第18話 焦燥
「次、行くか」
「分かった」
俺たちは場所を移し、また先ほどと同じように爆発を起こして反応を伺う。
今回もエフテルは現れなかった。
「やっぱり森に助けに行ったほうがいいんじゃない?」
「それはだめだ」
不安になるアルカの気持ちも分かるが、それはできない。危険だし、暗い森の中でエフテルを発見できる可能性は低い。
「だが、1つだけ良い情報もある。球吐き鳥は鳥目で、夜になると目がよく見えなくなる。エフテルの身体能力なら、逃げ切ることは可能だと思う」
「そうなんだ。じゃあ、ひとまずは安心なんだね」
俺よりもエフテルの能力を知っているアルカが、少し肩をなでおろした。姉妹揃ってすばしっこいので、きっと大丈夫だ。
「…」
ただし、球吐き鳥からは逃げられても、他の獣に見つかってしまえば話は変わってくる。夜行性の獣だっている。依然安心はできない。
とは、アルカには言えないけどな。
「…来ないな。次の場所に行くか」
「うん」
俺達はまた移動して、爆破する。
そろそろ何回目だろうか。まだ日は登っていないが、鳥の鳴き声が聞こえるようになってきた。夜明けは近い。
「お姉ちゃん…」
夜通し姉を心配しながら気を張っていたアルカの体力は限界に近い。ただ、眠って良いと言っても頑として聞かなかった。
ただひたすらに待つ。
「…」
俺が立ち上がると、アルカも立ち上がる。いつからか声掛けもなくなっていた。
着火し、爆破する。
「夜が明けてきたな」
「…」
空が瑠璃色になってきた。
セルも残り2匹だ。タイムリミットは近づいてきている。
今回も反応はなかった。
既に爆破音が聞こえないほど深いところまで侵入してしまったのか、それとも既にエフテルは…。
「いや、まだだ」
最後のポイント移動だ。これで駄目なら森に突入する。
「早く帰ってきてよ!」
アルカが普段の姿からは想像できないほど大きな声で叫び、細剣を岩に叩き付けた。
「アルカ…」
かける言葉は見つからなかった。
俺はただ、アルカの背中を見つめることしかできなかった。
「…?」
エフテルの声が聞こえた気がした。
アルカががばっと立ち上がり周囲を見回している。やはり幻聴なんかではない!
「ただいまー!」
今度ははっきり聞こえた!
「お姉ちゃーん!?」
森の木が揺れる。
そこから飛び出してきたのは間違いなくエフテルだった。
「お姉ちゃんッ!!」
「おおっ!」
アルカが頭に葉っぱを付けているエフテルにタックルもとい抱き着いた。
パッと見た感じ、怪我はない。
「無事だったのか!」
「うん、よゆーよゆー。あの鳥、木に登ったらあたしのこと見失ったみたいでさ」
やはり球吐き鳥の鳥目のおかげで助かったらしい。
「そんで、疲れたから木の上で寝てた」
あっけらかんとした顔で言うエフテルに抱き着いていたアルカの顔が鬼のような形相に変わった。
「こっちが夜通し心配してたのに、寝てた!?ふざけないでよ!」
思いっきりボディブローを叩き込んでいた。
エフテルはゆっくりと膝をつき、口をパクパクさせながらうつ伏せに倒れて動かなくなった。
「え、死んじゃった…!?」
自分でもここまで綺麗に入るとは思っていなかったのだろう。少し慌てた表情でエフテルをゆすったあと、こちらを見た。
「あー、まずここを離れよう」
まだここは森の近くだ。警戒はするべきだろう。
俺はエフテルの片足を持ち、アルカが上半身を抱えて、草原の簡易キャンプまで戻ることにした。
エフテルは安らかな顔で気を失っていた。
§
エフテルが目覚めたのは、完全に夜が明けたころだった。
「あれ…?ここは…?」
目が覚めたらキャンプの中だったということで。少し混乱しているエフテルに、
「お姉ちゃんは緊張の糸が途切れて気絶しちゃったんだよ」
とアルカは言った。
なかったことにするようだ。
「そっかそっか。ずっと木の上にいたから疲れてたのかなー。よっと」
エフテルが体を起こし、俺たちに向かい合うように座った。なんだか違和感があるのか、首を傾げながらお腹を触っている。きっと服を捲れば痣になっているのではなかろうか。
