手を出した。
3人の手が前に伸ばされ、重なる。
「これなにすればいいの?」
「お姉ちゃんは、ゴーって言ってほしい」
「うん、わかった」
打ち合わせが終わり、アルカが息を吸って、叫んだ。
「今宵も我は狩りに行く!球吐き鳥を狩りに行く!目覚めろパワー!準備は良いか!レディー!?」
「…あ、あたし?ご、ごー」
「レディ!?」
「ゴー!」
…はい。
まず今宵じゃないし、宵でもない。何のパワーが目覚めるのかも分からない。
「むふー」
だがまあ、アルカが満足したようなので、良いとしよう。ちなみにエフテルは腹を抱えて爆笑している。
「てかさ、これって出発前にやるんじゃないの?今やるもん?」
「あ」
エフテルが余計なことを言った。
「明日もやろ」
「やらねえよ!」
狩りの前日は賑やかだった。
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