「お姉ちゃん、私達の音聞こえてた?」
「ああ、ドカンドカンって?聞こえてたよ」
音は届いていたようだ、
「でも、気になって様子をうかがっても何が爆発してるのか分かんないし、危ないと思ったから近づけなかったんだよね」
あーーーーーーー。盲点だった。
俺たちが爆発につられた獣を警戒して隠れて様子をうかがっていたせいで、エフテルには俺たちの仕業だということが伝わっていなかったようだ。エフテルの警戒心が意外にも高かったことが災いしたというわけだ。
最後に出てきたのはしびれを切らしたアルカの絶叫が届いたからだろう。
「そんで、分かんないからとりあえず休もうと思って木の上にいたら、どんどんセルとかおっきいセルとかが集まってきて、木から降りれなくなって、寝ちゃった」
「待ってくれ」
「え、なに?」
何故かお腹をかばいながら身を引くエフテルだったが、発言に気になるところがあった。
「セルが集まっていたというのは、何匹くらいだ?その大きいセルっていうのは、どれくらいの大きさだった?近くに重なっているセルなどはいなかったか?」
「待って待って、そんないきなり早口でまくしたてないでよ!えーとね…、セルは20匹はいて、おっきいセルは1~2mはあったかな…重なってたかどうかは覚えてないや」
「そうか…」
その情報だけで充分だった。
村長に報告することが一つ増えた。
「え、待って待って、一人で納得してないであたしたちにも分かるように説明してよ!」
「うんうん」
アルカも気になるようで、うなずいている。
「とりあえず、移動しながら話そうか」
草原が安全だと言っても、村の外であることに違いはないし、球吐き鳥のように危険度3が草原に出てくることも分かったし。
簡易キャンプをたたみ、荷車をやや急いで押す。
「さっきの話だが、エフテルがいう話が本当だとすると、そこにはコマンダーという魔物がいたんだと思う」
「コマンダー?」
「コマンダーは危険度3の魔物で、セルや、セルの上位種のラーンドを呼び寄せることができるリーダー的な魔物だ」
セルがいくら集まろうが敵ではないが、集まればいずれ融合する。融合すれば、進化して、手の負えない魔物になる。このプロセスが人知れず森の中で行われているのだ。早めに知ることができて良かった。
「知れてよかった情報だ。怪我の功名というやつだな」
「あたしナイスだなあ」
能天気な姉を目の下にクマを作った妹がじとりと睨んだ。
咄嗟にまたお腹を隠しているのは、記憶になくとも体が覚えているということなのか。
やっと村の門が見えてきた。ここまでくれば安心だ。
「エフテル、アルカ。1つだけ大事な話をしようと思う」
俺が立ち止まると、首をかしげながら2人も立ち止まった。
今回の球吐き鳥の件、運が良かったからエフテルは助かったが、最悪のケースだってありえた。
事の始まりは、エフテルをかばった俺をエフテルがかばったことだった。
「俺はこんな体だが、狩場に出るからには命を失う覚悟をしている。そして、お前らの指導者である以上、お前らを無事に帰す義務がある」
「…」
「ハッキリ言って、今回のようなことは二度とするな。お前らに守られなくとも俺は自分の身を守れる。見習いのお前らに人を気にする暇なんてない。それくらい狩場は危険だと胸に刻め」
反論しようと口を開いたエフテルだったが、俺が目を見ると、口
を閉じた。
「以上だ。今日はお疲れ様。俺は村長に報告してくるから、2人はゆっくり休んでくれ。明日は休みにして、明後日から指導再開だ」
それだけ言って、俺は先に村の門を潜る。
門番が村の外に立ち尽くす2人を心配していたが、まもなく2人も戻ってくるだろう。
厳しいようなことを言うが、狩場では自分の命は自分で守ることが大原則だ。
「…どの口が言うんだってな」
俺は自分の右手を見ながら呟いた。
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